第38話 解決策
「『運営』のデバッグ不足には、ほとほと呆れるけれど――助かったわ。男女で制服を入れ替えると、学園生活から弾かれないままに排除者を認識できるバグ――色んなことを何も考えていなくて、最低で最高の運営ね」
生き生きとした放言から、気分の良さが伝わってくる。
「そして、比位くんの制服を偶然たまたま、なんのやましさもなく手に取った私も、ナイスファインプレーだわ。大会MVPかしら」
自分で自分を褒めちぎりながら、転校生は気取った視線まで放った。自身が広告のモデルであるかのような立ち振る舞いだった。斗乃片でなきゃ神様に許されない姿勢だ。
「比位くんの制服を興味本位で弄び、私の着用していた仮面が外れ、マントの上から男子制服を着用したというのに――クラスの皆は私のことを認識し、避けたわ」
発言に一部誇張が存在するけれど、今注目すべきはそこじゃなかった。
俺の上着を無断で着用していた時、確かに彼女は人とぶつかりかけていた。『調整』から思い切り外れていたけれど、相手が何とか衝突を回避していた覚えがある。
「それともう一つ、これは私よりも比位くんの方が感じているかしら。ここまで来るにも大変だったわね?」
「大変? むしろ楽だったよ。なにせ、廊下にいた生徒が全員、誰一人例外なく道を開けてくれたんだぞ」
いきなり女装したわけのわからない男と、男装した話題の転校生が廊下を練り歩いているのだ。まともなのは後輩だけ。となれば皆は当然そこへ視線を注ぐし、怪しい集団を避けもするだろう。
「ああ、ほんとバカっすよね。信じられないっす。どうにかしてるっす。そんな人間についてってるあたしも、そりゃ超バカっすけども」
ごく軽いため息を合間合間に挟みながら、心後輩はさらりとぼやく。これまで俺が見た中で一番、幸せそうな呆れだった。
アホさにびっくりしちゃうっすよねー? と後輩に同意を求められ、
「そう、だね……そんなことしたら、クラスから浮いちゃうのに。みんなと違って、普通にはなれないのに。たくさんたくさん面倒なことがあるのに……でもわたし、すっごく嬉しいんだ。ありがとうって気持ちが、どこからともなく湧いてくるんだよ……おかしいね」
夏那はしゃんと前を向いて、ゆっくり頷いた。首が振れる動きに合わせてぽつりぽつりと涙はふるい落とされていく。雫の滴りが緩やかになり、やがてそれが途絶えた頃に、彼女はもう一度喉を震わせた。
「なにも諦めないで、捨てないままで――わたしに居場所をくれて、ありがと……」
短くも感謝に添えられた、なめらかな微笑。
ぎこちなさや後ろめたさがすとんと抜け落ちた、七都名夏那がそこにいた。それだけで俺はよかった。
だけど、多くを望まないのは俺だけ。右隣で不敵に笑う美少女は、まだ何かしらのたくらみを抱え込んでいそうだった。まじ……? という思いをふんだんに込めた、俺と後輩の困惑した視線を軽々と受け流して、彼女は高らかに胸を張って告げる。
「礼を言うにはまだ早いわ、七都名さん。私たちを見くびってもらっては困るの」
私たちといつのまにか括られているが、俺は何も知らない。女装した俺が夏那を見つければ、それで全て終わったものとばかり思っていた。
小さな彼女は知っているのか。もう一度後輩とアイコンタクトを試みると、愛らしく首を左右に振る姿だけが確認できた。
「そう心配しなくてもいいわ、比位くん。この考えは私が今思いついたものだから」
なおさら不安だ。斗乃片のやることだから利点もあるのだろうが、嫌な予感がびしばし外部から飛んでくる。発信元は、妖しくたわむ少女の目元だ。
「以前のパッチノートには、『各クラス内で最も不利な者に対し、幼馴染という補助ユニットを付与します』とあるわ。しかし、比位陽名斗に対するバフが全て解除されてしまったために、七都名さんは学園生活の一フォーマットから弾かれた。ならば――」
なぜその言葉の流れで、幼馴染の方でなくて、一旦俺の方へと身体を向けるのか。
