第14話 貴方様の代わりはいないのです

 入口で不敵に笑う三島に、英司は動揺した。


 いったい何が起こっているのか、理解できなかった。

 

「正直、こんなに早く倒されるとは思わなかったよ」


 三島が倒れたもう1人の自分に近づく。


 英司も同じ歩幅で後退りする。


 3歩下がったところで、かかとに何かコツンとぶつかった。


 後ろを向くと、少女が収まっていた装置があった。


 同時に、少女も視界に入る。


 三島の姿を見て一瞬怯えるも、すぐに元の無気力な表情に戻る。


(……なるほどな)


 英司は悟った。


 少女は無反応じゃない。感情がないわけじゃない。


 諦めているんだ。


 英司は自分の小心さを叱咤しったした。


 ここにいる少女のような顔をする人を、これ以上生まないために、ここにいる。


 そんな無理難題を行おうとしている自分が、何を怖気付いているんだ。


 恐れたら、誰も救えない。


(恐れるな! 前を見ろ! 目の前にある現実を、まずは認めるんだ!)


 英司は頭の中に浮かぶ疑問を打ち消し、目の前のあり得ない状況を受け入れた。


 そして自分の前に立ちはだかっている人物を、三島と認識して対峙する。


「お前が、本物の三島だな?」

 

「いかにも、僕が本当の三島・クロスロード・譲二だ」


 先程戦った三島よりも、異能周波数が低いのに、前とは比べ物にならないほど圧倒的なプレッシャーを感じる。


(……なるほど、そういうことか)


 英司はカラクリに気付き、自分の思慮しりょの足りなさに思わず苦笑いした。


 執事である官兵衛の異能は、幻を見せることだ。トランプを違う絵柄と数字に出来た。人間に応用出来ても不思議ではない。


 それに三島のことだ。それくらいの芸当はやってくる。


「俺を疲弊させるために、こいつを化けさせたのか」


「ああ、そうだよ。まんまと騙されたみたいで嬉しいよ。こちらも仕掛けた甲斐かいがあった」


 ニンマリ笑顔の三島に、カチンときた英司は、怒りを隠して挑発する。


「情けない奴だ。幹部なら、真正面から来い。だからお前は城ヶ崎に勝てないんだ」


「安い挑発だね。その程度じゃ乗らないよ」


 三島は気絶した三島に近づき、状態を確かめる。


「これは……リタイアだな。意識は戻ったとしても、今日は立てまい」


 顔に触れると、パリンと鏡が割れるように幻想が解かれて元の執事の姿になった。


 カジノであった時は精悍せいかんな顔つきだったが、今は年相応になっていた。


 異能周波数も微弱になっていた。もしかしたら、異能を使って若く見せていたのかもしれない。


 もはや、そんなことはどうでもよいが。


「さすがだね、アハト。僕の師匠を倒すだなんて」


 三島の話を聞き流しつつ、英司はホルスターからブリッツガンを抜く。


「技は、未だに官兵衛の方が上なんだがけどね……」


 悲しんでいる顔を執事に注ぐ三島の頭に、狙いを定める。


 トリガーに指をかけ、引こうとした瞬間、三島からとてつもないほどの異能周波数が発せられた。


 それに驚き、英司はトリガーを引くのを躊躇ためらう。


「遠慮する必要はない。撃ちなよ」


「……!?」


 指を動かせなかった。


「どうしたんだい、撃たないのかい? 戦場では、躊躇ためらった者や情けをかけた者から死んでいくよ」


 アハトにつむじを見せたまま、三島が吐き捨てる。


「っ……!」


 半ば衝動的にトリガーを引く。


 ズガン!


 弾丸は、三島の左腕によって防がれた。本物の三島も電撃対策をしていた。


「久しぶりの実戦だが、鈍ってないな」


 ギロ、と三島がアハトが向けた銃口を睨む。


 ブリッツガンを乱射するのは得策ではないと考えた英司は、銃をしまって拳を構える。


「さてと」


 三島がゆっくりと立ち上がり、肩を回す。


 一通りストレッチが済んだところで、アハトと真正面に向き合う。


 恐れから、構えた拳に無駄に力が入る。だが、それでも英司は拳に力を入れざるを得なかった。


 先程のにせ三島との戦いとは比べ物にならないほど、緊迫する。


 死。


 一つ間違えば死あるのみ、と肌で感じる。


 エネルギー残量を見ると、50%弱。どんな使い方をしても、10分間は戦える。

 

「リア、いざとなったら俺をパージし、そこの少女を抱えて逃げろ」


「逃走成功確率は限りなく低いです。得策ではありません」


「スモークグレネードが1つ余っていただろ。上手く使えば三島の追走をけるはずだ」


「それでも困難です」


「最悪なのは、俺が死んで、お前は壊され、少女が奴らの手に渡る。そんなことは絶対に避けなければならない。確率が低いなんていつものことだろ」


「賛成出来かねます。ですが、命令ですので、了解しました」


「ありがとう」


貴方様あなたさまが死ぬと、お嬢様も悲しみます。貴方様の代わりはいないのです。それだけは、忘れないでください」


「了解」


 不承不承ながらも、リアが承諾したことで、英司は戦闘に全てを集中する準備は整った。


 一方、三島は未だに戦闘態勢を取らない。


 何が狙いか、辺りを見ながら考えていると、三島が唐突に口を開いた。


「君はいくらで買えるんだい?」


「は?」


「いやね」と、三島は顎を触る。


「君のような無能力者が、僕達幹部と対等に、それも殺さないよう手加減して戦えるなんて、そんな人間、どこへ行っても見つからないよ」


「お前と会話するつもりはない」


「残念だなぁ」


 落胆の声を出してもなお、三島は戦闘態勢を取ろうとしない。


「なぁ、提案なんだが、もしその子を置いて今すぐ帰るなら、見逃してあげる」


 三島の思いがけない言葉に、英司は戸惑った、


(なにを考えている?)


