第13話 序列7位

 先程とは違う紺のスーツ姿の三島が、白いライトに照らされて輝くアハトを見る。


 左手には破壊されたドローンが1機、握られていた。


「入口でこれを見た瞬間、嫌な予感がしたよ」

 

 ドローンをアハトの足元へ投げ捨てる。


 見てみると、強い衝撃によってドローンの一部がえぐられていた。


 ドローンが壊されたことが知らされなかったのは、この部屋にいるせいだろう。


 この研究室はとりわけ厳重になっている。


「君に見つかるのも時間の問題と幹部達で話し合い、遠い異国への移転を決めたんだが、君に先に見つかるとはね。幹部の予測もあてにならないなぁ」


 わざとらしく肩を落とした。その後すぐに、口角を上げてアハトを見た。


「でも、最悪の事態は避けられたようだ」


 ゆっくりとアハトに近づく三島。


「初めて生で見るけど、やはり美しいね。どこで買えるんだい? 言い値で—――」


 ズガンッ! ブリッツガンを三島の右耳狙って撃つ。


「近づくな」


 三島は嫌な笑みを浮かべながら、少し首を左に傾けるだけで避けた。

 

「いきなり撃つとは野蛮だな。ギャングみたいだ。まずは挨拶からでしょ」


 三島は歩みを止めて笑い、軽く会釈えしゃくをする。


「こんばんは、アハト。三島・クロスロード・譲二です。名刺はー……いらないかな?」


 銃弾を避けたその一瞬、三島の異能周波数が上がった。


「まぁ、表の世界では起業家として有名だからね。だから裏の世界で自己紹介しようか」


 三島の目が鋭く光る。


「ワールドペインの幹部、序列は7。紫苑ちゃんには遠く及ばないけどね」


 再び異能周波数が上がる。先程よりも高い数値だ。


 それでも、異能周波数は城ケ崎紫苑よりも低い。


 しかし油断は出来ない。


 先のギャンブルでは三島に負けている。知識と経験では明らかに劣っているのだ。


 英司は三島の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに目を光らせながら、後ろをのカプセルと横たわった幼女を指差す。


「これは何だ?」


「こちらは名を名乗っているのに、君は名を名乗らないのかい? 随分ずいぶんと失礼だな」


「答えろ」


 三島は溜息をつき、そして無礼者を見る目であきれながら、


「知っているから、来たんじゃないのかい?」


「……異能者をつくっているのか?」


「ああ、そうだよ」


 三島は友達のように話す。


「正確にいえば、無能力者を異能者にする方法さ。加えて言えば、、だけどね」


「何のために?」


「平和のためさ」


「平和のために、罪のない子どもたちを実験台にするのか?」


「異能を持たない人間はそれだけで罪だよ。なんせ、進化していないのだからね。人間社会は常に進化していく。ついてこれない人間は、淘汰とうたされるべきさ」


「健常者は進化していない人間では無い。健常者も、異能者も同じ人間だ。そこに優劣など無い」


「あるよ。異能者の身体能力は基本的に無能力者よりも高い。戦闘において有利なのも異能者だ。データが示している。なにより君のその鎧が、無能力者よりも異能者の方が優れていることの証じゃないのかい?」


「違う。これはお前ら犯罪者に、より恐怖を与えるための道具であり、シンボルだ」


「シンボルねぇ……」


 三島は嘲笑あざわらった。


「恐怖で縛ったところで、平和は訪れないよ。いずれ異能者と無能力者で紛争になる。だから、無能力者にも同等の力を得られるよう、チャンスを与えるのさ。そのための研究だ」


「馬鹿なことを言うな。そんな研究が正当化されるわけがない」


「無いねぇー、想像力が。全く無い」


 三島は肩や足首をほぐし始める。


「さてと、正義の鉄槌てっついも気が済んだろう。僕の大切な仕事仲間を倒したようだが、全員息がある。命までは取らない情けに免じて、そこの被験体を置いてさっさと帰れば見逃してやろう―――と思っていたが」


