第9話 剥がれるメッキ

「騒ぎがあると聞いてやってきたが、まさか貴方あなただったとは」


 野次馬の中から現れた三島を見るなり、監視員は全員頭を下げ、野次馬たちは驚きの声を上げた。そして畏敬の目を彼に向ける。


 高身長なうえにほどよく鍛えられているから、紺のスーツがよく似合っている。胸板が厚いのも、似合う理由の1つだろう。


 黒髪のオールバックとキリッとした顔、そして力強い目。古き良き日本人、と英司は思った。


 ここにいる者たちも金持ちではあるのだが、三島はその上をいく金持ちだ。そのうえかっこいいときた。なるほど、女性が彼に熱中するわけだ。


「こんばんは。お初にお目にかかります、織部お嬢様—―――いや、織部社長と呼んだ方がよろしいかな?」


「こんばんは、三島さん。招待状、どうもありがとう」


 右の人差し指と中指で挟んだ招待状を見せる。


「そうですか。なら、ようこそおいでくださいました、織部お嬢様。……貴方の横にいるのは?」


「ユウ。私の友人。本名は明かせないわ。数多くのカジノから恨まれているからね」


 英司は軽く会釈をした。


 ほう、と三島は英司を品定めするように下から上まで見る。


「なるほど」


 意味深な笑みを口元に浮かべたあと、三島は姿勢を正す。


「先程の部下たちの非礼、今ここで詫びさせていただきます」


 三島が頭を下げると、監視員もそれにならって頭を下げた。


「ここでは何ですから、ぜひVIPルームに来てください」


 監視員に目で合図を送った三島は、


「さ、どうぞこちらへ」


 自ら案内役を買って出る。


 3人の監視員は歩き出した英司と凛の周りにつく。護衛ごえい役兼連行役として。残る1人は、英司が稼いだチップを運んだ。


 英司と凛はいつもより遅いスピードで歩き、最大限の注意を払ってジョーカーを回収した。


 ※


 VIPルームに入って英司が最初に感じたことは、”シンプル”だった。


 12畳ほどの部屋に、高級そうな机が1つと椅子が4つ、グラスが置かれた棚と黒一色の高級感ある冷凍冷蔵庫。


 右の壁にはデック収納棚が壁に貼りつけられていて、100箱がきっちり収められている。


 そして部屋の奥には、指紋一つついていない透明な窓が一面に広がっていた。


 そこから見える景色は、カジノ・セカンドの店内。


 ルーレットやスロット、バカラエリアに先程英司たちが荒らしたブラックジャックエリアも見える。


 どの場所もシャンデリアの光によって、金の輝きを放っている。


「どうでしょう、この場所? 良い場所でしょう。あ、近づいても大丈夫ですよ。あちらからは絶対に見えませんから」


 あまりに熱っぽく言うので、英司たちは仕方なく窓の近づき、店内を見下みおろした。


 わりと高い。お尻が浮く感覚がした。


「たしかに良い場所ね。実現した夢が一望出来るなんて」


「でしょう。仕事終わりに来て、シャンパンを飲みながらこの景色を見る。それだけで、私は生きていてよかったと思う」


 喜びを噛み締めるように言った三島は、そのまま数秒間止まる。店内の輝きにうっとりしていた。


「おっと、失礼」思い出したかのように、英司たちの方を振り向く。「とりあえず座ってください」


 三島がパンパンと手を叩くと、VIPルームの扉から初老の執事が入ってきた。


 この執事も体格が良い。熟練の老兵を思わせる。ボディガードと門番を兼ねているのだろう。簡単には脱出させてくれないか。


「いつもの―――いや、今日はロゼを。お嬢様も、ご一緒してくれますか?」


「ノンアルコールならね」


「もちろんです。君は?」


「麦茶」


 予想外の発言に三島が笑う。


「面白いね。僕も昔はよく飲んでいたよ」


 三島が目くばせすると、執事は「はい」とお辞儀してVIPルームを出て行く。


 英司と凛は座り、テーブルを挟んで三島も座った。


 程なくして執事が戻り、飲み物を丁寧に置いていった。


 執事が扉の前に立ったところで三島がシャンパングラスを掲げる。それにならい、2人もグラスを持つ。


「では、乾杯」


 三島は3分の2ほど飲んだ。英司はグラスをにらむ。


(まさかとは思うが、変なモノとか入れていないだろうな?)


