第32話

「いただきます」

 

 俺と陽愛は向かい合うように座り、両手を合わせた。

 目の前には陽愛のお義母さんが作ってくれた朝食の品、白米に玉子焼き、そして味噌汁。朝ごはんの定番料理が並べられている。どれも美味しそうだ。

 

「さぁ、さぁ。食べて、食べて」


 陽愛のお義母さんは笑顔でそう言った。

 俺は玉子焼きを箸でつまんで食べた。

 ふわふわで甘い玉子焼き。

 昔はたまに陽愛のお義母さんの手料理を食べさせてもらっていて、その中に玉子焼きもはいっている。昔と味が全く変わっていない。なんだか懐かしい味だ。

 

「どう? 美味しい?」

「凄く美味しいです!」

「良かった!」


 俺は箸を動かす手を休めることなく朝食を食べ続ける。


「そういえば蒼汰くん、陽愛の手料理は食べた?」

「え? 食べましたけど……どうしてそんなことを?」


 俺は陽愛から告白された日の次の日に、陽愛からお昼に一緒に弁当を食べようと誘われ、陽愛の手作り弁当を食べた。

 

「ふふ、だって今までは私が作っていたお弁当を陽愛が急に自分で作るって言いだしたから、その時はどうしてだろうって思ったけど、蒼汰くんに手作り弁当を食べてもらいたかったのよね?」


 お義母さんは俺から陽愛に視線を移した。


「ちょ、ちょっとお母さん!」

「で? どうだったの蒼汰くん。陽愛の手作りのお弁当は美味しかった?」

「も、勿論! 凄く美味しかったですよ!」


 あの時は色々あって凄く恥ずかしい思いをしたが、陽愛の手作り弁当の味はしっかりと覚えている。

 なんせ初めての彼女の手作り弁当なのだから。覚えていないはずがない。


「良かったね、陽愛」

「よ、余計な事言わなくても良いの!」


 陽愛は俺に秘密だったであろうことをお義母さんに暴露され、不機嫌になってしまった。

 本当に陽愛のお義母さんは押すのが強い。

 陽愛からしたら強敵だろう。

 押すのが強い母親と押されるのに弱い娘。

 …………どんまい、陽愛。


「もっと素直になればいいじゃない」

「もう素直だもん!」


 陽愛は両手をぶんぶんとしながら訴える。

 可愛い……

 陽愛はたまに、たまにだけど素直な時がある。そこが凄く可愛い。

 

「素直ねぇ~。蒼汰くんはどう思う?」

「え? 僕ですか……素直な方だと思います」


 これが多分一番いい回答だと思う。


「へぇ~。蒼汰くんには素直なんだねぇ~」

「お母さんにも素直だもん! それよりも話変えようよ! なんで私ばかり攻めるのよ!」

「だって陽愛のリアクションが可愛いもの。ね、蒼汰くん」

「え、ええ」

「ッ~~~~~~~!」


 結局陽愛は俺達全員が朝食を食べ終えるまでお義母さんに揶揄われていた。

 途中から可哀そうと思い始めてきていたが、陽愛のお義母さんの言う通り、陽愛のリアクションや言動が可愛すぎて止められない。


「お母さんのバカ、お母さんのバカ、お母さんのバカ!」


 陽愛はソファーに座り、クッションを抱きしめながら何度もそう呟いている。

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