「なにを考えているって思ってるね」


 揺さぶりでもかけているのだろうか、と思ったが、英司は黙って訊く。


 当たるとは思えないが、隙あらば撃つ準備もしていた。


「単純だよ。君も見ただろう? 不自然に設備がないところ。この研究所、アフリカに移転するのさ。国名までは言えないけどね。全く困ったもんだよ」


「被験体は何人ほど、アフリカに移転されている」


「片手で数えられるくらいかな。救いにでも行くのかい?」


「当然だ」


「熱いね。夢みたいな情熱を語るところ、嫌いじゃないよ。どうだい? 僕のもとにつかないか? 金なら払う。役職も用意しよう」


「そんなものに興味は無い。俺はお前を叩き潰し、この子をここから救い出す」


「どうしても、なんだね」


 英司の言葉を聞き、三島はふぅーと落胆らくたんに似た溜息ためいきをついた。


「わかったよ。出来れば君とは戦いたくなかったのだが、やるしかないようだね」

 

 執事がはめていたものより、質が良さそうな手甲を装着する。


「さぁ、楽しませてくれよ」


 ゾワッ!!


 三島が戦闘態勢を取ると、途端に異能周波数が跳ね上がった。


 無能力者で鎧を纏っているというのに、ビリビリッと肌が恐怖を感じる。


「……っ」


 少女の心の悲鳴が聞こえた気がして、余所見出来ない場面であるにも関わらず、後ろを見る。


 少女の顔は不安と恐怖でいっぱいだった。


(やるしかない。俺が。俺がやらねば、誰が守るというのだ。やるんだ。奴を、潰す!)


 英司は覚悟を決めると、リアが英司をおもんばかって勝手にリミッターを解除する。


「タイムリミットは10分です」


「ああ!」


 英司は地面を蹴り、常人を越えたスピードで三島に接近する。


 その挙動に三島はつい笑みをこぼす。武者震いも起こった。


 余裕かましやがって。


 ムカつく笑みを引っぺがそうと、三島の顔面めがけて鋭い正拳突きを放つ。


 フッ、と三島は紙一重で避けた。


 避けられることを予想していた英司は、続けてラッシュする。


 とにかく一発当てる。


 その思いを胸に、英司は拳を打ち込み続ける。


 しかし、そのどれもが避けられる。


 後ろに下がりつつ避ける三島を、追い詰めている感覚はない。


「くっ!」


 焦った英司は、大振りの右ストレートを繰り出した。


 対する三島も、アハトと同じモーションで右ストレートを出す。


 拳と拳がぶつかった。


「なっ!?」


 意図的にぶつけたきたことに対して驚くも狼狽うろたえはせず、英司は続けて左ストレートを放った。


 一方、三島も先程と同様、アハトと同じモーションで左ストレートを放つ。


 またもや拳同士がぶつかる。

 

 ならば、と英司は右の中段蹴りをするが、三島もアハトと同じ蹴りをアハトに蹴りにぶつける。


 衝突部分から衝撃波が出、空気が震える。


 英司は態勢を立て直すために、後ろに下がる。


 三島も下がった。まるで鏡と戦っているようだった。


 呼吸が少し乱れる英司。相変わらず薄気味悪い笑みを見せる三島。

 

 実力を分からせようとしているのか、それともただ単に遊んでいるだけなのか。


 どちらにせよ、しゃくだ。


 まずはその鼻をへし折る。


 英司は半身を切って、右ストレートを繰り出すサインを見せる。


 パンチ比べをしようぜ、と。


 意図に気付いた三島は、英司と同じポーズを取った。


 互いに踏み込んでパンチを出す。


 腰をひねって右腕を伸ばす瞬間、英司はスカイウォーカーのブースターを起動した。


 途端、パンチが急加速する。


 英司の右拳は、放ち途中の三島の拳の横をすり抜け、そのまま三島の左顔面を打ち抜いた。


「ぐっ!!」


 メリメリメリッという音を立てて、三島は研究室の壁まで吹っ飛ばされた。


 ドコォン!


 三島の体が当たった箇所にヒビが入るほど壁に強く激突し、そのまま倒れる。


「立てよ三島。


 手応えは感じた。


 全力で殴った。スペックの上限いっぱいの右ストレートだ。


 常人であれば頬骨が粉砕する威力いりょくだが、これで序列7位がくたばるはずがない。


 せめて頬骨にヒビが入っていてほしいところだが、


「ククク」


 不気味な笑い声を出す。


いたよ」


 薄笑いしている三島の顔には、殴られたあとがついていただけだった。


 であれば―――


「立て、三島。お前に本物の憎悪を教えてやる」


 ―――戦闘不能になるまでぶっ叩くだけだ。


 エネルギーは残り40%。残り活動時間、8分。

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