第9話 バフの回避理由
「うーん、どういうことっすかね~? なんで先輩はバフされないんですかね~? 懐疑の議題にもあがったことないんすよね~? 先輩はTier4とか5――下から数えた方が早いポジションにいるのに……」
「おい後輩、煽るのをやめろ。真剣に思索にふけるフリして、ここぞとばかりに煽りまくるのをやめろ。これでも傷つくんだぞ」
「喜ぶんじゃないんすか? 先輩、アレだし……え、Mだし……」
「傷つくのと喜ぶのは両立するぞ」
「人を喜ばせたっていうのに、こんなに嬉しくないことあるのです……?」
じりじり後ずさりを始めた後輩と、距離を詰めるべきか否か。あれこれ迷っているうちに、俺が手を伸ばしても届かない位置まで心後輩はばっちり避難した。
ダメ押しに個人デバイスをその辺に展開して、壁代わりにする始末。おい、空間投影でカードゲームをやるな。キーカードがもうすぐ使えなくなる強デッキでデイリーミッションの消化をするな。
「投影映像で俺との壁を作ろうとしないでくれ。もう少しコミュニケーションしないか?」
「なんかその誘い方いやっすよ。いやいいすけど……いややっぱり嫌っすかね……?」
自分の応答に自分で首を傾げつつ、心はこちらを観察している。値踏みしている、と換言してもいいかもしれない。
「うーむ、ダルいはダルいんすけど、ひな先輩、そんなに悪い感じはしないんすよね。一回クラスでミスったからって、そんなガチハブされるほどかなーっと……むしろこんなあたしとも喋ってくれるし、いい人っていうか。だからそういう素質も踏まえて、ウチの会も先輩のバフは見送ってるんすかね……?」
「素質じゃなくて、現状を見てほしいんだが……数ヵ月間、クラスでガン無視されている気持ちを考えてほしいんだが……」
節穴にもほどがある。『運営』と俺は別の学園で生活しているまである。
もしくは、価値観が違うとか?
断片的な思い付きか、核心的なひらめきが俺の脳を駆け巡った気がした。
「気づいたぞ。きっと運営陣は全員ぼっちだ。俺がこんな状態にあっても、大して不利と認識してないってことは――運営全体が灰色の青春を送って――」
「そんなことないっすよ。少なくともあたしは違うっすよ。仲間見つけちゃったみたいなキラってる目やめてください。いやほんとにです」
筋を痛めるんじゃないかというぐらい首を横に振って、当事者はとことん否定する。必死過ぎて若干ホラーだ。
「はぁっ、首いった……」
ライブ客もかくやの首振りは、普通に大変そうだった。なお、呼吸を整える彼女の姿は可愛らしいので、見ている俺は得だ。
「失礼な視線を察知したっすね……なにかバカにするような、まるでワンやニャンを見るような……」
「ワンやニャンって……呼び方かわいいやつかよ」
「かわっ、かわ……。――あ、そ、それなのですよ‼」
やけにへんてこな表情を作りつつ、心は突然叫ぶ。何か思い当たったらしい。
「先輩がバフされない理由、分かったっすよ‼」
「本当か⁉ 一体それはなんだ、心後輩!」
唐突に降って湧いた希望と期待に、胸が爆発しそうだ。
「そ、それはっすね、えっと……」
「早く言ってくれ、後輩!」
勿体ぶられるのは困る。この状況を解決する手がかりならなんでも知りたくて、この手は後輩の肩を掴んで揺すっていた。
「そ、それは、か、かわいいあたしとこうやって、おしゃべりしてるから……っすね――っす――」
「……はぁ」
「な、なんすかその反応!」
「えっと、なんていうか、はぁ……」
「喧嘩売ってんすか、売ってんすね! 買いますよ! セールじゃなくてもたくさん買うのですよっ‼」
近い。彼女の呼吸がすぐそこにまでやってくる。距離は一瞬でゼロに近づき、一歩間違えればマイナスまでいくだろう。
「わたしだって――あたしだって、はずいの承知で言ったんすよ! 先輩がわりとガチで悲しそうで、かわいそだったから、何か少しでも力になれればなって、思い至ったことを口にしたんすよ! もう!」
「ご、ごめん……ほんとごめん……」
背伸びしてまで繰り出された抗議には、思いのほか勢いと重みがあった。これには勝てない。
「え、あの、なんでそんな素直な謝罪……あたし、そこまで怒ってないっすけど⁉」
「そこそこ怒ってる……ように見えるぞ」
「恥ずかしくて、引き際分かんなくなってるだけっす!」
かわいい通り越してアホだった。
「とりあえず深呼吸しよう」
「すー、ぷー、すー、ぷー……」
吸って吐いてが独特すぎる。
個々奈心特有の呼吸音を拝聴して何秒だろうか。規則正しくも変わった音に、だんだん理性的な言葉が混ざり始めた。
「ぷぁ……あれ、ちか……近いっすよ先輩!」
俺からちょっとだけ距離をとり、もう一度ぷーと息を長く吐いてから、後輩は急に大人しくなった。