 意を決して飲む。


 普通の味だった。なんなら、自宅の麦茶と同じ味がした。


「多分君の家で作ってるものと同じだと思うよ」


「?」


「あまりにもグラスをまじまじと見ているから。多分、すぐ近くのスーパーで買った物じゃないかな」


(あっそ)


 英司は特に会話続けようとしなかった。テログループに所属している人間に気を使うなんて演技でも御免ごめんだ。反吐へどが出る。


 一方、凛はシャンパングラスを傾けて香りをかぐ。アルコールが入ってないことを確認し、ロゼのスパークリングワインを一口飲んだ。


「これほどのモノ、よく持っていたわね」


「ええ、私の友達にアルコールが苦手な方がいますから」


 三島はグラスを置き、凛の方に体を向ける。


「しかし、まさか本当に来てくれるとは思いませんでした」


「普通の男なら来なかったけど、三島さんの誘いだからね」


稀代きだいの発明家にそう言ってもらえるのは光栄です」


 三島が飲み切ると、静かに扉に立っていた執事が空になったグラスにスパークリングワインを注ぐ。


「貴方は数々の物を産み出してきたが、その中でも革新的なもので、私の心を震わせたのは『リーンブック』です。あれは電子書籍に革命を引き起こした」


 凛は愛想良く三島の話を聞く。


「それまでの電子書籍は、単純に紙をデータにしただけのつまらないものだった。しかし貴方は紙に載せられた写真が動いたり、音が出たりさせて、紙と電子の差別化を図った。その結果、今まで紙派だった時代遅れの人間でさえ、電子書籍に移った」


 三島は熱に浮かされたように手振りを交えて話し続ける。


「ページをめくる時も滑らかか瞬時か選べるなど、機能面でも進化した。御社の電子サービスは他とは違う、がつまっている」


「電子の無駄遣いだと思っただけよ。私が入ったばかりの時、ただ良い記事を出すことだけにこだわっていたから。そんなのつまらないじゃない」


「『紙には紙の良さがあり、電子には電子の良さがある』。誰もが言っている言葉を格言にまで押し上げてしまう力は、さすが100億ドルの女と言ったところです」


「人を値踏みする言い方は嫌いなの。第一、私の気持ちは金じゃ買えない」


「それは失礼しました」

 

 譲二は凛の瞳を見る。その奥にある核を見定めるかのように。


「では何なら、貴方の気持ちを動かせるんでしょうか?」


「誠意と行動」


 興味のない話が続きそうだったので、三島が何か言う前に続けた。


「それより、なんで私を招待したの?」


端的たんてきに言えば貴方に惚れているからです」


 軽く愛を伝える三島に、大して嬉しそうにせず、「そう」と返答する凛。


 このような発言が来ることは想定済みである。招待状にも愛の言葉を書き連ねていた。


 招待した理由は惚れているからではなく、織部の世界一の技術力を借りたいからだと凛は見抜いていた。


 この技術力があれば、カジノの質をもっと上げられるほか、自らの会社の力もあげられる。


 だから三島の言うことを真に受けることはしない。


 しかし、発言は利用する。


「惚れているなら聞いてほしいことがあるんだけど」


「なんでしょう?」


「前から依頼している”オリテレ”の密着取材、受けてくださらない?」


「密着取材ですか……」


 三島は窓を見た。ルーレットはくるくる回り、カードはシュッと客の元へ飛ぶ。


 オリテレとは織部凛が筆頭株主である織部テレビの通称である。凛はあまり経営にタッチしていない。あまりテレビを見ないからどう経営していいかわからない、というのが凛の話である。


 しかし、オーナーという立場を使って番組に口出すことは出来る。今回はそのパターン。


「撮るとこないですよ。私なんて、あなたの足元にも及びませんからね」


謙遜けんそんはいらないわ。たった一代で富を築いた。それがどれだけ凄いことか私にはわかる。だから三島さん、受けてくれないかしら?」


「うーん」三島はあごに手を当てながら上を見て、わざとらしく考える。「ただの取材では駄目ですか? 雑誌のインタビューみたいな」


「それだと内容が薄いうえに映像にならない。少なくとも半年は密着したい」


 すると三島は困り果てた溜息を出した。


「束縛されるのは好きじゃないんですよねぇ……。それに、世間は私のような生意気な男性よりも、お嬢様のことの方が興味ありますよ」


「オーナーのドキュメンタリーを撮っても、イメージアップキャンペーンだと思われるのがオチ。それに世間は、生まれながら金持ちと成り上がった金持ちでは、成り上がった方に興味持つもの。夢が持てるから」


