第7話 悩みと属性と
「他人と自分を比較するってこと、わたしはあんまりしてこなかったの。だって、そもそもみんな結構同じになろうとするしさ。みんなと違わないように頑張ってるし。わたしもそうしてきたのに、のに……」
夏那のつぶやきは、なにかを虐めるようにしつこく重なる。
「でもさ、転校生が来て変わっちゃった。一生懸命見ないようにしてた部分が、見えちゃった」
口止めをしていた堰に綻びが生じて、こわれた。洪水さながらに吐き出されるのは、彼女の抱えていた思いに、視点に、価値観。
淡い不平不満、なんてものじゃない。強いマイナスの感情が、ひどい混乱と拮抗していたからどっちつかずな表情だったんだ。気付いた時にはもう遅すぎたが。
「わかったことがあるの。斗乃片さんは違うの。綺麗だとかカッコイイとか、自分に自信があるとかは、すごくちっちゃいことだよ。あの子のすごいとこはね、違うことを怖がってないし、当然だと思ってるし、更に変わろうとするし――」
言葉は尽きない。不安は勢いよく流出して、枯渇の二文字からは縁遠い。
「違うってだけなのに、斗乃片さんがひどい目にあって、わたしがいい思いしてっていうのは、もう、わけわかんないよ……」
どう考えればいいんだろどうすればいいんだろ――と、迷いがそのまま出力され続けている。
真正面で感情を受け止めているだけの俺だって、動揺を免れないレベルの告白だった。
ここまで、言わせるのか。
夏那と斗乃片は、まだ会って二日のはずだ。積極的に話している様子も俺が見ている限りなかった。だというのに、どうしてこんなにも。
大丈夫、から始まる慰めを、言ったつもりで言えなかった。口元は緩く動くばかりで、力が入らない。
俺は彼女に、どう言ってやればいいのだろう。
「ねぇ、なんでわたしが選ばれたんだと思う?」
問われても、分からない。
解せないから、そのままに言う。
「そんなの……わからない。俺からすれば、夏那を選んだのはその……間違いだ」
「間違い……そっか。わたしは、間違い……」
見知った顔に影が差す。
ダメだ、言葉のネガティブな面にだけ反応してるし……
「間違えたのはお前じゃなくて、その学園運営の方だ」
「どういう、こと?」
「いや、だから……」
全部言わせるつもりか、こいつ……。
「だから、夏那にはバフは早いだろ。その、魅力、あるし……バフは、余計だ。ダメ運営だ、きっと」
元々全部言うつもりだったから、一切全然問題ない。喉から頬から額まで全部が熱い気がするけど、まあ普通に風邪だ。
「ヒナト……」
瞳を濁らせたまま見上げてくる昔馴染みに、太刀打ちなんてできるものか。視線の鍔迫り合いにあっけなく敗北して、俺はさっさと目をそらした。
やっぱりバフなんて必要ないだろ。
こっそり頭の中で愚痴ると、まるでそれを読み取ったかのように、夏那の表情から影が薄らいでいく。
「どうしたんだ?」
「ううん。どうもしないよ。ヒナトの考え事、分かって嬉しかっただけ」
「ウソじゃん」
「ウソじゃないよ」
食い気味に返しながら、微笑みをこぼす彼女の様子に救われる。何より、そうしている方が魅力的に映る。悔しいが。
「ほんとだっていうなら、当ててみてくれ。夏那の口から、答えが聞きたい」
何故か負けたような気分になるから、少し意地の悪いことをしたって許されるだろう……はずだ、多分。
「えっ……」
頬を染めての動揺に、嫌な予感が殺到した。押し寄せる悪寒は制止を口に出すよりも遥かに早い。
「えっとね、わたしが、幼馴染が、かわいいなって……そう、思ってるでしょ!」
「……ウソじゃん」
「ウソじゃない! 幼馴染の言うことは絶対! 失敗はない!」
「どんな幼馴染だよ」
「デキるハイスペック幼馴染! 幼馴染が、幼馴染について考えてることなら何でもわかる感じの!」
「ややこしいな……」
というか、自分の属性を気にしすぎだ。そうやってイキる属性は、よく負けそうな属性よりもアンドロイドとかロリで――
「負けじゃない!」
「いや心を読むな心を」
あてずっぽうだと頭では分かっていても、首筋のあたりがぞっとする。頬をぷくーっと膨らませる仕草は可愛いが、その可愛さでも相殺できない怖気が――お、頬が膨らむのをやめた。代わりに赤く色づいている。
「もう、こんな顔させないでよ……」
「そっちが勝手にしてるんだろ。あと、それでもさっき悩んでた時よりは随分マシだぞ」
「マシじゃなくて、なんか別の言葉つかって! 褒めちぎって!」
「はいはい」
ワガママに付き合うのもこれまでだ。俺は屋上に張り付いてしまいそうな重い腰をあげて、ドアの方へ向かう。
「あー、逃げるのー⁉ まだちょっと休み時間あるよ? ギリギリまでお喋りしよーよー」
背後からのブーイングは気にせず急ぐ。なぜなら、
「体育終わったのに体育着のままのやつと、一緒に教室入るのはごめんだからな」
後ろで、飛び跳ねる音がした。からんからんと小気味よく鳴っているのは、空になった弁当箱だろうか。
「えっ、あー⁉ 時間、まずい! ねぇ! これって今から着替えても間に合うと思う⁉」
「知らない」
きっぱり言って、俺は全力で駆けだした。
やけに身軽だ。走っても走っても、行きより心身が軽く疲労はない。こんなにも自由で自在なことあっただろうか、特に右手がフリーダムで――そこには弁当の袋がなかった。
屋上でポイ捨てはまずい。
「俺はあほだ……」
さっきまでの勢いは夢のよう。元気を失って廊下を引き返すと、数メートル先に廊下の角を曲がる夏那の姿が。
「おーい、夏那、俺が忘れた弁当のゴミ捨ててくれてたり……」
手を振って、あちらに呼びかける。だが反応なし。さっきまで会話ができていたのは奇跡か何かか。
もしくは、屋上という場所が他に誰もいない空間だったから、やり取りができたのか。
とにかく事情を確かめようと、曲がり角に消えていった背中を追いかけて――
「おいおい、見間違い、かよ……」
そこには誰一人いなかった。
知らない教室の閉ざされた扉たちと、無機質な廊下だけがあった。
幼馴染と久しぶりに話せたから、舞い上がってしまったらしい。別人を彼女と認識して声をかけるなんて――いよいよ俺も末期だった。
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