第16話 幼なじみ vs 転校生 vs ぼっち
「美少女の私に落ち度はないわ」
問題児はすこぶる真剣な表情で俺のしかめっつらに応える。溢れる自信を周囲に隠す気なんて微塵も無さそうだった。これは具体的に言わねば伝わらないやつだ。
「授業中、お前が白面をドヤ顔で見せつけてきたのが事の発端だ。斗乃片の軽挙妄動によって、貴重な幼馴染同士の絆が失われようとしてるんだぞ」
「幼馴染の絆? そんなもの、本当に存在するか怪しいわ。比位くんが寂しさに耐えかねて育んだ妄想という線はないのかしら?」
「いくら存在しないもの扱いが日常の悲惨でゴミクズみたいな学園生活が長かった俺でも、そこまで発狂してはいな……してないはず……いや……してないよな、俺……⁉」
「私に確認をとらないでくれるかしら。あと、悪いことを思い出させたみたいね、ごめんなさい」
……驚いた。落ち度はないんじゃなかったのか。素直に謝罪されると逆に困惑する。平常運転の斗乃片とは正反対の、しおらしい美少女がいつからここに。
「なにやら心中で侮辱された気配……。やっぱり比位くんみたいなひどい人と、絆を結べる人なんていないわ、未来永劫ね」
「人の将来を適当に確定するな。ここには既に反証がいるんだが」
「あら、私?」
「よくこの流れで図々しく自分を出せるな」
「私以外に出る幕ないでしょう?」
「周りを見ろ、周りを」
俺に言われた通りきょろきょろと周囲を見渡した後、斗乃片は虚無そのものの顔つきになった。それからわざとらしく首をひねる。
「幼馴染がいるだろここに。ったく……夏那からも、こいつに何か言ってやってくれ」
「……………………わたしになかよし、みせつける人なんて知らない」
ぷいっ。擬音が聞こえてきそうなほど、夏那は機敏にそっぽを向いた。
「夏那? おーい、夏那? なつなさん……?」
呼びかけにも応じない。わたしは怒っていますよオーラをひしひしと感じる。ここは趣向を変えどきか。
「なつなー。なっちゃん。なーちゃん、なー、なーたん、えっと、他には……」
「む、昔のあだ名で呼ぶのやめてよ。はずかしーよ! あとなーたんは絶対禁止」
「な、夏那が反応してくれたら……やめよう」
「もう、そっちの方が恥ずかしがっちゃってるし……そんな意地悪なことしなくても、ヒナトの言葉にはちゃんと答えるよ。でもそこの失礼な人にはやだ」
ぷいと、幼馴染がまた拗ねる。
ふんと、転校生がそれを鼻で笑う。
「誰が礼を失すると、どの口が言っているの。人のことを不躾にじろじろと見ておきながら、その言い草はないわ。この装束が羨ましいのだと、素直になりなさいな」
「誰が失礼って――斗乃片さんはブーメラン投げの名人? わたしはヒナトを追っていただけなのに、それを罪悪感だとか妬んだからだって、些細な要素を一々強調して吹聴するのは失礼だよ。それと、変なお面と邪魔そうなマントには死んでも憧れたりしない」
「変なお面? 邪魔なマント? まったく、センスが感じられないわ。狐面や黒の外衣に憧れないなんて、どのような教育を受けてきたのかしら。真っ白な無菌室や培養管ででも育った?」
ばちばちと無駄に火花が散る。
誰も彼も自分や他人の言動なんて覚えてない。夏那は煽りに反応しているし、斗乃片は無礼な挑発をすぐに忘却している。
わりと醜い光景で、正視に堪えないタイプの日常風景だ。とにかく、好きじゃない。
「喧嘩するな。せっかく話してくれる相手が出来たっていうのに、そいつらが揉めてたら救われない――主に俺が」
「比位くん……貴方自身と境遇を人質にとるのは、卑怯よ」
「ヒナト……ほんと、ずる」
これで俺に注意が向いて、無限に続きそうな言い争いが終わると思った。このまま俺が二人の間に入って、どうにかなると信じていた。