 三島は黒のグローブを両手にはめ、その上に手甲を装備する。


「君を殺すことにした。そうすれば、ここの研究所は移転せずに済む。実を言うとSpeechless Beautyそれは、唯一の成功例なんだ。これだけは僕らだけの手柄にしたい。ま、ついでに君の首を持ち帰って手柄にしよう」


「俺はお前んとこの3位に勝った。俺と戦っても負けるだけだぞ」


「ああ、そうかもね。幹部会でも注意しろって言われたし、油断したら負けるかもね」


「全てを話して、自首しろ。そうすれば、名前に傷がつくだけで済む」


「断れば?」


「名前だけでなく、体に一生消えない傷がつく」


「へぇー……」


 三島は、ニヤリとした。


「……面白い」


 三島が言った瞬間、英司はブリッツガンを3発ほど撃った。


 しかし弾は当たらない。三島は全て避けた。


「ただ撃つだけじゃ何発撃っても当たらないよ」


 あれは全て銃口と経験から予測している動きだった。


 テログループの幹部なだけあって、数々の修羅場をくぐり抜けてきたことだろう。


 攻め方を変える。


 英司はブリッツガンからEブレードに武器を持ち替え、三島に急接近する。


 対する三島は、特に構えることなく待ち受ける。


 三島の対応をいぶかしむも、英司は三島の左胸目掛けてEブレードを突き出す。


 Eブレードの切っ先は、三島の左胸に命中した。


「なっ……!」


 しかし、三島には一切効かなかった。一般人であれば立てないほどの電撃であるにも関わらず。


 きょかれた英司のすきき、三島はEブレードを持つアハトの手をグッと掴む。


 人間の握力とは思えないほど、とてつもない力だった。


「言ったろ、君は幹部会で注意すべき人物だって」


「……っ!?」


 次の瞬間、視界がぐにゃりとゆがみ、頭と背中に衝撃が走る。


 数秒経ったところで、自分が殴られて吹っ飛ばされたことを知った。


「さすがに堅いな」


 三島が殴った右手を振った。痛かったようだ。


「君はうちの3位を倒したんだ。対策するに決まってる」


 一方、英司は右手で殴られた左頬あたりを触る。


 少しへこんでいた。


「深刻なダメージではありませんが、深刻な状況におちいっています」


 リアが頭部の傷つき具合をディスプレイに表示した。頭部の耐久力は80%と、思ったよりダメージはない。


(っ!?)


 英司は気付いた。


 握っていたはずのEブレードを、三島が持っていることに。


「凄い技術だね。ちゃんと重い。どうやって使うんだい?」


 三島は雑に触るが、刃は一向に出ない。悪用されないよう、アハトしか使えないように設定してある。


「ま、聞いても教えてくれないだろう」


 三島はEブレードを握る手に力を入れる。


 ぐぐぐ、ときしむ音ともに、徐々にEブレードがくの字に曲がっていき、綺麗なくの字を描いたところで地面に投げ捨てた。


「それに、異能の前ではかすむ」


(立たなければやられる!)


 ぐらりと頭が揺れる感覚を味わうが、無理を押し通して英司は立ち上がった。

 

 その様子を高みの見物とばかりに見、三島は左手を前に出して手招く。


「さぁ、ダウン1回目だ。あと2回ダウンしたら君の負けだよ?」


 意味不明なルールを行ってくる三島をシカトし、英司は素早い動作でブリッツガンを三島の鳩尾みぞおち目掛けて撃つ。


 三島は避けることなく、左胸に当たる。が、痛がる様子は見られない。


「無駄だって。当てるならここにしないと」


 トントンと指でこめかみを叩いた。


(野郎……)

 

 三島の異能周波数は変わらず、城ヶ崎よりも低い。


 エネルギー残量も80%と、リミッターを解除しても充分に戦える。


 しかし、リアの言う通り深刻な状況に陥っている。


 主力武装のEブレードとブリッツガンが効かない。


 三島の異能は身体能力の強化。


 加えて、英司の上をいく戦闘スキル。


 格闘戦になれば分が悪い。


 おまけに電波が通じず、凛のフォローがない。


 対策されるとここまでやりづらくなるのか、と英司は思った。


 それと同時に対策ということを全く考えなかった自分の認識の甘さに腹が立った。


(それでも―――)