余裕を含んで綻ぶ顔が、喜悦を孕んだにやつきへと変貌するのか。
「私がバフの対象になれば――クラス内で最も不利な者となれば――七都名夏那は幼馴染のままクラスに戻れる、そうでしょう?」
夏那へと提案する際も、ちらちらとこちらを気にかけている。
よくない視線に気づいたのか、小柄な体躯がぴょんとわざとらしく手を挙げ、提案者に問うた。
「で、でも、度重なるナーフをくらうような転校生さんを、そこまでの位置に下げるのはたぶん無理だと思うんすけど! てか無理! 常識的な範疇じゃむりす。人生終わるレベルの奇行じゃないと不可能っす! なので他の手段を――」
「私の人生終了が約束されたりはしないわ」
極めて早口での説得にも一切動じず、ぴしゃりと断言する。
俺からしたら、言い方が気になって仕方ない。気のせいであってくれと祈るが、後輩の慌てた表情がそうでないことを示している。
というかもう、あれだよな……。
心に描いたことを消して、再度描いてじっと眺め、仕方ないかと腹を括る。確かにこれが実現すれば、夏那にとっても斗乃片にとっても一番いい終わり方に決まっている。心後輩は若干怒るか呆れるか、どちらにせよ最終的には認めてくれるはずだ。
ということは、俺にとっても最上の終わり方だ。
意を決して、尋ねてみる。
「斗乃片、その方法ってのは……俺がこのまま、斗乃片と関わり続けるってやり方か?」
「いえ、違うわ」
なんだ、なら――。
「比位くんが私にしつこく付きまとう――そんなやり方よ」
「言い方、最悪なんだが」
もうちょっと考えてほしかった。言い放たれてしまったからには、もう取り返しようがないのだけど。
「比位陽名斗くんには、休み時間になる度に斗乃片透華の席に来て、私と授業開始ギリギリまでお話ししてもらうわ。もちろん、七都名さんも一緒にね。友達だから、助けてもらうことにしましょう」
おもちゃ売り場を訪れた女児さながらにテンションを上昇させて、彼女は語った。
「それは普通のことなんじゃないのかな……? ただヒナトと斗乃片さんと七都名さんが仲良くしているだけで……?」
「甘いっすよ幼馴染さん。ヒナ先輩の今の恰好、目ぇかっぴらいてよく脳に刻みつけるっすよ。この人を外から見れば、女子の制服かっぱらって着てる人っすよ。普通にマジでやばいす。凶悪犯っす。無期懲役っす。そんなのにクラスで絡まれるなんて極刑までいくかもしれないっすよ」
「おい、言いすぎだぞ後輩。……その通りなのが困るけど」
クラス全体から認識されていなかった頃に比べればマシだが、普通なら保健室登校になりかねない状態だ。
優しくしてほしい。
「ちなみに、この申し出を――私が貴方と仲良くおしゃべりしたいというお願いを――にべもなく断ったら――」
残酷なことに心中で叫んだ要望は通じず、いつかのように転校生は突き付けた。
「泣くわ」
恥ずかしげもなく提示された脅迫に対して、俺は返す。
「誰が?」
ぶっきらぼうに訊き返すと、
「私が」
躊躇いなしに、彼女は答えた。
「斗乃片透華が、わんわんと泣くわ。人目も憚らず、恥も気にせず、感情に任せて涙を流し続けるの。生徒がぎゅうぎゅうに詰められた教室で、唐突に号泣する――」
滔々と続ける。流れ出す言葉は留まるところを知らず、四人だけの屋上を静かに満たしていく。
「泣いて泣いて泣き続けて――どうして泣いてるのって問われたら――」
今にも目尻から雫を零しそうな雰囲気を漂わせておいて、
「『陽名斗くんに捨てられました』って、言うの」
ぱっと、蕾が花開くように笑った。
「お手上げだ。分かった、言うことを聞く」
俺はおどけて、ジェスチャーでも同じことをしてみせた。
それから、質問をする。
「でも、その作戦が上手くいかなったらどうするんだ?」
「決まっているでしょう。この四人で、友達みんなで、また考えるのよ」
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