「そういうものですかね?」


「そういうものよ。だから、引き受けてくれる?」


「うーん」


 今度は眉間に右親指を置き、目を閉じて考える。数秒うなったのち、三島が目を開く。


「すみませんが、お断りさせていただきます」


「なぜかしら?」


「やっぱり、束縛そくばくされるのは好きじゃないんです」


 三島がにへらと笑う。


「本当にそんな理由?」


「もちろん。常にカメラが隣にいるのは―――」


「本当は撮られちゃマズいものがあるんじゃない」


 凛は意味深な笑みを三島に見せる。


「例えば―――最近この辺りで暴れ回っているワールド・ペインの協賛者…………とか」


 三島のにへらとした笑みが固まる。次第に表情は笑ったまま、目だけが鋭くなる。その目には先ほどまであった尊敬や好意の色が完全になくなり、敵意一色となった。

 

「面白いことを言いますね……。出版社らしく、ゴシップネタがお好きなようで」


「私も最初社員から聞いた時は疑ったし、おこりもしたわ。そんな適当なゴシップネタで一大企業の社長に噛みつくことは許さないと」


 凛はあえて挑発するように言う。


「しかしうちの社員も引き下がらなくてね。絶対ウラがとれると言うのよ。だからぜひ、うちの取材を受けて身の潔白を証明しない? もちろん、出演料は期待していい」


 その言葉に、三島が冷たい笑い声をあげた。


「やはり貴方は面白い方だ」


 三島がパチンと指を鳴らす。するとドアの前に立っていた執事がデック収納棚からトランプ一つを抜き、机の真ん中に置く。


「なら、こうしましょう。勝負して、勝った方が言うことを訊くというのは」


 三島はトランプを指差した。


「勝負?」


「ええ。貴方も知っている通り、私はギャンブル好きなのです。私は経営者である前に、ギャンブラーなんですよ」


 凛は三島の目を見た。敵意に満ち溢れている。他の話をしても平行線になるだけだろう。


 そう判断した凛は、話を聞くことにした。


「私が勝ったら?」


「取材を受けます。最高1年間、密着してください。ギャラも格安で構いません」


「格安って、単発10万でもいいのね?」


「10万、いいでしょう。私が勝ったら、私に関する情報を今後一切載せないというのは?」


「それってもしかして、さっき私が言ったこと、図星だったりする」


「それは決してないです」


 落ち着いた物言いで断言した三島は、窓に目をやる。


「しかしね、カジノを経営してきる身としては、ゴシップすらも痛手なんですよ。なんせ、この国でのカジノのイメージはまだ良くない。そんな時に経営者に黒い噂がある、となったらそれだけで良いお客様が減り、質の悪いが増える。悪徳記者も群がる。従業員にも迷惑がかかります。そうなったら困るのです」


 動揺している素振りはなく、早口にもならなかった。それになんだか心地良い声だった。その落ち着きぶりに、英司は密かに感心した。よくもまぁ、つらつらと嘘を吐けるものだ、と。


