アイドルがアイドルだと気づかれない理由

「あの〜、Greenぐりーん eyesあいず monstersもんすたーずってアイドルグループ、ご存知ですか?」

「……ええ。まぁ、一応……?」


 しどろもどろに淡々とそれを聞いてくる眼鏡の男子生徒。その声はやはり緊張していて、よくいるオタク男子が本物のアイドルに話しかけているかのよう。いやまぁ実際にその通りなのかもしれないけど、とはいえわたしが本物のアイドルであるという最も重要な点を、この彼は見落としているようなのだ。


「その中に、真南まなっていうメンバーがいるんですけど……」

「は、はぁ……」

「その真南さんの声にそっくりだと思いまして……」

「そ、そうなんだ……」


 適当に相槌を打ってごまかしておく。というより、こんな場合わたしはどう対処するのが正解なのだろう。


1.御咲みさきと同じように自分が真南と名乗り出てアピールをする

2.本人だと気づいてないみたいだしとりあえず放っておく


 とは言ってもあれだ。これからわたしは三年間この高校に通うんだし、今ここで名乗らなくても風の噂とやらでいずれバレるだろう。そんなの時間の問題だし、だったらここで余分な労力を割く必要はないだろうって。間もなく体育館では始業式と入学式のゴールデンリレーが始まろうとしているんだ。体力はやはり残しておきたい。それと一緒に精神力も。

 とはいうものの……少し気になることも確かにあった。


「わた……真南の声の研究ってさっき言ってたけど、してるの?」

「はい。僕は真南の大ファンでして、出演してるドラマも必ずチェックしてます」

「ふ〜ん…………」


 わたしのファンなんて正直初めて聞いた。アイドルとはいえ本当にまだデビューが決まったばかりで、Green eyes monstersとしてわたしが登場したのは報道用のプロモーションビデオの中でのみ。ステージの上に立って観客の前にその姿を披露するのはこれからだ。そしたらその観客の中には『真南』と書かれた団扇を持った人たちが沢山現れるのかもしれない。

 でもどっちかというと御咲の芸名である『深紗みさ』や、リーダーである『夏穂かほ』の中に埋もれてしまって、『真南』の団扇なんてステージの上から探すのも大変なんじゃないかな。そもそも先日の報道だってプロモーションビデオをわざわざ作成したのは、既にその名が売れている御咲がいてこそのものだ。御咲がいなかったら名前が一切売れてないアイドルグループのデビュー程度で、プロモーションビデオなんて作成しないだろうって。

 それに今日だって……。


「でもGreen eyes monstersって言ったら、やっぱし深紗なんじゃないの? 今日だってあんなに御咲の前に人が群がってたし」

「あれ? ひょっとして、僕の勘違いだったら申し訳ないのですけど……」

「な、何よ……?」


 ひょっとして、ようやく気づいたのかな??


「あなたは、深紗の友人の方なんですか?」

「……………………うん。まぁそうだけど」


 そこじゃないんだよ。気づくべきはそこじゃないと思うんだよな。


「御咲は中学の頃のクラスメイト。仲は悪くないと思うよ」

「そしたら深紗さんに僕を紹介してください!」

「う〜ん……そんなのわたしなんかが介入しなくても直接本人と話せばいいと思うんだけどな。そもそもあなたは真南のファンだったんじゃないんだっけ?」

「そうです! だから深紗さんに仲介してもらって、真南さんへお近づきになろうと……」

「……………………あ、そう。そうなんだ〜」


 わたしはどこから突っ込めばいいのだろう。温存しておくはずだった精神力とやらはとっくに消え失せている。とりあえず御咲に紹介して、『真南を紹介してほしいんだって』って伝えればいいのかな。……うん、そんなことしたら確実に大爆笑されるね。どうせその隣にいるであろう悠斗にも。

 ひとまずここはうまくごまかして、退散するのが正解だろう。


「わかった。とりあえず御咲には『この学校に真南のファンって人がいるみたいだよ』って伝えておくね」


 それを伝える分には笑われないはずだ。事の詳細な経緯までを話さなければ。


「あ、ちょっと待ってください! あなたにもう一つ、お願いがあります!!」

「え、わたしに……?」


 真南じゃなくて、真南ではないわたしにお願い事とは……?


「あなたの声を、録らせていただけませんか?」

「……はい?」


 よくある話。ファンがアイドルの何か一部分を欲しがるという話は、わたしだってそれくらい聞いたことがある。そりゃ確かにやや気持ち悪い部分もあるにはあるけど、アイドルってそういうもんなのかなって考えると納得したくはないけどできなくもない。

 が、それにしてもだ。声が欲しいというのは一体どういう意味だろうか。物凄い悪寒がわたしの胸の中に走ってきた気がするけど、ひとまずわたしはここから逃げ出したかった。

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