ソロダン

足袋旅

カクヨムコン 9題目 ソロ〇〇

 洞窟のような道を歩く。

 ような、というようにここは自然の洞窟ではない。

 明かりである魔光石が岩肌に埋まって道を照らしている。といえばどこだか分かるだろう。

 そう、ご存知ダンジョンだ。

 誰が造ったかは知れず、忽然と世界に現れる謎の構造物。

 魔物が跋扈するも数多の宝を内包するその内部は、人を惹きつけて止まない魅惑の迷宮。

 ダンジョンに入る理由は人それぞれ。

 富や名誉が一般的。変わったところで知識欲や好奇心といった感情に任せたもの。

 俺はというと、愛だ。

 愛が目的でダンジョンに挑んでいる。

 外に愛する人がいて彼女との生活のために金を稼ぐだとか、身分違いの恋をしていて名声を以って地位を上げたいだとかそんなんじゃない。

 俺が愛して止まない者はダンジョンの奥にいるのだ。

 だから俺は一人でダンジョンを進む。

 パーティーメンバーはいない。

 愛する人が嫉妬してはいけないし、愛を育むためにも邪魔者はいないに限る。

 さあ今日も愛のためにダンジョンを攻略しよう。



 ダンジョンの入口に数名の冒険者がたむろしていた。

 パーティーで攻略に挑む者たちなのだろう。彼らの距離は近い。

 会話をする彼らに近づくと、話を止めてこちらを見た。

 一部の者が顔を顰め、一部は無関心に、一部は手を挙げ挨拶の素振りをする。

 まとめて無視して横切り、ダンジョンへと入った。

 後ろから「変態」と蔑む女性冒険者の声が投げ掛けられるが、どうでもいい人間の罵倒など気にもならない。


 蝙蝠の魔物が俺の血を吸おうと飛びかかってくるが剣で切り払う。

 狼の魔物が噛みつこうと走り寄ってくるが剣で切り払う。

 蠍の魔物が毒針を突き刺そうと這い寄ってくるが剣で切り払う。

 次々に襲い来る魔物を、愛する者がくれた剣で難なく倒していく。

 持つことで素早さに補正が掛かるこの武器は使い勝手がいい。

 こんな良い物をくれるなんて、俺と彼女はやはり相思相愛だな。うん。

 きっと銘があるはずだが、愛の結晶を鑑定士なんぞに触らせたくないので未鑑定のまま使っているが、今のところ問題ない。


 魔物はものともせずに進む私だが、ダンジョンは迷宮と呼ばれるくらいなので迷うことも多々ある。今回もそうだ。

 何度も入ったことのあるダンジョンであっても、どうしたって迷う。

 それは不定期に内部構造が変化するためだ。

 愛の力で迷わず進めないことを悔しく思ったこともあったが、今は違う風に捉えている。

 最愛の彼女が私を試し、そして焦らしているのだ。

 そう思った切っ掛けは、私が貰った剣を含む数々のアイテムのおかげである。

 愛し合っているからこそ悪戯もするし、意地悪なことをしたくなる。

 そういうことだ。

 

 次々と階層を突破する私。

 現在二十階層目に突入している。

 目の前には両開きの扉が威圧感をもって聳えている。

 どこのダンジョンでも十階層毎に階層主と呼ばれるボス魔物が存在する。

 十層目ではグリフォンと呼ばれる、獣の胴体に鷲の頭と羽をもつ四足の魔物がいた。

 そんな奴はどうでもいいんだ。

 厄介なのは目の前の扉の先にいるものだ。

 ゆっくりと開けた扉の先。そこにいるのはハーピーだ。

 女の上半身に鳥の翼と鋭い鉤爪のついた足。

 顔は敵意に満ち、獰猛に呻り声を上げる口は横に大きく裂け、鋭い牙を覗かせている。


 惜しい。

 

