第12話 煙の中で


 ブブブという轟音が頭上から聞こえる。


 凛と出会ってから何度かヘリコプターに乗らせてもらったが、シートの窮屈きゅうくつさや騒音は未だに慣れない。


 5月6日、23時42分。

 

 高度2200mの夜空は、想像以上に暗く冷たい。ダウンジャケットを着ていなければ、冗談抜きで凍死していた。


 人間が生きるにはあまりにも過酷な夜空に、英司は自動操縦のヘリコプターで目的地へ向かっていた。


 彼が座るのは、後ろの中央の席で、機内では唯一の後部座席。


「そろそろ研究所に着くわね」


 目の前に備えられたモニターから、凛の声がした。うるさい機内でもしっかり届くのは、音量だけではなく凛の声質も関係あるだろう。


(この声も、凛のカリスマ性を高める理由の1つなのか)


 英司は不意にそう思いながら、研究所を目視する。


 森の中にポツンとある、要塞のような研究所。場違い過ぎて不快感を持つ。


 研究所やその周りに光源となるものがないから、夜だと確認しづらい。


 存在を隠しているのであろう。


 しかし一度ひとたび視認すると、その違和感さが目立っていつまでも視界から外れてくれない。


 そんな建物だった。


 それにしても、森を切り拓くことなく、よく建築の材料を運べたものだ。


 おそらく、物運びに便利な異能を持つ人間が運んだのだろう。


「こちらでも確認した」


 光源がないから周りに警備が無い、わけではない。


 凛の調べによると、この研究所の周りには厳重で凶暴な侵入者迎撃げいげきシステムが広範囲にわたって備えられている。


 地上から攻めていては、研究所に着く前に察知され、応援を呼ばれる。


 反対に、空からの防備は薄い。対空兵器が一切無い。想定されていないのだろう。


 ということで、空から攻めることになった。


「出発前にも言ったけど、この研究所には窓が無い。内部も探れないから、下手に爆破出来ない。入口から攻めるほかないわ。交戦になることは必至ひっしね」


「そっちの方が俺好みだ。それにあそこにいる子どもたちを全員救うためには、研究所の敵対勢力を全て排除しなければならない。どちらにせよ、戦っていたさ」


「このヘリコプターはもちろん、保険として車を用意させたから。といっても、車はたどり着く前に蜂の巣にされるから、期待しないでほしいけどね。理想はヘリコプターで被験者たちを回収し、あなたは空で離脱し、車を回収して逃げる」


「現実は?」


「地上の迎撃げいげきシステムを掻い潜り、車まで辿り着いて逃走」


「でも、地上で逃げ切るのは無理なんだろ?」


「ええ。警備がとてつもなく厳しいもの。どちらにしても難しいけど、無理でもやってもらう他ないわ」


「まぁそうなるよな」


 そろそろ研究所の真上に着く。


 英司は羽織はおっていたダウンジャケットを脱いでアンダーシャツ姿となり、姿勢よく座席に座る。


 座席の左右にある手のマークに両手を置き、押し込んだ。


 すると後ろから鋼鉄こうてつよろいが覆い被さり、10秒とかからず英司を包み込む。


 目の前が暗くなったのも一瞬、すぐに明るくなり、眼前に”System All Green”と表示され、


「おはようございます、英司様。デートはお楽しみでしたね?」


 ヘルメットのスピーカーからリアの声が鼓膜に刺さった。


「なんだ?」


「嫉妬よ」


 凛がすぐさま補足した。


「嫉妬? デートした相手は凛じゃねぇか」


「そっちじゃなくて、ダイヤのこと」


「あー……」


 ダイヤとは、カジノ・セカンドで英司を補助したAIである。


 しかし、あれはデートではなく仕事であろう。そう思ったが、反論したら泥沼の言い争いになりそうなので、根本を問うことにした。


「なんでこんな機能をつけたんだよ?」


「機能? 酷い言い草ね」


「は?」


「ずっと一緒に協力し合ってきたのよ。愛情が芽生えてもおかしくないじゃない?」


 信じられない、と非難する凛に、英司は理解した。


(俺のことを好きになるような人間がいないから、せめてリアだけは好いてあげようとしたわけだな。余計な真似しやがって)