「私じゃなくて、ユウが戦っても構わないのよね?」


「もちろんです。ただ、口を出さないことが条件ですが」


 凛は数秒間黙考する。やる必要はない。突っぱねることだって出来る。


 しかし、三島の異能を知るチャンスでもある。


 リスクは少ない。不安要素はあるが、勝てる算段もある。そもそも不安要素がない戦いなんてこの世にほとんどない。


「…………書面を用意して」


 勝負を受けることを決めた。ここは英司に任せる。任せてよい。


「そうこなくては」


 三島は心底ワクワクしたように笑う。


 執事がものの5分で書面を用意し、三島がサインしたのちに凛に渡す。よく読んだうえで凛はサインした。


 三島がユウ―――英司の方に向き、問う。


「ドローポーカーでどうだろうか?」


 英司はうなずいた。


「配り役はどうする? なんならうちの執事にやらせるか?」


「駄目だ。イカサマする可能性がある」


「じゃあ、僕たちでやるか?」


「いや、ここは凛お嬢様にやってもらう」


「イカサマする可能性があるんじゃないのか?」


「大丈夫だ。お嬢様はイカサマをするような腐った人間ではない」


「わかりました。そのかわり、執事にはイカサマを監視させても良いでしょうか?」


 三島は凛の方を見た。


「構わないわ」


「ありがとうございます」


 三島は新品のトランプの箱を開け、中身を凛に渡す。その際、執事は流れるようにビニールのゴミを回収した。


 無言で受け取った凛は、カードを表面にし、バッと扇方に広げた。


 ピエロのジョーカーが2枚入った、普通のトランプ。


 扇形に広げたトランプの一番右のカードを上に勢いよく弾く。


 右からカードが波のように裏面にひっくり返った。


「凄いですね」


 三島のうっとりした声を無視し、凛はトランプの裏面を見る。


 トランプの裏面に細工を施したマークドトランプではない。念のため匂いも嗅いだが、細工は見つからなかった。


「いいでしょう」


 凛は立ち上がり、両者の間の場所に移動する。灯りで電球色に染まった手で、滑らかに山札を切る。


「ほう……」凛の美しいフォローシャッフルに、三島は驚き感心した。「お嬢様は横に入れるタイプですか。僕は縦です」


「お望みならやるけど?」


「いえ、お好きな方法で構いません。さて、ルールの話をしようか、ユウくん。これでも僕は忙しくてね。ゲーム数を決めたい」


「なら10回勝負でどうだ」


「10か。長いな。…………7回だ」


「中途半端だな」


「7という数字は僕にとってラッキーナンバーだからね」


 次いでリフルシャッフルを行い、


「くだらない」


「数字にこだわりがないなんて……。君、本当にギャンブラーかい?」


「あいにく、信じられるものは己だけだと、夜の世界で学んだ」


 これは英司の嘘偽りない言葉だった。高校生というまだまだ浅い人生の中で唯一、身を持って学んだことだった。


「そうかい。ならルールの続きだ。チップは互いに30枚。レイズ1回につき、ミニマム最低賭金1枚、マキシマム最高賭金7枚」


「構わない」


 ブリッジを挟んで、


「7回勝負して、チップを多く持っていた方が勝ち」


「7回中最低でも2回はレイズする、を追加しろ」


「勝ち逃げを警戒しているんだな。面白い、いいだろう」


 ヒンドゥーシャッフルでしめる。


「イカサマはヴァイオレーション違反10枚」


「異論はない」


 英司の提案を三島は承諾した。


 机の上に山札をトンと置き、凛は静かに言う。


「カットは?」


「10枚」


「5枚、お願いします」


 右手の中3本でデッキを抑えて残った親指でトランプを上げて器用に数え、カットする。


 それを見、三島は執事に目をやる。


官兵衛かんべえ、どうだ?」


 官兵衛とはおそらく執事の名前だろう。


「私の目には映りませんでした」

 

「俺も同じだ」


 三島はフッと笑った。


「では勝負だ。せいぜい楽しもう。官兵衛、引き続き監視を頼むよ」


「了解しました」


 執事の官兵衛は凛に相対する形で直立する。この位置ならば、プレイヤー2人のカードは見えないので、英司も凛も受け入れた。


「先手は君にあげるよ、ユウくん」


 三島と英司の視線が激しくぶつかる。


 ベットとして互いにチップ1枚出したところで、カードが英司と三島に1枚ずつ交互に配られる。


 英司は1枚ずつ、三島は5枚揃った段階でカードを見た。


 英司のカードは8のワンペア。対する三島のカードだが――――ブタ役無し。英司はメガネからその情報を読み取っていた。


 三島が勝負をしようと提案した時から、ジョーカーを1つ放出していた。そして今、三島の後ろにいる。


 三島と執事、両方の目の動きは随時確認している。今のところ三島の後ろの壁に目を向けたり、辺りを見回したりする動きは見えない。


「レイズ」


 英司はチップ2枚を机の上に置く。


「まぁ、ここは僕も乗ろう」


 三島もチップを2枚追加した。これで場に6枚のチップが溜まった。


 ツーペアにしたい英司は、ワンペアと4のカードを残して2枚チェンジ。


 見事4を引き当て、4と8のツーペアが出来た。


 三島は3枚チェンジするも、Kのワンペアのみ。

 

「レイズ」


 英司はもう2枚追加した。


「へぇ、そんなに良い手が入ったのかな?」


 三島の問いかけに、英司は「さぁね」とぶっきらぼうに返しただけだった。

 

「お喋りは嫌いかい? 見知らぬ客やディーラーと話すのもギャンブルの醍醐味だいごみだと思うんだけどな。じゃないと降りちゃうよ?」


「降りればいいさ。その方が確実にチップがもらえる」


「そりゃそうだ。まぁ1回目だし、せっかくだから勝負しようかな」


 三島がチップを2枚置いた。


「コール」


 英司は淡々と宣言した。


「では、オープン」


 凛の合図で互いにカードを見せる。


 ジョーカーから得た情報通り、三島のカードはKのワンペアだった。


「おっと、負けてしまったか」


 英司は口角を上げ、合計10枚のチップを受けとる。


「さ、次だ」


 再び互いにチップを1枚出し、カードが配られる。その間、凛は淡々と役割をこなした。


 英司は2のワンペア。三島も3のワンペアを獲得していた。


「悪くない手札だ」


 先手の三島がチップを3枚、ゆっくりと前に出す。


 アイリスが示す確率は、英司が負ける方が高い。しかし英司は、


「コール」


 立ち向かう選択肢を取った。


 3カードを狙って3枚チェンジする。


(—―――よしっ!)