 俺から見たハーピーの感想はそれに尽きる。

 美しさが足りないのだ。

 空中を荒々しく飛び回り、ギャーギャーと喚くような騒音とも呼べる声を発するその様は本当に残念だ。

 飛びかかって来るのを寸前で避けながら手傷を負わせていく。

 翼に深手を負わせると飛び立てなくなり、バランス悪く地に立つ姿は憐みを誘う。

 傍目には俺がハーピーをいたぶっているように見えるだろう。

 違うのだ。

 私の最愛に近しい姿の所為で、剣の冴えが足りないからそうなっているに過ぎない。

 最愛の元へと行くには倒さなくてはならない相手だから仕方ない。

 駆け抜けざまにハーピーの首を刎ね、俺はその場を後にした。


 更に地下へと下りて行き、三度見えてきた豪華な扉に私の心臓は強く、そして早く鼓動する。

 あれが私の目的地。

 最愛の彼女が待つ地であり、このダンジョンの最下層。


「ただいま」


 扉を開けながら帰って来たぞと声に出すも、残念ながら「おかえりなさい」の言葉は聞こえない。

 だがいつもと変わらず部屋の奥にいた俺の最愛が羽ばたきながら舞い降りる。

 ハーピーに似ているが違う。より人間に近い形をしている。だが人間よりもその造形は素晴らしい。

 彼女が私の最愛であるセイレーンだ。

 背中には輝くような白翼。白くきめ細かい肌と対比して黒く艶やかな長髪が映える。眉目秀麗な顔貌と細身でしなやかな体躯。手足は人間のそれと同じものでありながらもまるで違う。

 魔物ではなく、天使だと言われても遜色がない。

 だが彼女はこのダンジョン最奥を守る魔物であることは間違いない。


「ッ――――――――――――――――――――――――――――――ァァァ」


 肢体を観察する僕に照れたのか、彼女が口を開き音波を放つ。

 高い声を出す彼女はまるでソプラノ歌手のよう。

 あまり聴き過ぎるとダメージを負うので、もったいないが耳栓を嵌める。

 周囲の音を聞けなくなるが、それは歌声を聴いていても同じこと。

 耳栓をしても彼女は移動しながら歌声を響かせ続ける。

 よっぽど俺に歌を聞いてほしいらしい。可愛い奴だ。


 翼を羽ばたかせ宙に浮いた彼女は、次いでその手に白銀の槍を出現させる。

 合わせて俺もアイテムボックスから白銀の盾を取り出す。お揃いだ。

 それもそのはず。これも彼女からのプレゼント。ドロップアイテムだ。

 剣とは効果が違い、これは耐久力の向上効果があるようだと理解している。もちろん鑑定はしていない。体感による推測だ。


 槍が頭上から突きこまれる。

 盾で弾き彼女の体勢が崩れるのを期待するが、いるのは空中。バク宙するように回転し槍の薙ぎ払いが下から迫る。

 これを剣で受け止めると、彼女の顔が近くにきた。いい匂いが香った気がする。

 チャンスとばかりに顔を寄せる。だが武器を押しこむようにして後ろへと下がってしまった。残念。あと少しでキスができたのに。

 やっぱり戦闘中の求愛行為は難しい。毎回試すが成功率はかなり低い。だが最高に興奮するから止められない。


「さあもっと攻めてくれ。もっと君を感じさせてくれ。もっともっともっと愛し合おう。さあ!」


 愛を叫ぶも、彼女は俺の行動を理解できないのか警戒している。

 あぁなんて残酷なことだろうか。

 彼女は何度も愛し合った俺の事を毎度忘れてしまう。

 悲しくて泣けてきた。だから俺は思い出してもらおうと全力で彼女に挑みかかる。


「君が僕にくれた剣を見てくれ」


 剣を掲げて見せると、彼女は翼を羽ばたかせ白い羽根を飛ばしてくる。

 来た!プレゼントだ。

 盾で受け止め、硬質な音を響かせたそれは地に落ちると元の柔らかさを取り戻す。

 落ちる端から拾い上げ、アイテムボックスへと仕舞い込む。

 これを詰めた布団は最高の寝心地だ。まるで彼女が僕を包み込むかのようで、彼女のいないダンジョンの外でも俺を癒してくれる。


「ありがとう。君の気持ち受け取ったよ」


 お礼を告げると彼女が再び突っ込んできた。

 これも盾で弾くと初めと同じように彼女は回転する。それに合わせるように俺も回転し、再度ぶつかる剣と槍。二度三度と同様の攻防を繰り広げる。まるで踊るように。彼女とのダンスを楽しむ。

