第3話
四限の終了を知らせる終鈴が鳴った。
前の席に座る斗真は、両腕を大きく真上に伸ばす。
「蒼汰~。行こ」
俺の肩に手を置いて可愛らしい笑顔で陽愛は言う。
「行くってどこに?」
「二人っきりになれる場所だよ」
そう言って陽愛は俺の腕を掴む。
「ちょ、ちょっと。教室で食べるんじゃないの?」
「蒼汰は教室の方が良い? 私と二人っきりじゃ嫌だ?」
「嫌なんかじゃないよ。じゃあ連れてって」
教室で沢山の人に見られるよりも、陽愛と二人っきりの方が何倍も良い。
俺は陽愛に連れられて上の階へ上る。
陽愛に腕を掴まれているせいで、通り過ぎる生徒のほとんどに見られる。
陽愛はそんなのお構いなしにどんどん進んでいく。
「着いたよ」
「着いたって、この部屋入っていいのか?」
陽愛に連れてこられた先は、手芸部の部室。
「良いの、良いの。私手芸部の部員だし。手芸部って週に一度しかないから滅多に使わないし」
陽愛はそう言って部室のドアを開ける。
手芸部の部室は陽愛も言っていた通り、あまり使われていないからか綺麗だ。
部室には長机があり、椅子もいくつか置いてある。
俺は陽愛と向かい合うように座る。
「ちょっと、何でそっちに座るの?」
「え、ダメなの?」
「隣に座ってよ」
陽愛はそう言って隣に椅子を置いた。
向かい合って座れば陽愛の可愛い顔がずっと見れると思ったのに、と思ったが、隣に座れば陽愛と更に近づけるからまぁ良い。
俺は陽愛が置いた椅子に座る。
「なんかこうして二人っきりでお昼過ごすって、秘密の恋人関係みたいな感じでドキドキするね」
「そ、そうだね」
実際、秘密の関係なんだけどな。
陽愛から告白された日、俺は陽愛に付き合っていることは二人だけの秘密にしてくれと頼んだ。
陽愛は「良いけど、どうして内緒にするの?」と聞いてきた。
陽愛は自身がどれだけ人気で俺にどれだけの嫉妬が集まっているか分かっていないらしい。
「でもどうして付き合っていることを隠すの? 昨日聞いた時は良いからって言って教えてくれなかったじゃん」
「陽愛は自覚無いのか?」
「自覚? 何を自覚するの?」
「陽愛がどれだけ人気者で、俺にどれだけの嫉妬が集まっているのかだよ」
「私、そんなに人気なの? もしかして蒼汰、私のせいで嫌な事あった?」
陽愛は綺麗な瞳で心配そうに俺を見つめる。
「嫌な思いなんかしてないよ。ただ付き合った事を言ったら嫉妬が更に増えるから」
陽愛本人の前で、陽愛のせいで今まで嫌な思いをしてきた何て言えるはずがない。
実際、嫌な思いはそこまでしていないし、陽愛のせいなんかじゃない。
「そ、そっか。私のせいで蒼汰を傷つけていたらどうしようかと思った」
陽愛は胸の前に手を持っていき、ほっとした。
「じゃ、じゃあ食べようか!」
そう言って陽愛は机の上に弁当箱を置いた。
俺も陽愛に続いて乗せる。
「それ、蒼汰の手作り?」
「まぁ、基本自分で作ってるよ。弁当を作る時間がない時とかたまにコンビニとか売店で買う時もあるけど」
「へぇ~。実はね、私も手作りなんだ~」
陽愛は元気の声でそう言って弁当箱の蓋を開けた。
「美味そう」
陽愛の弁当を見た俺はついそう漏らしてしまった。
お弁当の定番の玉子焼きに唐揚げ。健康に気を使ってか、サラダも入っている。
「食べたい?」
「あ、いや、そう言うわけじゃ」
「彼女の手作りのお弁当食べたいよね~」
正直食べたい。可愛い彼女の手作り弁当を食べたくない彼氏なんて居ない。
「じゃあ。あーん、してくれたら食べても良いよ。私も蒼汰の手作りのお弁当食べたいもん」
そう言って陽愛の方を向いて口を開けた。
良いのか? 陽愛がしてほしいって言ってるんだから良いんだよな?
俺は箸で俺の弁当から玉子焼きを掴んで陽愛の口へと運ぶ。
「あーん。ん~、美味しい!」
陽愛は幸せそうな表情をしてくれた。
陽愛の口に合って良かった。
「じゃあ、お礼に、あーん」
陽愛は俺の玉子焼きを食べ終えると、次は自身の玉子焼きを箸で掴んで俺の口元に持ってきた。
「ほら、早く口を開けないと食べれないよ? あーん」
俺は陽愛にそう言われ直ぐに口を開いた。
「どう? 美味しい?」
「めちゃくちゃ美味しい」
「良かった! なんかカップルって感じだね」
「実際恋人じゃん」
「あはは、そうだね」
そして俺は自身の弁当に入っている唐揚げを箸で掴んで口元へ持っていく。
ちょっと待てよ? この箸ってさっき陽愛が口を付けた箸だよな? ってことはこれ、間接キスになるのか? いや、恋人なんだから間接キスくらい良いよな。
そんな事を考えていると陽愛が口を開いた。
「えへへ、間接キスしちゃったね」
その陽愛の笑顔に、俺は胸をうたれる。
「もしかして間接じゃなくて普通のキスの方が良い? でもダーメ、それは特別な時にしてあげるね」
陽愛は口元に人差し指を付けながら笑顔で言った。
俺はその可愛さに箸で掴んでいた玉子焼きを弁当箱に落としてしまった。
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