少女甘愛

へーたん

第1話 入学

「チコ、ひさしぶり!」

「おう!つっても三日ぶりだけどな」

 早朝。桜舞う公園。大人びたおさげの少女と、幼げが残るショートボブの少女。二人の少女が話していた。双方とも、真新しい制服に身を包んでいる。

「その自転車、チコの?」

「そうだ!カッコいいだろ!」

 僅かな緊張感と、大きな期待感。初々ういういしい雰囲気が漂っている。

「レイカ、乗ってく?」

「うん!」


 枯々蛙ここあ鈴華レイカ、中学新一年生。

 霞々豆かかまめ稚虎チコ、中学新一年生。


 今日は、私立ワイアール学園の入学式だ。

「じゃ、いくよ!レイカ、しっかり捕まってて!」

「うん!お願い!」



「二人乗りって難しいんだな……」

「こ、怖かった……」

 フラフラとした足取りで歩く二人。

「で、どこ行きゃいいんだ?」

 校門前で、チコが周りを見渡す。かなり規模が大きい学校だ。下手に動くと迷子になりかねない。

「えっと、教室だから、多分あそこじゃないかな」

 レイカが、一階のそれらしき部屋を指差す。窓に花が飾ってあり、それっぽい雰囲気の部屋だ。

「昇降口はあれかも。行ってみよう」

 レイカの指揮で、二人は昇降口らしき所へ向かう。他の人も迷っているようで、ちらほら困惑顔の生徒が見られた。

「うん、ここで合ってるみたい」

「サンキューレイカ!あたい一人だとやばかったかも」

 開いた扉をくぐると、大きいロッカーが並んでいた。ここが昇降口であっていたようだ。二人はホッと一安心。

「私があそこで、チコはここだね。チコ、シューズは忘れてない?」

「当然持ってきたぜ!」

 指示を出すレイカに応え、通学バッグから室内用シューズを取り出すチコ。新品のゴムの匂いに、心が踊る。

「予備を持ってきてたけど、杞憂だったね」

 自分の鞄を覗きこみ、レイカがちょっと残念そうに眉を下げる。

「それじゃ行くぞ!」

 シューズを履いた二人は、意気揚々と教室へ歩き出す。が、それを呼び止める声が。

「そこの君!止まるがいい!」

「ぴっ?」

「うお?」

 急な声に驚くレイカ。低い女声から察するに教職員だろう。わけもわからず弁明を考えながら、チコがおそるおそる振り向く。

 だが、そこにいたのは。チコたちと同じ新品の制服に身を包んだ、ワイルドウルフの髪型の美少女。

「黒髪の君!君だ!ちょっといいかね?」

 右目のモノクルに触れニヤリと笑うさまは、かなりイタい。靴下でここに立っていて、レイカに話しかけるということは、つまりそういう事なんだろう。

「ぴぃ……。シューズ、忘れたんですか……?」

「なぁに!このマシュメロが、物を忘れるなどありえん!マシュメロを阻む闇の隠者に、記憶を奪われたのだ!」

「ぴ……」

 大仰な身振りで話す少女。レイカは自身より小さいチコの背中に隠れる。

 少女の声がやたら大きいため、しだいに他の生徒も集まってきた。好奇の目線に、レイカはさらに縮こまってしまう。

「つまり忘れたんだな?」

「結果的にそうならざるをえない」

「で、貸してほしいんだな?」

「うむ、いかにも」

 レイカの危機を感じ取り、チコが話に割り込んだ。指を差し、堂々と立ち向かう。

「初めからそう言えよ……。レイカなら普通に貸してくれるからさ。というわけで、いいかレイカ?」

「ぴぴ、どうぞ……」

 チコにうながされ、そそくさとシューズを取り出す。

差し出してすぐに、チコの後ろにまた隠れた。

「クックック!まことにありがとうございます」

 手渡された赤いシューズを両手で抱え、深々と礼をする少女。意外にも律儀な対応に、チコは頬を掻く。

「初めからその対応しろよ……。じゃ、あたいらはここで」

「感謝する!去らば!」

 素早くシューズを着用すると、右方向へ飛び出していった。

 レイカが慌てて呼び止める。

「そ、そっちじゃないよ?あっちだよ?」

「む、良い心眼だ!ワンモア去らば!」

 少女は急ブレーキをかけ、バク宙をして華麗に走っていった。嵐の一幕が終わり、ギャラリーも帰っていく。

「スカート……」

「レイカ。なにもなかった、いいね?」

 少女のバク宙に頬を染めるレイカに、チコが首を振る。呆然とした面持ちで、二人は教室へ歩を進めた。



「やあやあ!実に助かったよ君ィ!」

「ぴぃっ!?」

 入学式はつつがなく終わった。しかし、レイカたちの災難は終わっていなかった。例の厨二病少女が、終了早々突撃してきたのだ。

誌本しほん升毬ますまり!シューズを返して速やかに去ってくれ!レイカが泣くだろ!」