 横たわっているSpeechless Beautyを見る。


 つやのある黒髪、透き通った白い肌、長いまつ毛。


 とても綺麗な女の子だ。


 青春を送れたはずであった。


 自分には到底送ることができない、甘酸っぱくて、でもいつまでもキラキラした思い出たくさんの青春を。


(こんな人間にもてあそばれなけれ…………っ!)


 英司はブリッツガンをしまい、三島を鋭く睨む。


 心の中にある怒りの炎が、燃え盛る。


 怒りは原動力。


 そして、格上の相手に臆せず戦うための勇気となる。


「ふぅー……」


 英司は拳を握り、構える。


 覚悟は決まった。


 三島と素手で勝ち切る。


「…………」


 アハトの内にある怒りと覚悟を感じ取った三島は、それまで貼り付けていたニヤけ顔を引っ込める。


 そして三島も拳を構えた。


 両者無言で睨み合う。


 ジリ、と足を動かし、地面を蹴るのに最適な踏み場を確かめる。


「リア、俺が動き出したらリミッター解除だ」


「了解です」


 ごうごうと空調の音がよく聞こえる。


 互いの集中力は極限まで高まっている。


 ミシと音が鳴った瞬間、両者が地面を蹴った。


「うおおおおおお!!!」


「はああああああ!!!」


 互いに雄たけびをあげながら拳を交わす。


 リミッターが解除され、通常時よりも1.5倍速い動きであるが、三島はついてこれた。

 

 三島は軽快なステップでアハトの攻撃をかわしつつ、着実に拳をボディーへ当てていく。


「ぐっ……!」


 想像以上に攻撃が重い。耐久力も徐々に減っていく。示される数値は、すなわち命の残量である。


(強い……だが、弱点はあるはずだ)


 パンチとステップからボクサー崩れあると断定した英司は、パンチを囮に蹴りで弱点である足を狙う。


 三島の全力右ストレートを避けつつ、回し蹴りを三島の左足に放った。


 命中、がしかし、三島は一切怯むことなくアハトのボディーに拳を撃つ。


「っ……!」


 メリメリ、と金属が潰される音。


 このままではマズイと思った英司は、殴られた力を利用して、三島から距離を取った。


 が、この弱気を見逃す三島ではない。


 距離を詰め、畳み掛ける。考えるすきを与えない。


 最初は攻防戦だったが、今の英司は防戦一方である。


 三島の攻撃を防御しつつ、英司はリアに訊く。


「足に何か入っていたな!?」


「プロテクターのような物だと思われます」


「くそっ!」


 不満を吐き捨てる間も、三島の激しい拳の嵐は絶え間なく吹き荒れる。


 英司が1発のパンチの間、三島は3発入れてくる。


 エネルギーも耐久力もどんどん減っていく。対して三島は、疲れ知らずだ。同じ人間とは思えない。


 三島はやはり強い。実力が違う。幹部の力か。


 理想の勝ち方は、実現不可能だ。


「やはり正攻法じゃ無理か」


 英司は腰にある2つスモークグレネードのうち1つを手に取る。


「チャンスは2回です」


「いや、同じ手が通用するのは1回だ。頼むぞ、リア!」


「了解」


 英司は隙を見て、グレネードを下に叩きつける。


「スモークか……っ!」


 スモークグレネードから煙が出てくるのを見た三島は、一気に英司の懐に飛び込んだ。


「これならば狼狽うろたえると思ったか?」


「なにっ!?」


 三島はブリッツガンを持ちかけたアハトの手を掴む。


「スモーク下であれば、銃を撃てるとでも思ったか? 甘いんだよ、考えが」


「うっ……」


 ブリッツガンが手から滑り落ちる。


 三島はスモーク下のなか、落ちたブリッツガンを蹴って飛ばす。


 もう手を伸ばしても届かない。


「まずはその仮面をぐ」

 

 三島がアハトの頭に手を伸ばし、ぐっと掴む。


 ズガンッ!!