両者の中間へと踏み込んだ男の足に、つま先が二つぶつかるまでは。
あれ? 斗乃片も夏那もむしろ距離を詰めて、至近距離で睨み合っているんだが。
「彼と距離を取るといいわ。そして私からも」
「斗乃片さんに指図される理由はないよ」
視線で火花を散らす時期は終わり、物騒な鍔迫り合いへと移行している。
「おい待て。今ので終わる流れだっただろ」
「これは私の喧嘩よ。貴方にだって、取り上げる権利はないわ」
「また間違ってる! これはわたしたちの喧嘩だよ」
二足に両方から挟まれた片足が、ぎりぎりと痛む。力の入りようは本気で、これは中々一筋縄ではいかなそうだ。
「分かった。一生揉めるといい」
「ええ。言われなくても、私の中ではそんな予測が立っているわ。七都名さんは諦めが悪そうだから」
「わたしも同感。斗乃片さんはすっごく厄介で、きっとしぶといから」
「じゃ、それで」
「「……?」」
「一生喧嘩するってことは絶交も絶縁もなしだから、そんな感じで仲良くやる感じで」
「「それはぜったいいや」」
首の傾け具合もタイミングも、拒否を示す発声も息ぴったりだった。会って数日やそこらとは信じられないシンクロ具合だ。
これはもうなかよしだろ――なんて思った瞬間に、合計四つの瞳から強く睨まれた。内心の自由はどこへ。
「そんなに嫌なら、今すぐ距離を取って睨み合うのをやめてくれ」
「む……」
複数回の語りかけが功を奏す。片側から発せられる体温が、渋々ながら離れていくのを肌で悟る。色の薄い美髪が視界の端からも消えていく。
問題はもう反対側。
赤みがかった茶髪と、馴染みのある温もりが遠ざからない。それどころか手を握られて身動きが取れなくなる。
「夏那もほら」
促しても促しても、じっと黙って微動だにしないまま。口は動かず、されど潤んだ瞳は何かを言っている、気がする。
心の中にある言葉を音にすることは、恐怖だ。
相手をふとした拍子に忘れてしまうとなれば猶更、恐れは増幅する。自分が相手を忘却するのであれば逆もあり得るのではないかと、懸念は風船のように膨張するのだ。
俺は知っている。
自分の声や言葉を聞いて貰えないことが、どんなに辛いかを。あの恐ろしさを想像で膨らませることが、どれだけ痛むかを。
「どうか、した?」
俺の経験が今ここで助けになって、舌を動かす勇気になった。信じて、ほんの親指分ぐらい踏み込む。
「少しずつでいいから、話して……くれるか?」
「……自分が、信じられないの」
一度踏み出せば、二歩目の足はもっと遠くへ。
「また見えなくなったら……いやだよ。ヒナトを見つけられない自分が大っ嫌いになっちゃうよ……! だから一回見えちゃったら、もう離れるわけにはいかないの。次に目を離したら、今度こそ手を離したら、ずっと会えなくなるような、そんな気がして」
手どころか全身を俺にもたれかけて、心までも預けてしまいそうに彼女は語る。身体全体の震えが伝わってきて俺はすぐ、
「俺になんかいつだって会えるし見つかる。方法だってちゃんとあるしな」
どうしても早口になってしまう。
それに、勝手な言葉を無言の視線で咎められる。斗乃片さんのジト目があちこちに突き刺さって痛い。
「私は睨んでないわ。あと、『方法』とやらは私の仮説であることに留意して――自由にしなさい」
俺の心理読みに失敗しているし、なんだかんだで優しいしでツッコみたいことは一杯あるが物事には、優先順位がある。
「ええと、比位陽名斗を見つけるには――」
なるべく迅速に、簡潔に、明快に言葉を最速で――
「その制服を脱げば一発だ――かはっ!」
盛大なツッコミを頭頂部にもらう。転校生は、殴打一つとっても一級品らしい。
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