 そんな機能を付けている暇があるならアハト3号機を直してくれ、という言葉は飲み込んだ。言ってもリアにつつかれるだけだ。


「作戦に支障をきたすなよ」


「私はプロです。私情ははさみません。ただ、私は今日、非番であったのにも関わらず、英司様をオペレートしに来たことをお忘れなく」


 言い方にとげがあったが、AIがここまで断言するのだから、大丈夫だろう。


 手首や肩を少し回し、機動性を確認。動きに不調はない。


 次いで装備を確認。


 城ヶ崎紫苑戦で中破したアハト2号機改は、機内の小さい光でも綺麗に輝くほど傷が無い。


 追加でスカイウォーカーパックを装備している。英司に見せた時から改良したようで、12分間空を飛べるようになり、スピードも少し速くなった。


 また、背中には10機のドローンが積んである。研究所の制圧と救出者の護衛を主な用途ようととする。


 準備は万端。あとは出るだけ。


 ヘリコプターの扉を開け、下を見る。要塞のような研究所を鉄の手で覆い隠す。


「やってみせるよ」


 英司は前向きな言葉で不安を打ち消そうとした。


 今回装備したスカイウォーカーは、アジトで試運転はしたが、実際の空で飛ぶのは今回が初。


 不具合が起きないか、心配はある。


 この間の3号機の不具合は、死を覚悟した。


 戦って殺されるならまだしも、マシントラブルで死ぬのは悔やみきれない。


「このデータを信じて」


 モニターからよく分からない、ごちゃごちゃした式を見せられる。


「……お前を信じる」


 英司は意を決して、飛び出そうとした時、


「英司」


 凛に呼び止められ、英司はモニターの方を向く。


「絶対に救って帰還しなさい。命令よ」


 凛はいつになく、難しい顔をしていた。


 だから英司は、


「了解」


 ハンドサインを出し、背中から倒れるようにヘリコプターから降りた。


 真っ逆さまに研究所へ急降下する。


「ブースター点火のタイミングは任せるぞ、リア」


「承知しました」


 右側に表示された高度メーターが凄まじい速さで低くなっていく。


 1500……、1200……、900……、600……。


 歯を食いしばりながら、ただただ研究所を睨む英司。心の内にある怒りの炎に薪をくべる。


(ぶっ壊してやる……っ!)


 300……、200……、100……。


 研究者の入口に門番が2人いるのを確認。腰に備えたブリッツガン2丁を両手に持つ。


「リアッ!」


 英司が叫んだ瞬間、ボウッ、と両肩と両足、そして背中から炎が噴出した。


 逆さまの体を反転させて、地面に着地。


「……なんだっ!?」


「だ、誰だ貴様っ!?」


 驚きつつも銃を向けようとする門番に、ブリッツガンを撃つ。


 ぐあっ! と、鈍痛な悲鳴をあげて、門番は倒れた。研究所内の人間に侵入者を伝える前に仕留められたのは幸運だった。


「お見事です」


「そっちこそ」


 表情が緩くなったのも一瞬、すぐに引き締める。


 英司は腰にあるプラスチック爆弾を研究所の扉に設置。


 破壊する前にスモークグレネードを両手に持つ。


「行くぞ」


 英司の声を合図に、リアが爆弾のスイッチを起動させた。


 ドゴォォォォォォォン!!!


 扉が吹っ飛ぶと同時に、英司は地面をって滑空しながら研究所は入り、すぐさま両手のスモークグレネードを手前と奥に投げた。


 たちまち辺りが緑一色になっていく。灰色よりも濃い色の方がより視界をさえぎることが出来る。


「なにごと――――うっ」


「どうし――――ぐあっ!」


 英司は研究者たちを一発で仕留める。アハトにはサーモグラフィーが備わっているため、スモーク下でも敵が見える。


「ドローンだ!!」


「了解、ドローン射出」


 背中のバックパックから10機のドローンが放たれ、縦横無尽じゅうおうむじんに駆けめぐる。黒色なのもあって、その動きはまさにコウモリのようだった。


 武器はブリッツガン10発とスモークグレネード1つ。サーモグラフィーも備わっている。


 リロード機能はないため、全弾擊ち尽すとアハトへ帰還する。


 動きがやや遅く、飛行音が大きいため、戦闘系の異能を持つ者や熟練の兵士にとってはただの的になる。しかし、一般兵の殲滅戦せんめつせんならば右に出る兵器はない。


「ドローン各機、次々と敵を撃破」


「ドローン、良好じゃないか」


 負けじと英司も研究者たちをとしていく。


「ドローンの制御は頼んだぞ、凛」


 応答は、聞き苦しいノイズ音だった。


「アハト様、ここは電波がシャットダウンされています」


 英司は舌打ちした。


 ドローンには、致命的な問題点がある。


 それは、救出者と研究者の区別が明確につかないという点だ。スモークを張っていれば尚更なおさらである。


 設定として、機敏に動いてる身長165㎝以上の生物を射撃対象とした。


 が、それでもAIだ。誤射する可能性はある。


 そんなことは絶対にあってはならない。


 電波があれば凛がドローン10機を操作するのだが、ここは電波が届かない。これでは人間による制御も効かない。


「ドローン、50発目到達」


「カウンターモードに移行だ」


「了解。カウンターモード」


 そこで備えたのがカウンターモードだ。これは相手の攻撃に対して迎撃するモードだ。


 ドローンは数発の銃弾であれば耐えられる。


 それでも、救出者が恐怖を感じて攻撃してしまい、ドローンが反撃してしまうかもしれない。


 最終的にドローン引っ込める手立てまで考えているが、タイミングが難しい。


「ドローン60発目到達」


 やがてスモークがはれ、銃撃が止む。


 研究所内は警報と、ドローンの飛行音しかない。


「やったのか?」


「現在、敵数0。制圧しました。ドローンは10機全て健在です」


「そうか。なら、早く囚われている人達を救わないとな。幹部がいつくるかも分かったもんじゃないからな。ドローンを半分にわける。比較的残弾数の多いドローン4機を入口に配置、残弾数が最も少ない2機は帰還、残りの4機は救出モードに移行して”被験者”を探せ」