 楽しんでいる俺の腹に痛みが走った。

 槍ではなく、彼女の脚が俺に突き刺さる。

 咳き込みそうになるのを堪え、まだ動けるとアピールすることで彼女の次の行動を牽制する。

 彼女が俺から距離をとった。

 我慢していた咳を小さく零す。

 ちょっと楽しみ過ぎた。いけないいけない。油断していると彼女に殺されてしまう。

 おっと彼女が大技を出そうしているようだ。

 離れた場所に舞い降りた彼女は、槍を構えてこちらに照準を合わせる。

 突進攻撃の予兆。

 槍の穂先が白く発光し、光属性の魔法を纏う。

 貫通力上昇の付与魔法だ。

 彼女が羽ばたき、地を滑るように突進してくる。

 あれは盾で防げない。同じように魔法で防御力上昇を付与すればいけるだろうが、俺には使えない。

 だから避ける。行動予測できていたからこそ避けられる。

 初見の時は焦ったものだ。愛を伝えていたら急にあの技で重傷を負わされたからな。おかげで貴重な帰還水晶を使わされた。悲しき愛のエスケープだったなぁ、アレは。

 懐かしき過去の思い出を想起しながら、俺は彼女の攻撃を避けた。

 そしてカウンター。

 突進力がのって超スピードの彼女の身体に剣を走らせる。

 軌道を変えられ、地面を跳ね飛ぶ彼女。

 ゆるゆると起き上がるも羽が折れたか歪んでおり、綺麗な肌には至る所に擦過傷ができている。

 なんと痛ましい。

 けれど赤い血を流す彼女もまた美しい。

 いつまでも眺めていたいが、そろそろ幕引きだ。

 苦しみ続けさせるなんて残酷なことは出来ない。

 今日もまた短いながらも逢瀬を楽しめた。


「またくるよ」


 近寄りながらそう言い、首を刎ねた。

 転がる首を拾い上げ、愛おしいその頭を撫でる。

 見開かれた目を閉じてあげ、生きたままでは難しかったキスをその唇に何度もする。

 なんと甘美なひと時か。

 そう、ひと時だ。すぐに彼女の首は宙に溶けるように消えてしまう。

 ダンジョンの魔物とはそういうものだ。

 だから仕方ない。

 だがまた会いに来ればいい。


 部屋の奥で扉の開く音がした。

 その奥には宝箱が置かれている。そして帰還の魔法陣も。

 最後のプレゼントを受け取り、今日もダンジョンを去る。

 魔法陣に乗ってすぐ、俺はダンジョン入口近くの四本の柱が周りを囲む石造りの舞台のような台座の上に立っていた。

 先ほどまでの逢瀬で熱くなった体を外気が冷ます。

 そして込み上げる寂寥感。

 たまらずアイテムボックスからセイレーンの羽根を取り出して匂いを嗅ぎ、肌に這わせる。

 あぁ、癒される。

 そんな俺をダンジョンの入口近くにいた冒険者パーティーが様々な目で見やっている。

 中でも女性冒険者の目が厳しい。

 なんでも俺がセイレーンと逢瀬を重ねていることを気味悪がっているらしい。

 俺が暮らす街では既に俺を知らない奴はいない。

 どれだけ力を付けようと他のダンジョンには行かず、ひたすらに中級者向けのダンジョンに挑み続ける変わり者。そんな風に囁かれていた評判は、俺がうっかり寂しさから酒場で呑み過ぎ、打ち明けてしまった彼女の素晴らしさと重ねた逢瀬の内容の所為で変容した。

 魔物に性欲を抱く変態冒険者。それが今の俺の評価だ。

 だが周りの評価なんぞ、どうでもいい。

 どうせ一人でダンジョンに挑むのだから。


 次は三日後。

 セイレーンが復活するまでの時間。

 さあ帰ってシャワーを浴びたら彼女製の羽毛布団で寝るとしよう。

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