「がぁっ……!」


 スモークを切り裂く電撃が一閃。


 三島の頭を撃ち抜いた。


 アハトを掴んでいた手が緩み、離れる。


「な、なに……!?」


「頭に直撃を受けて、まだ意識を保っていられるとは……大したものだ」

 

 スモークが晴れる。


 そこには、悪魔のように恐ろしいアハトの目が三島をとらえていた。


「うぐっ……」


 ぐらんぐらんと揺れる意識のなか、雷弾が飛んできたであろう方向に目をやる。


 そこにあったのは、黒光する円盤と白銀の銃口。


「……ド、ドローン……か」


「飛ばすだけがドローンの使い道じゃないんだぜ」


 三島に掴まれた部分を軽く動かしながら、英司は飛ばされたブリッツガンを取りに行く。


 英司は最初に吹っ飛ばされ、電撃対策を聞かされた時、殴り合いの正攻法とは別に、違う方法を考えていた。


 それがブリッツガン、ドローンによるスモーク下での頭部狙撃である。


 殴り合いで勝ちきるのが英司の理想であったが、2号機改のスペックと戦闘経験の差から、現実的では無いことは分かっていた。


 そこで英司は、回収していたドローン2機のうち1機を倒れていた場所に置いた。


 スモークが充満した後に、2機目を置いて、3点からの同時攻撃を行おうと企てた。


 ドローンを飛ばさなかったのは、三島にこちらの狙いを悟られないため。


 ドローンの飛行音はうるさく、初動も遅い。


 三島に気づかれれば、トリッキーな動きで照準を定めさせず、音からドローンの位置を割り出して破壊していただろう。


 ドローン操作はリアに一任にしたところで、英司は作戦を開始した。


 想定外だったのは、スモークが充満する前に三島が急接近してきたこと。


 そのせいで2機目のドローンをセッティングすることができなかったが、三島への狙いは定めやすくなった。


「く……そっ……」


 うめきながら、三島が片膝をつく。


 異能周波数は変わらず。


 凄まじい執念だが、体はついていかないようだ。


 ブリッツガンを拾い上げた英司は、冷たい銃口を三島の額に押しつける。


「次は刑務所で会おう」


 雷のような銃声が1つ、響く。


 倒れる刹那、声にならない声で何かを呟き、三島は気を失った。


「ふぅー……」


 安堵のため息を吐き、リミッターを設定する。ブリッツガンを腰のホルスターに戻し、Eブレードを拾う。


 グリップは曲げられ、ボタンはイカれていた。使い物にならないが、とりあえず回収しておく。


 周りに異常がないことを確認し終わったところで、Speechless Beautyの元へ向かう。


 顔を覗き込むと、ちょうど彼女が目を覚ました。


「……」


 彼女の瞳の色は、覗き込めば吸い込まれるほどの黒。


 焦点が定まっていないような、虚ろな目をしている。


 まるで心がここにないみたいに。


「大丈夫か?」


 英司のぎこちない声かけに、Speechless Beautyは何も言わず、ただ英司—――アハトを見つめる。


「声が出ないのか?」


 返事はおろか、頷き1つない。


 ぼーっと、アハトの顔全体をを眺めるのみ。


「Speechless、とはこういうことか」


「そのようですね」


「喋らないのは、奴らに仕込まれているせいか?」


「あり得ない話ではないと思います」


 許可がない限り、身動き一つしてはならない、と叩き込まれているのではないか。

 

 そんなことを考えた時、ふと三島が倒れ際に呟いた言葉を思い出す。


『申し訳……ございません』


(いったい、誰に謝ったんだ?)


 そう思った瞬間、背中にゾクリと感じる。


 恐る恐る、後ろを向く。


 倒れていた三島の先にいたのは、彼と同じスーツを着た三島であった。

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