 救出モードとは、身長20㎝以上160㎝以下の生体反応を地図にマッピングするモードである。救出を最優先としているため、生体反応から攻撃されてもドローンが反撃することはない。


「了解」


 リアが返事すると、2機のドローンがアハト2号機へ帰還した。残弾数はどちらも2発。


 英司は周囲をよく見ながら足早に研究所を駆ける。


 研究所内部は全体的に青白い空間で、窓一つ無く、あるのはよく分からない機械と小さい牢獄ろうごくのようなおりだけだった。


 地面には研究者と拳銃けんじゅうが転がっている。


 銃刀法じゅうとうほうが実施されている日本に、この光景は恐ろしく映った。


 せめても、と銃を踏んで壊しながら進む。


 研究所内部を進んでいくが、未だに被験者が見つからない。


 焦りから汗が吹き出してくる。


(まさか俺に研究成果を取られまいと、子どもたちを殺したんじゃないだろうか?)


 地面や壁に目をやるが、血のあとは見つからなかった。しかし、内部に所々空白が存在していることに気付いた。


 移転は着々と行われていたようだ。


 ドローンからも人間の映像が送られてきたが、全て倒れた研究者であった。


(となると……手遅れだったのか……?)


 湧き上がる疑問を否定しながら進んでいくと、1つの厳重な扉にたどり着いた。ドローンも2機、扉の前を浮遊していた。


 横に書かれていた文字は、こうだった。


「……Speechless Beauty」


 英司は腰のベルトにあるプラスチック爆弾に手をかける。


「危険です。中に子どもたちがいるかもしれません。この辺りに倒れている研究者のうち、誰かがカードキーを持っているかもしれません」


「……そうだな。焦っていた」


 英司は近くに倒れた研究者を探った。


 試しに倒れていた研究者のIDカードを差し込む。エラーとの表示。


「くそっ、しらみつぶし――――いや待て、三島の日記の中に中島という人物が出てきていたな。リア、探せるか?」


「ドローンから送られてきた映像から探してみます。少しお待ちください。……………見つかりました。ここから10m戻ったところにいます」

 

 英司は駆け足で中島の元へいき、IDカードを奪う。


(頼むぞ)


 祈りを込めてIDカードを差し込むと、OKと表示された。


 プシューと音を上げて、扉が重苦しく開く。


 目の前に広がったのは、異質な消炭色けしずみいろの空間。その空間に白いライト以外に違うピンクライトの柱が――――液体の柱が見えた。


 息を呑む英司。


 一歩、また一歩とその柱へ進む。


 伸ばせば触れられる距離まで来たところで、英司は歩みを止めた。


 その柱の中で浮かんでいたのは、年端としはもいかない女の子が直立に近い姿で、一糸まとわずに浮かんでいた。


 長い黒髪で、一度も陽の光を浴びたことが無いと思うほど白い肌で。


 静かに目を閉じていたこの少女こそ、英司たちが救出しようとしていた存在—―――Speechless Beauty喋れぬ少女だった。


 生まれたままの姿で全身ピンク色の液体に浸かっている光景は、まるで母胎ぼたいを見せられているかのようだった。


「これがSpeechless Beautyなのか?」


「扉の奥にあるものとしては、そうかと思われます」

 

 目の前にいる少女は、多く見積みつもっても小学校に通うくらいの歳だ。


 そんな少女が、非人道的な実験を受けているとは……。


「救いだすぞ」

 

 液体カプセルの横にあるスイッチを押す。


 液体がどんどん抜かれていき、少女も地面にゆっくりと横たわる。


 カプセルを優しく開け、近くにあった白い布を彼女が起きないように優しく巻いた。


 抱きかかえるため、少女に手を回そうとしたその時、ふと、ディスプレイの右端に表示された日付が目に入る。


 ――――5月7日0時7分。


 ゾクリ、と悪寒おかんがした。


 コツン、コツン、革靴の音が聞こえ、止まる。


 振り向くと、がいた。


「まさか、このタイミングで君が来るとは、ね」


 扉の所に立っていた人物は三島・クロスロード・譲二、この研究の出資者で、遭遇してはならない人物であった。

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