第7話 100億ドルの女

 三島・クロスロード・譲二は、日本人男性とイギリス人女性の間に生まれた。

 

 父親の顔は知らない。


 母親の顔も頭の中でボヤける。


 それもそのはず、両親ともに幼い頃に亡くなっている。


 その後、三島は父方の祖母に引き取られた。


 父方の祖母は年金暮らしで、500万ばかりの貯金を切り崩して生活していた。


 生活は非常に苦しかった。


 自分を引き取ってくれた祖母にお金が無いとすぐに判断した三島は、商売を始めた。


 初めて行った商売はクワガタ売り。


 夜明け頃に地元の山へ行き、そこで採ったクワガタを学校に持って行って売る。


 これが思いのほか上手くいった。


 商売の楽しさを知った三島は、手品や自転車の修理、夏休みの宿題など、次々と有料で行った。


 なかでも稼げたのは喧嘩代行である。


 武道をかじったイキリ同級生や兄に憧れて悪ぶり始めたファッション不良をぶちのめす、それだけの仕事。


 1回3,000円と小学生にしては高額であったが、儲かった。


 なぜなら、いじめられっ子が団結して三島に頼みにくるからである。


 異能もあって、小学生時代は負け無しであった。


 中学校にあがってからは、弱者のための商売である喧嘩代行はあまりしなくなった。


 それどころか、持ち前の強さをいかして不良グループに仲間入りした。


 不良にさほど興味が無い三島が、不良グループに入ったのには理由がある。


 それは、不良達に稼ぐことよりも楽しいことを教えてもらったからである。


 ギャンブルだ。


 肉体と知恵を振り絞り、多大な時間をかけて手に入れた金が、たった数分で稼げてしまう。はたまた数分で全て溶けてしまう。


 そのスリルが、三島をとんでもなく興奮させた。


 頭の中に思い描いた作戦が見事にハマった時や思いがけないことで大当たりした時、脳が震えた。


 小学生の頃につちかった手先の器用を活かし、高度なイカサマを駆使して勝ちまくった。


 ギャンブルをこよなく愛した彼は、いつしか大きいカジノを日本に建てたいと思った。


 そのためには多額の金と地位が必要である。


 進学しても金と時間が無駄になるだけと考えた三島は、中学校の卒業式の翌日に起業した。


 彼が立ち上げたのはSNSを扱う会社。


 中高生を対象にしたSNS”ジョイン”が大成功、日本のみならず世界で利用された。


 会社はどんどん成長していき、20歳の時には年収30億を超えた。


 彼は社長業を行うかたわらで、カジノ設立にも力を入れた。


 政治家に金をばらき、人を集め、世論にカジノが必要だと訴えた。


 その結果、三島は第二東京都にカジノを作ることに成功した。


 ”カジノ・セカンド”――――それが三島が作りたかったものである。


 そこでは日夜、たくさんの金がカジノに落ちている。


 カジノ・セカンドは現在、第二東京都の夜の太陽となっている。


 財を成し、不可能と思われた夢を叶えた三島は、従業員にいつもこう言っている。


”人生はギャンブル。ベットしなきゃ成功はない。さぁ、仕事ベットしよう”


 ※※※


 アジトにある巨大モニターを巧みに使って、リアが解説した。


 アジトの大画面いっぱいに映し出された三島の顔を見る。


 28歳の彼の目は、英司が出会ったどんな教師よりも力強く、生気に満ちあふれていた。

 

