第15話 幼馴染の爆発
「勝手に引け目を感じて、一人で罪悪感を背負って、悪感情に満ちた視線を私にぶつける――七都名さんのやっていることは、一番拒みたい類よ」
形のいい唇から、迷いなく非難が放たれていく。重みのある責めが響くと、打楽器を叩いたかの如く受け手が震える。容赦はない。
「誰も彼もが口にする価値もない感情や意識を押し付けて、その始末さえまともにしないけれど、貴女は一層性質が悪いわ。『反省してます』『本当はこんなことしたくないのに』『どうしてこんな風に』……言い訳まで視線に籠められるのは、最早一種の才能よ」
「………………」
反論は為されない。沈黙をBGMに、一方的な糾弾は続く。一言二言続くごとに縮こまっていく少女の姿はとても見ていられなかった。
抜き身の弾劾を散々に浴びてはひとたまりもない。そのこよは結構知っている。
「さすがに容赦なく言いすぎじゃないか」
「貴方は優しいからそんな薄いことを言えるのね。美徳よ。今はいらないものだけど」
ぴしゃりと俺の言葉を切って、
「責任を感じて罪を抱くのは個人の自由よ。しかし、それを他者に押し付けるのは――」
想起するのは、叱られた幼子と点火した爆弾。悔しさや悲しさが募りに募って、最終的に派手に散るタイプのイメージ。小さな振動は小柄な身体に貯蓄されて、
「……無理だよ……どうしようも、ないよ! ……斗乃片さんのこと、見ないなんて出来ないよ! わたしにはあなたが羨ましくてしょうがないし、あなたはいつだって目立つからつい目で追っちゃうし、同じクラスで、同じ学年で、同じ性別で、視界に入れないことなんて不可能で、それで、それで……!」
爆ぜた。
幼馴染は、ぐちゃぐちゃに爆発した。
「わたしはずるくて卑怯で悲しいし、あなたはかわいそうで堂々として、それでもなぜか楽しそうで! それを妬んで、妬む自分が嫌で、悪いことした気分で、悪い子になった気持ちで、でもあなたはそこにいるから……っ!」
「ぺらぺらと野放図なお口ね。そちらの都合ばかりで、こちらを――」
「斗乃片さんだって、わたしのこと好き勝手言って! いちばん大事なことを見つけられないのに、嘘をヒナトに教えて!」
「虚偽ではないわ。私には自分に向けられた視線と、そこに付随する感情が分かってしまうの。見られることが人生だったから、ね。正確さは誰よりも貴女自身が理解しているはずよ。それに、先ほど打ち明けたことが補強になって――」
「確かに大体は正しいよ! でもざっくり読み取れているだけで、周辺を分かっているだけで、一番大事なことがさっぱり!」
大音声が辺りを席巻する。圧倒される。間に入る余地なんてない。仲裁しようとした俺の意気が、外側からぺしゃんこに叩き潰された。
同じ舞台に上がれるのは、態度を鋭利に研ぎ続ける転校生に限られる。
「疑わしいわ。貴女の視線に私の知らない感情が含まれていると吠えるのなら、今ここで言葉にしてもらえるかしら?」
「い、言う必要なんてわたしには」
「ないわね。ない。存在しない。在りはしないから、誰にも伝わることはない。それとも今の数秒で考え終えた?」
無茶に言葉が継がれていく。強引な内容の破綻は発言者の雰囲気と技量に補填されて、聴衆に妙な圧迫感と焦燥を押し付ける。
心臓の音がおかしくなりそうだ。部外者になってしまった俺ですらこの調子ならば、直接台詞を向けられた夏那はどうか。
「嘘じゃないよ! その場しのぎで考えてもいない! わたしの気持ちは、これは、誰かに全部言い当てられるような、そんな薄くて軽いものじゃなくて――」
否定するたびに冷静さが蒸散する。高まり発散される熱が理性を上書きし、躊躇いの枷を溶かし、恐れの縄をほどき、
「わたしの目は斗乃片さんの姿を追っていたけれど、わたしの耳は斗乃片さんの声を聞いていたけれど、わたしの頭はあなたの向こうを考えていて、わたしの心はあなたを超えた人を想っていて――!」
何度も幾度も塗り重ねた果ての果て、
「わたしは、わたしは――斗乃片さんの先にいるヒナトを、幼馴染のことを見たかったのにっ……‼」
それは直球的な激情の爆散だっ――
「ねぇどうして! どうして斗乃片さんはヒナトと話せるの⁉ わたしはヒナトの姿をいつだって見つけることはできないし、近くからヒナトの声がするのに聞こえなくなっちゃう時もあるし、ずっとヒナトのこと考え続けることすら無理なの‼ これってなに⁉ こわい、こわいよ! 子供のころから知ってる人の、ずっと昔から仲が良かった人のこと、忘れちゃうなんてどうかしてる、どうかしてるよぉ……」
苦悩と困惑の流出は俺の予想を超えて止まらず、終わることを知らない。夏那が肩で息をするたびに、彼女の心が削れては流れ出る。
「斗乃片さんの視線の先にはヒナトがいる……。その変な仮面をずらしてどこかを見ている時、そこにはヒナトがあるって気付いたの。分かるまでちょっと時間かかっちゃったけど……もう忘れない……」
中途半端に仮面を装着した斗乃片さんであれば、普段の夏那にも視認できるらしい。そこを糸口にして俺にまつわる違和感を発見したということか。
運営の『調整』を無視した人間でなければ比位陽名斗は見れない――という斗乃片さんの仮説にも一応沿っている、はずだ。悲しいことに、クラスでの俺がそのまま見つかるはずないから。
今の幼馴染だって、『調整』に逆らっているからこそ俺を直視できている。
家庭科の調理実習がとっくのとうに終わっているのに、エプロンを未だに着用している――支給された新型制服以外も着ているから、『調整』からの逸脱状態になっているのだ。
昨日の昼休みも同じことで、体育の時間外で体育着のままだったから会話が出来た。
いつもの俺といつもの彼女が接触することは、いつも通り不可能だ。
つまりこの揉め事の原因は――
「斗乃片……だよな……」
「なにかしら。処刑台に連行された大悪党を見物するかのように、女の子を見るものではないわ」
「さりげなく俺の目つきをディスるな。そんな大層なもんじゃなくて、文句のひとつでも言いたくなっただけだ」
「この私になにか瑕疵でも?」
「逆にないとでも?」
正気か、こいつ。
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