第34話 転校生と後輩の相性
「ああいう風に誰かに見つけてもらえるだけでも、自分の声に返事があるだけでも大きな支えになるから、俺は――」
「見えない人を、どうやって見るんすか」
「『運営』の設定から外れる。斗乃片の『調整』のことを考えると、『運営』は見た目を重視してるっぽいから――とりあえず制服を脱いで、ダメなら他を考える。他クラスに行ってみるとか、まあ、時間割に逆らうとか、色々あるだろ」
「近くにいるとは限らないっすよ」
「なら探すよ。誰からも見られなくなったとき、よく行く場所なら知ってるから、きっと見つかる」
「消えた人が、見つかりたいとは、限らないっすよ。あたしは、そうでしたし」
「俺もそう考えてた。このまま消えたいと思った。死にたいとも願った。いなくなりたいと祈った。だけどそれは思うだけで、実際人に出会うと、救われるんだ。一つ教えると、俺と出会った時の後輩だって、さっき俺と斗乃片に見つかった後輩だって、そういう表情だったんだぞ」
「うそ、うそなのですよ」
「心後輩と出会った時の、俺の様子を思い出してくれれば本当だって分かる。忘れてたら、どうしようもないけど」
「――せんぱい、ばか、いじわる。わすれるわけ、ないことを持ち出して……」
その言葉を聞けて、安心した。
俺はマントを外すと同時に、上着を脱いでシャツのボタンを二つ三つと外す。思考がぼやけると同時に、クラスメイトからの怪訝な視線が飛んでくる。痛い。
乱雑な手つきでやけに急いでいるし、次の時間が体育でもないから当然なのだけど。
ボタンを外すごとに、後輩の姿が鮮明にまた戻ってくる。よし、これで『調整』からの離脱には成功しているか――
「ちょっと、先輩!」
「大丈夫だ、露出狂まではいかないから。上だけだ。心得てる」
「そういう問題じゃなくて、完全に学校生活犠牲にするのですよ!」
「大げさだよ。精々、ちょっと笑いものになるぐらいで済む」
脱ぎ終えた上着を椅子にかけると、カラン、と金属音が鳴った。冷たい落下音はますますこちらに衆目を引き連れる。鳴り物の正体は、上着の胸ポケットから転がり落ちた金メッキのバッジだ。
天秤の紋様が描かれた、『運営』を示す徽章。
「後輩の、だよな……」
昨日の夕暮れ、やわらかな手に胸元を叩かれた記憶が浮かび上がる。
「もしかして昨日の放課後からずっと、誰からも見えない状態で……どうして……?」
俺の問いに後輩は肩を震わせ、一度何かを飲み込み、そして――
「先輩が、心配だったのですよ‼」
暴発した。
「先輩が普通の学校生活に戻れるか不安で、ずっと見てたのですよ! 『調整』が解除されても絶対何かやらかすだろうって確信して、この教室の隅からずっと! 変な人なんだから均一化された集団の中には戻れないって、特別な人なんだからそんなとこに戻ってほしくないって、そう思ってしまうワタシ自身が何もできなくなるように、バッジを先輩に預けて、一生懸命見守って、違和感に気づかないようにお弁当も急いで抜き取って、それで……」
「心さん、貴女……」
斗乃片は何か言おうとして、形にする直前でやめた。それから、きっぱりと意見を口にする。
「残念だけど、その願いは叶わないわ。だって消えたもう一人は、多少なりとも私と仲良くなったのだから」
嫌われかねない高圧的な口調で、彼女は迷いなく一直線に踏み込む。
「私、誰かと食事を共にするのは基本的に嫌いよ。そんな斗乃片透華が一緒にお昼を約束し、あまつさえ自分から昼食を作ってくるような人――興味深くて素晴らしいに決まっているわ。だから、どうなっても逃がさない。消えようと、見えなくなろうと、触れられなくなろうと、如何なる『調整』があろうと、一緒にランチを過ごしてもらうの」
「……もう呆れを通り越して、もはや羨ましいっすよ。そんなこと言う人間、あたしには無縁すから」
力の抜けた笑いだけを返す少女に、
「貴女も私が逃さない人間の一人よ。お弁当を二つ分持って行ったのに、なぜ勝手に自分を除外しているの」
美少女は即答し、隠し持っていた簡易手錠で自らと後輩の手を繋いだ。そういえば隠し持っていたな、簡易手錠……。
「っ、な、なに、手錠、どうして⁉」
心後輩の動揺は当然だ。
だが拘束を施した当人は平然と反応をスルーして、
「問答無用よ。私に一度でも気に入られたことを恨みなさい」
「は、気に入られようなんてしてないのですよ!」
「好かれようと思って、思うように好かれないこともあるでしょう? その逆もあるということよ」
「な、なんてことを……あたし、転校生さんのことが嫌いになりそうっすよ」
「そう? 私は貴女のことが好きになりそうよ」
小さな女の子の反抗心を手際よく受け流して、斗乃片は俺の方へと向き直る。
「そして変態の比位くんは、シャツまで脱ごうとするのをやめなさい」
「だけど、こうしないと――」
「私が、もっと良い方法を思いついたわ。感謝しなさい。問題は終わったの」
胸を張って述べた後、転校生はこう言った。
「あとは貴方が、私の服を着用できるかどうか――それだけよ」
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