アイドルが演歌を歌う理由
わたしは元々女優を目指して地道にドラマの出演ばかり粉していた。もちろん役名なんていつもない。だけど最初はそれでも仕方ないって、そう思っていた。わたしが尊敬するお姉ちゃんも一時期女優を目指していたけど、わたしと同様所謂ちょい役というものばかりだった。そんなお姉ちゃんも女優業の傍らアイドルも始めていたけど、今ではそれさえも卒業して今年の春から音大に通っている。あのお姉ちゃんだってそんな具合なのに、わたしはアイドルなんてやってる暇あるのかなって、そう思ったんだ。
「お姉ちゃん。アイドルやってて、楽しかった?」
わたしのアイドルデビューが決まった日、お姉ちゃんにそう尋ねたんだ。
「楽しかったよ。私の隣には
「そりゃそうだよ。だって、あの春日瑠海だよ? あの元国民的女優とアイドルユニット組むなんて、お姉ちゃん楽しいに決まってるじゃん!」
お姉ちゃんが所属していた『
「でもね。楽しいのと同時に、辛かった……」
「え……?」
そんなお姉ちゃんだったが、『BLUE WINGS』には僅か三ヶ月という期間で、あっという間に卒業してしまう。学業優先のため。お姉ちゃんもそう言ってたし、世間的にもそれが理由だとされている。
「だってあの春日瑠海と一緒だもん。辛いに決まってるじゃない……」
「……そっか。そういうもんかもね」
お姉ちゃんはその理由をはっきり答えなかったけど、わたしにはなんとなく理解できてしまった。お姉ちゃんは女優をこなしつつ、アイドルもやっていた。だからかもしれない。春日瑠海の圧倒的なオーラというものを一番身近に感じていたはずだ。ドラマの役に溶け込む自然の空気、大きな瞳から発せられる力強い眼差し、この世の全てを吸い込んでしまいそうな魅力的な声……わたしも数年前瑠海さんとはドラマで共演したことがあるけど、何もかもが桁外れだったんだ。
「だったらお姉ちゃん。わたし、やっぱし春日瑠海を目指す!」
思わずわたしの口からはそんな言葉が出ていた。が、お姉ちゃんはというと、それを聞いて思いっきり笑い飛ばしてきた。まるで先日の
「やめときなさい。無理だから」
「ちょっとお姉ちゃん! それ実の妹に対してなんの救いにもなってなくない?」
「違うわよ。あんな瑠海みたいな破天荒な性格はもう懲り懲りってこと」
……あ、そっち? 確かに春日瑠海と言えば、国民的女優とか国民的アイドルとか、その華々しい実績とは裏腹に、実態の方はというと波乱万丈の女を生き抜いてるって感じで、事務所の中でも有名な話だった。わたしと二つしか違わない女子高生のはずなのに、それ一体どういう意味!?と当然思わないこともない。が、とりあえずわたしが知ってることといえば、去年事務所の若手女性タレントだけでこっそりカラオケへ行った際に、瑠海さんの演歌が絶好調に響き渡っていた記憶がある。その若くて瑞々しい圧倒的なオーラを身に纏って、演歌を大熱唱する女子高生アイドル……。あ、ちなみにすぐ隣にいた同じ事務所の
「それに
「え……?」
お姉ちゃんの優しい笑みは、わたしをくるっと包み込んでくるようだった。
「有理紗先生にも言われたでしょ? 愛花に足りないのは情熱だけだって」
「そんなこと言われても……」
有理紗先生というのは、お姉ちゃんのピアノの先生だ。わたしはお姉ちゃんのレッスンの見学に行っただけなのに、突然その場で歌わされて、挙げ句の果てに事務所の社長へわたしをアイドルにって推したのがその有理紗先生だという話らしい。気まぐれな見学のはずが、何かとぶっ飛んだ見学になってしまった。
というよりそもそも情熱なんて、どうしたら手に入るというのだ??
「ほら〜。そこですぐに下を向く。愛花の悪い癖はまさにそういうとこ。御咲ちゃんだったら私にこう言われたら『そんなことない』ってすぐに強がって言い返してきてるよ?」
「それは御咲だからだよ〜!!」
「御咲ちゃん、相変わらず歌は上手くないのにねぇ〜……」
「でも御咲はわたしなんかよりずっと本気で練習してるもん! お姉ちゃんそれ知らないのに変なこと言わないでよ!!」
「だったら愛花はなんでそれをやらないの?」
「それは…………」
思わず言葉に詰まる。わたしは御咲ほど、本気じゃない……?
「春日瑠海を目指す前に、まずは自分でやるべきことをしっかりやることだよ。そもそもあんなのを妹に目指されたところで、お姉ちゃんちっとも嬉しくないしね」
わたしは思った。今のわたしには春日瑠海なんて二の次だって。
と同時に、今やアイドルの最先端を突っ走る春日瑠海って、そもそも一体何者なのだろうって。アイドルには演歌に出てくるような波乱万丈の人生が必要ってこと?? 同じグループのメンバーだったお姉ちゃんからそれを聞いて、改めて思ったんだ。
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