春の日差しが眠気を誘ってくる理由

「ふ〜ん。和歌山に足りないのは情熱だけか。相変わらず千尋ちひろさん、痛いところ突いてくるな」

「まぁそれを言ったのはお姉ちゃんじゃなくて、事務所の音楽の先生だけどね」


 あと五分ほどで体育館で始業式が始まろうとしていた。始業式の後、その後に一年生だけが体育館に残されて入学式。春うららかなぽかぽか陽気の日に、長々寒い体育館に居させ続けさせられるというのは、これはもう拷問という他ないでしょ。


 そんなわたしを励ましてくれてるのかそうでないのか、悠斗はわたしの隣でくすくす笑っている。体育館に向かう途中の廊下。わたしは先日のアイドルデビューの報道でその顔がテレビにも流れてしまったので、とりあえず伊達眼鏡をかけて目立たないように変装している。やりすぎたのかそもそも相手にされてないのか、誰一人それと知って声をかけてくる人はいないみたいだけど。

 それとは逆に、悠斗の方は今すぐにでも声をかけられてもおかしくない顔立ちだ。高校生になってからは眼鏡をやめて、コンタクトレンズを付けるようになったのだそう。それが尚更にハマっている。これでバスケ部とかやっていたら、きゃ〜きゃ〜騒ぐ女子たちが群れをなして体育館に集まるんじゃないだろうか。もっとも悠斗は絶対に帰宅部一直線なんだろうけど。


「まぁでも和歌山にだって情熱はちゃんとあると思うけどな」

「え、そうかな?」

「だってお前……」


 わたしに情熱……? そんな歯の浮くような言葉、本当にあったかな?


「和歌山には『白馬に乗った王子様』を探すという夢があるんだろ?」

「な……!?」


 その時の悠斗の顔と言ったら、励ましというよりただ貶しているだけに見えた。

 んっと……わたし、そんなに変なこと言ってるのかな???


「いいじゃんそういう情熱だって。恋から始まるアイドル生活……みたいな?」

「なにそのアイドル月一万円生活みたいな言い方!??」

「だって俺にはそんな真似できないし、そもそもアイドルなんて無理だもんな」

「そんなアイドルと付き合ってる男子にそんなこと言われたくないもん!」


 悠斗は御咲と付き合ってる。そんな男子にわたしの恋愛をとやかく言われたくないし、アイドルがどうのこうのとかもっと言われたくないんだけどな。思わず溜息が漏れてしまう。

 と、その一瞬でふと視線が下に落ちた瞬間、わたしはあることに気がついた。


「あ、体育館シューズを教室に忘れてきちゃった!」

「お前、そういうところ高校生になっても変わらないな」

「うっさいな〜。とにかく悠斗、先に体育館行ってて」


 わたしは回れ右をして教室の方へと戻ろうとする。悠斗からは『へいへい』とか『あれじゃ白馬に乗った王子様は当分無理だな』とかそんな小声が聞こえた気がしたけど、とりあえずわたしはなにも聞かなかったことにしておいた。

 確かにわたしは御咲みたいにアイドルのオーラを纏っているわけじゃないし、今この瞬間だって、わたしに声をかけてくる人は誰もいない。窓から見えた御咲の顔はやはりきらきら輝いてて、知らない生徒にもたくさん声をかけられていた。まさにわたしと御咲は月とすっぽんだ。そんな二人が同じアイドルグループにいるだなんて……。

 わたしは『白馬に乗った王子様』を探す以前に、アイドル失格なんじゃないかな。


「あ!!」

「…………あ?」


 廊下を走って駆け抜けるわたし……あ、廊下は走るなって、そんなことは中学の頃から耳にタコができそうなほど先生に言われてきたけど、そこへ唐突に驚きの白い声がすれ違った。いやなんでその声が白く感じたのかはわたしにもわからなかったけど、だってその声はなんとも表現し難いやや野太い男子の声だったから。


「やっぱしそうだ!!」

「って、なにがよ!??」


 わたしは立ち止まって、その男子の容姿を確認する。その姿はまさしく『白馬に乗った王子様』……とは真逆の、学ラン姿の眼鏡少年だった。うん、ここまで学ラン姿が似合う男子っていうのもある意味珍しいんじゃないかなとかとか。

 そんなことよりわたしは少し急いでいるのですけど〜!!


「あなたはひょっとして、真南の……」

「え……?」


 だけどその瞬間、わたしはどきっとした。だって、それはわたしの……。


「……ひょっとして、真南まなの声を研究されてる方ですか? 僕と同じように」

「…………はい??????」


 声の研究? そんなの、知らん! 普通の女子高生が知るはずもない!!

 アイドルだったら歌の練習のためにも少しはやった方がいいのかもしれないけど、そんな方法は歌の先生である有理紗先生にだって聞いたことはない。


 じゃなくてこいつ、わたしがその真南本人であることに気づいてないのか??

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