 英司の祈りは見事届き、2のスリーカードが揃う。


「お、目の色が変わったね。さては、良いカードが手に入ったかな?」


 未成年者に話すような口ぶりの三島の手は、3のスリーカード。


「レイズ」


 三島はさらに1枚追加した。


「さて、君はどうする」


(強運だな。奴も)


 英司は少し考えたふりをして、


「ドロップ」


 ゲームを降りた。ゲームを降りればカードをオープンすることなく捨て札における。このルールがあったからこそ、降りた。


 ツーペアで勝負しておいて、スリーカードで弱気になるのは疑われる要因になる。


「あらら。僕の手はこれだよ」


 三島は手札を見せた。ジョーカーから送られたデータ通り、3のスリーカードだった。


「どうだった? もしかして勝っていたとか?」


「さぁな」


 ジョーカーが無ければ勝負していた。だからこそ、自惚うぬぼれはしない。自分はギャンブラーではない。


「つまらないなぁ。ブラックジャックの時はもっとイキイキしていたのに。もしかして、こっちが素とか?」


 英司は受け流した。綺麗に受け流したと思ったが、苛立ちを完全に隠すことは出来ず、少し目を細めてしまった。


 ブラックジャックの時みたいに喋らないのは、メッキが剥がれることを危惧しているから。


 三島が挑発的な顔を見せてくる。


(チンケなプライドは捨てろ。背伸びはするなっ)


 英司は心の内で言い聞かせる。


 自分より口が上手く、洞察力がけている三島に、たかが高校生が太刀打ち出来るはずがない。


 下手に渡り合おうとすればボロが出る。


 その微妙な英司の顔がやけに面白く感じたのか、三島は「ありがとねぇ」とネットリ言いながらチップを自分のもとへ置く。


 これで英司のチップは31枚、三島は29枚と振り出しに戻った。


 英司は無表情でチップを1枚ベットし、デッキを持つ凛の顔を見た。凛は英司よりも無感情な顔をしていた。もはや女優である。


「しかしさぁ、ユウくん。君は恐ろしいほど判断が正しいだろうね」


 ベットもせず、三島は半ば独り言のように語り出した。


(なんだ、唐突に)


 思ったが口には出さない。ここは黙って聞く場面だ。


「多分だけど、さっきの手札は最低でもツーペアだったでしょ? でも勝負しなかった。僕の表情から、良い手であることを読み取ったんだろう? 恐ろしいほど冷静な判断だよ」


「だったらなんだ?」


「いやね」三島がベットする。「君は表情から情報を抜き出すのが凄まじく上手いということだよ。だからね――――」


 チップが少ない三島からカードが配られ始める。


 英司はすぐ確認した。9のワンペアに、英司が知る限りまだ見ていない6のカードが1枚。山札の残りからして、ツーペアが期待できる。


 が、三島は5枚目を配られてもカードを手に取ろうとしない。誰もが訝しげに見るなか、ついに三島が手伸ばした場所はチップだった。

 

「さ、勝負だ」


「は?」


「カードは見ない」三島の挑戦的な表情が浮かぶ。「表情を読み取られるなら、見せなけりゃいい」


「……正気か」


 声に焦りを乗せないつもりでいたが、少しだけ声が震えてしまった。ジョーカーに透視機能は無い。見えなきゃ意味がない。


「正気じゃない」三島が口元に浮かべた笑みを引っ込め、真剣に対峙する。「正気じゃギャンブルなんて出来ない」


 身構えた英司の前に、チップを5枚、見せつけるように置く。


「レイズ」


 冷たく、鋭く言い放った。凍りつくような表情とオーラに、英司は身震いする。


「さぁ、あとはユウくんがコールするかレイズするか、ドロップするかだよ」


「…………」


 ジョーカーから送られてくるデータに、三島のカード情報はない。


 英司は答えあぐねる。


(ここでドロップすれば、屈服したことになる。そうすればこのゲームは完全に三島が主導権を握る。ならここはコール………………いや待て。焦るな。ドロップ=屈服と考えることがチンケなプライドじゃないのか。もう少し冷静になるべきだ。とりあえず、ここは一回様子見で――――)


「フッ」


 突然、三島が笑う。


「なるほど。どうやら君は、口よりも顔でお喋りするタイプなんだね」


 —―――僕には聞こえるよ。ポロポロとメッキが剥がれていく音が。


 そんなふうな顔つきに、英司は歯を食いしばる。


(野郎……っ!)

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