「ふー、ふー、あれ、なんでだろ、なんかむかつくっすね……」
理不尽だ。
なんかがしがしと爪先で蹴られてるし。
「……もう、もう、あたしが、こうやって話してるから、先輩は、バフ、逃れてるっていうのに……いやでもそれ、ダメなことなのですかね……?」
「あー、なるほど。そういうこと。ごめん、理解力が無くて。ようやく俺も理解した」
「なんすかその目は。まるで地域のワンやニャンに向けるような、いつもよりも数倍やさしー瞳は。あたしはワンやニャンとは違うっすよ。先輩みたいなヒトに、餌ねだったり甘えたりなんて絶対しないんすからね」
俺の脛の部分は、依然として足指でぐりぐりやられている。後輩の頬はどんどん膨れるし、口もますます尖っていく。
「先輩なんて、あたしがいなかったら青春の原型すら無いんすからね。放課後になったら運動部より早く飛び出して、こんな辺鄙な場所に急行する男子高校生を相手するのなんて、あたしぐらいしかいないんすからね、感謝が足りてないのですよ感謝が……」
蹴りが弱まる。ぽたりぽたりと落ちる愚痴が、俺らの足元に溜まりをつくる。
「っ、なんでそれを知って――ん? あれ? なんでいつも遅れてくる心が、俺の行動を知って――いたっ」
どすりと一発、いいト―キックが急所に入る。うずくまりたくなるが、そうすると目の前の人間と衝突するからできない。
「別に、なんにもないすよ。『運営』権限生かして六限はもちろん五限までぶっちして、いち早く第三校舎裏に待機してたなんて、そんなことはありえないっすからね」
「いやなんか具体的すぎ――っ」
またもや衝撃が走る。脚癖が悪すぎる。
「こんな時だけ察しの良い先輩は嫌いっす。あたし、神様にお願いするっすよ――全校集会で校歌を歌うとき、先輩一人だけ滅茶苦茶な音の外し方ぶちかましますようにって」
「微妙に最悪なことを願うんじゃない。それと、そのお願いは無意味だ。俺は集会系全部サボってるから」
「うわ、わるだ。わるわるだ。そんな人間にはおしおきっすね……」
絶えず繰り出される可愛らしい連撃。
それを踏みとどまってなんとか堪えると、心の頬がまた膨らんだ。
「このっ、しぶといっすね……」
「俺を仕留めようとするな」
「悪い口を動かす先輩なんて、とっととどうにかなるべきっすよ。えいや」
いったく……ない。なんだかんだでビビりな後輩は、加減を心得ているようだった。
「ほらほら、感謝がないとこのままっすよ。ずうっと小突かれたままっすよー」
「……仕方ないな……さ、サンキュー?」
「なーんか違うっす。軽くて先輩らしくないっすよ」
「いつもわたしと話していただきありがとうございます……?」
「丁寧すぎてもっとなしっす。先輩はイイ感じのフランクさもあるっすから」
「じゃあ……えと……ありがとうな、心」
「――――――――」
唐突な無言が恐ろしい。果てしなく恐怖する。
いつかどこかの教室を思い出すから、どうしようもなく怖かった。
だから、鈴の音のような声に救われる。
「ま、まあまあ? い、イイ感じじゃないっすかね?」
俯いていて後輩の表情は見えないけれど、聞き慣れた軽やかな声音に、俺は確かに救われる。
呼びかけて応えてくれる人がここに偶然いて、たまたま会うことが出来たから、俺はあのクラスでも数か月の間やっていけたのだ――そんなことを暑苦しく口走りそうになって、後輩相手には重たすぎる言葉だと気付いて、やめた。
ここでは楽しい話だけがしたい。
「んん? なにか言いたそうっすね、先輩。この良い後輩には、なんだって言ってくれていいんすよ?」
「いや、ないよ」
「またまた、強がりっすねー。どうせ先輩には、あたししか話し相手いないって知ってるんすよ?」
うざったくも可愛い笑顔と余裕そうな煽りは、昨日の俺にまでなら効果的だっただろう。
でも今の比位陽名斗には無意味だ。
「話し相手くらい、他にもいるよ」
「嘘はよくないっすよ? すぐバレて、恥ずかしくなっちゃうっすよ? ちな、誰だか言ってもらっても?」
「斗乃片透華と、七都名夏那――転校生と、幼馴染」
後輩に知らないとは言わせない。
なにせあの二人は、バフとナーフの当事者だ。『運営』に所属する心が、しらばっくれるのはさすがに――
「なるほど、ですね。あの二人が……二人も……そうなのですか」
頭から終わりまで、完全に冷え切った応答が、俺の耳朶を撫でた。
「あたしも知ってるっすよ。まあ、知ってるだけっすね」
他はなんにも知りません――と、背を向けるような断定にツッコむのは躊躇われた。
更にその躊躇が俺を救う。
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