「改めて見ると、すごい人生だな」


 英司は感心を口に出した。


 自分にはこんなにたくましく生きることは出来ない。


 犯罪者、特に異能犯罪者を再起不能になるまで叩き潰したいう欲望はあるが、叶えたい夢は無い。


 進路希望調査書には適当に大学進学とだけ書いた。


 学部はとりあえず経営学部。理由は、目の前にいる現役女子高生社長がとてつもなく楽に見えるから。


「ま、これは三島の歴史をやや美談形式に語ったバージョンね。実際はこう」


 凛が指をパチンと鳴らした途端、照明が落ちる。


 ブォーンと不気味な音を立ててディスプレイ上に現れた文字は、”カリスマ企業家の真実”だった。


 やや古臭い音楽をバッグに、リアが説明した内容はこうだった。


 三島・クロスロード・譲二は、SNSを開発していない。


 開発したのは、根暗な同級生。自分が貰っているよりもはるかに安い金で彼を雇っている。


 従業員に心無い言葉を投げつけてクビにする。一方で、社員のアイディアは自分の物として使う。


 カジノを作る権利を、政治家を買収ないし圧力で手に入れる。


 そのことを記事にしようとした記者を、ヤクザを使って潰す。


 そして理由は不明だが、異能犯罪集団ワールドペインの財政担当である。


 それが、カリスマ企業家の真実。


「日本が世界に誇る企業の社長が、テログループのお財布とはな」


 英司はやるせない気持ちになった。


 どうして普通に金を使うことが出来ないのか。


 人に迷惑をかけず、デカい家を建てて、世間一般に売られている物を買って悠々自適に暮らせばいいのに。


 そう考えたら、心の中にどんどん憎しみが増幅してくる。


「それにしても、ギャンブルを愛する人の気持ちがわからないわ」


「そりゃあ、勝負のドキドキさや、それを乗り越えて勝った時の興奮が面白いからだろ?」


「わからないわ。まだ世に出ていない物を作り出した時の方が興奮する」


「そっちの方がわからないわ」


 英司は機械に詳しくない。


 マニュアルも読まないし、凛の話も半分くらいしか聞いてない。


 触って覚える、が英司のスタンスである。


 アハトもマニュアルはほとんど読まず、実際にまとって動かして覚えた。


「じゃあ、もしかしてカジノとか行ったことないのか?」


「当然。年齢制限があって行けないというのもあるけど、まず興味が無いわね」


「でもラスベガスとか、あーゆーギラギラしたカジノに行ってみたいけどな」


「お金出しすぎちゃって潰れちゃいましたってカジノがあったら、行ってあげる」


「そんなのあるわけないだろ」


「だから行かないの」


 カジノ側が絶対儲かる仕組みになっているから、と凛は背中で語った。


 カジノを一種のテーマパークとは思えないのだろう。


 発明には金を湯水のように使うのに、部屋やアジトを彩る雑貨品には一切使わない。


 彩りを無駄だと考えているのだ。


 アハトの造形がシンプルなのも、このせいだろう。


「あ、そうそう。ちなみに彼、小学生の頃には童貞卒業していて、中学生の頃には4股していたらしいよ。今はモデルや女優とのロマンスが絶えないわ。酷い振り方しているにも関わらずね」


「へぇー大人の女性って、こんな人間にかれるのか?」


「金があるのと、話が上手いのよ。彼の凄さは異常な行動力とプレゼン能力だから。プレゼンの本も出してるみたいだから、図書館で借りてくれば?」


「英単語帳を読むので忙しい」


「それ、読むもんじゃなくて覚えるもんだから。Are you OK?」


 地味に発音がいいのがしゃくに触る。


「ま、ともかく女の敵なわけだ。これで遠慮なく殴れる」


「モテない男の敵でもあるからね。ひがみも乗せれば、いつもよりもパンチが重くなるかもよ?」


「うるせぇんだよ」


 本当に一言が余計である。これがあるから好きになれない。


「そういや、どうやって奴がワールドペインの幹部だって分かったんだ?」


「それはね、これ」


 カチカチッとマウスを操作する。するとディスプレイに映し出された三島の顔の下に少し荒い映像が出てきた。


「1週間ほど前のやつ」


 三島と思われるスーツの男と、黒いロングスカートのセーラー服を着た金髪の女子高生が話していた。


 あの格好は、つい数時間前に見た。


「―――――紫苑か。話してる場所はー……この間戦った倉庫かな」


 そう、と凛は無機質に言った。


「あの女と対等に話せるのは、幹部くらいしかいないでしょ」


 音声は無く、画像が荒すぎて唇の動きもはっきり見えないが、部下に話しているみたいではなかった。


 三島が肩に触れようとする前に、紫苑は距離を取る。

 

「なるほどね」


 幹部だというのは頷ける。倉庫の時にいた下っ端の部下はもちろん、巨体の異能者でさえ紫苑を恐れていた。


 三島のように肩を触ろうとすれば、即座に半殺しされていることだろう。もしかしたら殺されるかもしれない。


 さて問題は、三島が紫苑より格上か格下か。


 そして――――


「奴の異能は何だ?」


「身体能力が一時的に向上する、というのがプロフィールに書いてあります」


「嘘くさいわね」


「ああ、嘘くさい」


 ワールドペインの幹部がそんな単純な能力な訳がない。絶対に何かある。


「残念だけど彼がどんな異能なのかを知る手がかりはない」


「じゃあ、まずはそこを調べるのが先決か」


「そうね。簡単には行かないと思うけど。手こずっているし」


 凛の言葉に英司が驚く。


「もう行動しているのか?」


「今朝からね」


 近くにあったマグカップに口をつける凛。飲むのは決まってダージリン。コーヒーは苦すぎて思考が鈍るらしい。


「とりあえず、小学校の同級生達と中学校の時に三島と親しかった人達に接触を図っているところ」


「早いな」


「あとは三島にドキュメンタリー番組と称して密着取材の依頼もした。良い返事は今のところ貰えてないけど」


 凛はテレビ会社ともつながりを持っている。株も20%ほど保有していて、多少のワガママであれば通る。といっても、普段は権力を行使しない。権力は使いどころを間違えると、倍になって自分に返ってくることを理解しているからだ。