 涙目でしゃがみこむレイカの前に立つチコ。身長差により、姉を守る妹のようになっている。

「誌本升毬とは仮の名よ!我が深淵にとどろきし真名はマシュメロ!恩ある諸君には、特別に真名で呼ぶことを赦そう!」

「聞けよ!」

 大仰に天井を仰ぎ、高らかに語る少女マシュメロ。チコも後ずさりをしてしまう。

「さて、用件だが。見たところ諸君は、友情を越えた熱き絆で結ばれているようじゃあないか?」

「そ、それがどうしましたか……?」

「マシュメロは諸君の盟友になりたいと思うのだ!マシュメロはアカシックレコードの体現者ゆえ、必ずや諸君の力になれるだろう!」

 身構えるチコとその背から顔を覗かせるレイカに、両手を広げて宣言する。右目のモノクルがキラリと光った。

「……レイカ、どうする?」

「ちょっと難しいかな……」

 小声で話し合い、目を細める。ここまで馴れ馴れしいと、どうしても裏を感じてしまう。

 その様子を見て、マシュメロは鞄に手を突っ込み、がそごそと漁り始めた。

「そんな諸君にマシュメロから捧げ物だ!明友の契りを交わしてくれれば、これを諸君に捧げよう!」

 やがて鞄から取り出したのは、二つの輝く指輪だった。

 明るいオレンジと、静かな青。対極の色だが、不思議とセットのように見える美しさがある。

「オレンジがカーネリアンで、青い方がタンザナイトという宝石だ。双方ともマシュメロの錬成物である。我ながら見事な出来だろう!」

「うおっと!」

 カットから磨きまで完璧に施された逸品を、二人の方に放るマシュメロ。チコが慌てて両手で受け止める。

「ぴ、きれい……」

「お気に召されたようでなにより。それで、いかがなさいます?」

 目を輝かせて感銘するレイカに、仰々しく頭を下げるマシュメロ。チコが諦めたように手を軽く振った。

「わかったわかった。いいか、レイカに危害は加えるなよ?」

「むしろマシュメロが加護のもと、諸君を外敵から阻んでしんぜよう!」

 モノクルに手をあて、犬歯を見せる。ようやくレイカが前に出て、丁重にお辞儀をした。マシュメロをしっかり認めたようで、聖母のような微笑みを向けている。

「これからよろしくね、マシュメロさん!」

「うむ、たのむぞレイカ君!」

「……レイカの名前を気安く呼ぶな、マシュメロ」

 だが、レイカが認めたら、それはそれで気に食わない様子のチコ。マシュメロを見上げて吠える姿は小型犬を思わせる。

「七大罪一つ、嫉妬かね?実に良い関係のようだなチコ君。安心したまえ、マシュメロは彼女を寝取る性癖はない」

「ししし嫉妬じゃねーし!ち、違うからなレイカ!」

「しちたいざい……?ねとる……?」

 顎に指をあて、ニヤニヤと笑うマシュメロ。顔を真っ赤にして首を大きく振るチコ。分からない単語に頭を傾けるレイカ。

 チコは思った。ヤベェ奴に絡まれた、と。

「ハッハッハ!それではマシュメロは拠点に帰らせて貰おう!去らば!」

「嫉妬じゃねーから!保護感情だから!」

「チコ、『ねとる』って何?私って眠そうに見えるのかな?」

「……レイカは純粋無垢なレイカでいてくれよ?」



「面白い人だったねー」

「まあ、面白いには面白い奴だけど」

 昼下がり。桜舞う公園。ブランコに座る二人の少女が話していた。

「綺麗な指輪リングだねー」

「スゴいな、マシュメロ」

 レイカは青の指輪を、チコはオレンジの指輪を眺めて呟く。日に照らされた宝石は、一層光を放っている。

「お褒めいただき光栄です!」

「どっから出てきやがった!」

 すべり台からマシュメロが現れる。即座に立ち上がり威嚇するチコに、マシュメロが下卑げびた笑みを見せる。

「おっと、お邪魔だったかね?これは失敬!マシュメロのことはお気になさらず、お互いのリングを左薬指にどうぞ!」

 忍者のごとく消えた後、二人して顔を真っ赤に染めた。

「左薬指、って……///」

「結婚はまだしてねーよっ!」

 顔を染めつつ、自分の持つ指輪を、自身の左薬指に着ける二人。案外、マシュメロの言葉も間違っていなかったのかもしれない。

「いなくなりやがったよ……」

「……帰ろっか」

 白昼の中、二人乗りをして帰る二人組。その笑顔は、どんな宝石よりも輝いていた。


「おちょくったつもりだったが、実際に着けるとは。マシュメロも本気で支援しなければならないようだ。うむ、めしうま」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女甘愛 へーたん @heytan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