「女性にはだらしないくせに、線引きはしっかりしている。金に目がくらまないから手強いしね。正しい情報を手に入れるには、時間がかかるわね」


 凛はめんどくさそうにため息をつき、背もたれに体を預けた。


「さて、どうしたもんかな」


 英司も立ちながらため息をつく。


 こうしている間にもワールドペインには金が流れている。時間がかかればかかるほど、相手が強大になっていく。あまり時間はかけられない。


(自分に何か特別な異能があればな)


 歯がゆさから、英司は苦い顔をした。強い異能があれば、今すぐにでも殴り込み出来るのに。


 どんよりした空気を断つように、凛が言う。


「…………ま、やりようはあるわ」


「へぇー、どんな?」


 凛は机に置いてあった封筒を手に取って、英司に見せつける。


 宛名には『織部凛 姫』と書かれてあった。差出人はもちろん三島。


 姫と書くあたり、おちょくっているか相当痛い。


「ねぇ、あなたに夢のような体験をさせてあげる」


「夢?」


「美少女女子高生社長とデートする夢。しかも、お金は全て彼女持ち」


「は?」


 ※


 凛とデートすると決まってから1週間、英司は一流のギャンブラーになるために凄まじい努力を重ねた。


 手先のトレーニング、カジノの知識、イカサマの仕方、カジェットの使い方、ゲームの勝ち方など。


 なかには、コインマジックや上流階級の作法など、ギャンブラーには必要のない技術まで学ばされた。


「そんなの必要ないのでは?」と、疑問を挟んだところ、


「私、世間からなんて呼ばれてるか知っていて?」


「引きこもり億万長者?」


「100億ドルの女。そんな私の横に立つ男がダサいと私の価値が下がる。私の価値は、会社の価値にも直結するからね」


「話はわかるが……」


「だったら黙って言われたことをやって。今どき一つのことしか出来ない男なんてダサい」


「………………」


 ともかく、一流のギャンブラーを目指して、英司はトレーニングを頑張った。


 全ては、カジノ・セカンドをため。三島・クロスロード・譲二を倒すため。


 そして、織部財閥のトップ、織部凛に恥をかかせないために。


 睡眠時間を極限まで削りつつコーヒーナップを上手く取り入れて集中力を保ち、リアと凛のスパルタ指導のおかげで、メキメキと一流ギャンブラーのが磨かれていた。


 トレーニングを開始してから1週間が経った。


 深夜1時、織部セントラルタワーの地下にあるアジトにて。


「マジック見せます」


 ワインレッドのスーツに黒いワイシャツ、そしてスーツよりも赤いネクタイを着けた青年が不敵な笑みを見せつつ、裏向きになったトランプの山札を凛の前に広げる。


「さぁ、ここから好きなカードを一つ選んでください」


 年齢は二十代前半。若く見て18歳といったところか。首の付け根まで伸びた銀髪が、驚くほど似合っている。


 その顔に張り付いた笑みを消し去ってやる、とばかりにトランプを選ぶ凛。出たのはハートのKキング。引いたトランプを近くにいたホログラムのリアにも見せる。


「覚えたら、ここに戻してください」


 しかし凛は、


「ここでもいいでしょ?」


 青年が指定した場所とは別の場所を指差す。


「ええ、構いませんよ」


 微塵みじんも動じることなく、一点の曇りもない笑顔で応対した。


「ありがと」


 凛はトランプを戻した。


 広げた山札を元に戻した銀髪の青年は、


「では、今からあなたが選んだカードを当てます」


 青年は右手で指をパチンと鳴らすと―――――


 ヒュン!!


 左手に持った山札から1枚のカードが飛び、右手に収まる。


「あなたが選んだカードはこれですね?」


「そうね。正解」


 それだけ? と挑戦的な目で見る凛に青年は、当てたトランプを机に上に置き、


「さらに指を鳴らすと―――」


 パチン!


 良い音が鳴った瞬間、山札から3枚のカードが飛び出して机の上に表向きで散らばる。現れたのは、スペード、クローバー、ダイヤのKキング


 おおー、とリアは歓声を上げる。凛は声こそあげなかったものの、少しだけ目を広げた。


 最後に仕上げに青年は、裏向きの山札を机の上に扇形おうぎがたに広げ、綺麗な中指でスーッとなぞって表向きにする。そこには、4種類のKキングだけが欠けていた。


 種も仕掛けもないことを華麗テクニックで示した。


 1分にも満たないマジックが終わり、沈黙が流れる。


「………………………………お見事」


 ポツリ、凛が独りごちた。


「1週間までよくここまで持ってこれたわね、英司」


「指導者が良いからさ」


 青年—――――英司は、銀髪のウィッグをかき上げた。


「リアはどう?」


 凛が問うと、ホログラムのリアは黙考したのち、


「動画と検証した結果、英司様のテクニックに負けず劣らずかと思われます。先程カジノに関するテストも94点を獲得しています。プレイ姿も初心者には見えませんでしたし、問題はないと思われます」


「そう」


 そう言うなり、凛は席を立った。


「明日の午後8時、カジノ・セカンドに行くわよ」


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