第5話 顔が割れちゃったね

 窓ガラスは割れ、壊れた武器や机の残骸ざんがいが地面に散らばっている物流倉庫に今、黒のセーラー服がみだらに破けた不良少女と傷付いた鎧をまとった青年が対峙している。


 ガラス張りの天井から差し込む月が、2人を青白く照らす。


 今宵こよいの月は、こんなにも美しいのに。


 2人は、その美しさを語ることはせず、その美しさの下で武器を向ける。


 2人はそれぞれ構え、攻め時をうかがっている。


 アハトのヘルメットから警告音が鳴る。エネルギー、アンダー20。追い詰められているのは、確実に英司の方。


 じり、と両者の足が地面をにじる。


「ッ!」


 動いたのは―—――――――アハトだった。


 地面を強く踏み込んで高く飛びあがり、ありったけの感情を叫んで紫苑に斬りかかる。


 迫りくる雷の刃。


 紫苑は、


「―――――ッ!」


 しゃがんで回避。そのまま流れるようにバットを振り上げる。


 リア操作のアハトは空中で体をねじった。しかし、避けきれずにバットが左肩に直撃。


「舐めるな!」


 英司は直撃による体の回転のスピードを乗せた斬り払いを紫苑にお見舞いする。


「ぐっ……!」


 当たった右手からバットが落ちる。


 紫苑がひるんだ今が勝機、英司はEブレードの縁頭に右腕のプラグを手早く差し込む。


「リアッ!!!」


 アハトの鎧が熱を帯びて赤くなると同時に、ジリリリリリリッ、と轟音を響かせてEブレードの刃が大きく鳴り、大剣と化した。


 これがアハトの奥の手。Eブレード最大出力。


 ブブブブブブと、うるさい音が鳴る。


「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 雷轟らいごう一閃いっせん


 その一撃は―――――


「残念」


 怯んだフリをした紫苑に、いとも簡単にかわされた。


「まだだ!」


 続けて斬ろうとした瞬間、Eブレードが熱量に耐え切れずに壊れた。雷の刃が霧散し、縁は火花を散らしていた。次いで熱を帯びたアハト2号機が、どんどん通常の銀色に戻っていく。


「エネルギー、アンダー10。これ以上の戦闘は危険です」


 プシューと、鎧の関節部分から煙が出て、火花が散っている。


 鎧にガタがきていることを感知したリアは、自分に組み込まれたプログラムに従って強制的にリミッターをかけた。もう無理は出来ない。


 —―――やられる。そう思った瞬間、


「がはッ!」


 呻き声を上げた紫苑は、バットを落とし、片膝かたひざをついた。


「……な…………!?」


 アハトの渾身こんしんの一撃は完全に避けた。そのはずだったのに、なぜか体がしびれて動かない。何とか倒れずに済んでいるが、立ち上がることは絶対に出来ない。


 数秒のち、痺れが背中から来たことに気が付いた。つまり、何者かが背中から攻撃してきたのだ。しかし、第三者のニオイはない。

一体、誰が……。


「……分からないのか?」


 きしむ音を響かせながら、アハトが紫苑に向かってくる。左手にはブリッツガンがあり、銃口はしっかり紫苑の頭に向けられている。


「聞こえないか?」


 そこで気付いた。ブブブブという耳障みみざわりな音が未だに鳴り響いていることに。


「この……音は……」


「剣の音じゃないのか、か?」


 英司が音の鳴る方を見る。後ろから音が近づき、紫苑の目の前に音の正体が現れた。


「……なるほど……ね」


 その正体とは、先ほど英司がアジトに侵入する前に置いていったドローンだった。


「どうやら上手くいったようね」


 アラートが鳴り続けるヘルメットのスピーカーから、酷く冷たい声が聞こえた。


「まんまと一杯食わされた」


「敵を欺くにはまず味方から。これ、昔から言われてる戦法だから」


 声の主は、英司の雇い主で参謀さんぼうでもある凛だった。


「それに、あなたに伝えたらきっと成功しなかった」


「それにしてもリアまでグルだったとは……知らなかったぞ」


「すみません」


 真面目な口調で謝るリア。


「ま、あなただけだったら負けてたから」


 アハトと紫苑の戦いをヘルメットから流れてくる映像で見ながら、凛は凛個人で勝ち筋を探していた。


 アハト2号機の性能と英司の技量では、紫苑に勝ち切ることが不可能であることは、戦い始めてからすぐに分かった。紫苑は強い。


 では、100%勝てないのか。


 否。


 1つだけある。


 異能で読み取ることが出来ないAIの操作によるドローン闇討ち作戦だ。


 思いついたのは、英司とリアの阿吽あうん呼吸こきゅうが噛み合った時。実行は即座。


 ドローンは物流倉庫に入る前に英司が置いていったものを使用した。


 射線は、英司がブリッツガンを無駄撃ちした際に割った窓から確保した。


 あとは残り2つの条件をクリアすれば作戦は成功する。


 1つは、ドローンの存在に気付かれないこと。


 そしてもう1つは、英司が玉砕ぎょくさい覚悟で紫苑に向かっていくことであった。


 英司が置いていったドローンは攻撃力・機動力共に申し分ないが、飛行音が大きい。紫苑がドローンの飛行音に気付いたら、射撃を避けられる。


 その音の問題を解決したのがEブレード最大出力である。巨大な雷の刃を保つ制御装置とアハトの放熱による音は、ドローン一機と同じくらい音量だ。見栄えも良い。意識もそちらに集中される。


 これで音の問題は解決出来た。


 残る一つは英司の全力である。


 紫苑の異能は相手のフェロモンを敏感にぎ取ること、と本人が説明していたが、凛は生物の動きや感情を読み取れること、と解釈した。


 その中で最も厄介だと思ったのが、感情を読み取る能力である。


 この作戦を英司に伝えると、英司に余計な感情を与えてしまう。


 それを見逃す紫苑では無い。


 感情を読み取ったら、深く考え、警戒する。


 だから、英司には常に絶望的な状況で戦ってもらうしかない。


 そこで凛がまず行ったのが、アハトのヘルメット内に表示される勝率の改竄かいざんである。


 英司とリアのコンビネーションが行われた時、本当ならば勝率が2%になった。それを0%に書き換えた。英司は0.01%でもあれば勝機を探る面倒な性格である。嫌いではないが、この作戦においては邪魔だ。だから0%に書き換え、勝ち目の無い絶望的な状況だということを伝えた。


 次に行ったのは、英司との音声通話を切り、不安をあおると同時に自身の失言を無くした。凛には失言癖があり、幾度と人を傷付けている。本人もそれを理解しているから、人との関わりを限りなく


 最後は、リアに指示を出した。


 Eブレードを最大出力にした瞬間にドローンを起動し、一瞬の油断をついて闇討ちするように指示。もちろんリアは一切反論せず、無感情に従った。戦闘中において、凛の指示にリアが意見を言うことは無い。そういう設定になっている。


 英司がEブレードを最大出力にした時、同時にリアはドローンを手早く操作し、指定の場所へドローンを待機させた。高性能AIだけあって、スムーズにドローンを移動出来た。


 そして、Eブレードが壊れた時を見計い、勝利を確信した紫苑の背中に無味無臭の非殺傷弾を撃ち込んだ。


 それが、事の顛末てんまつ


「随分と手こずったが、これで終いだ」


 アハトは紫苑にトリガーを引こうとする。


「くっくっく……」


 突然笑いだす紫苑。本当なら意識さえ保てないはずなのに、なんという精神力だろうか。

 

 強靭きょうじんな精神力を持つ紫苑が、


「お前のフェロモンは覚えた」


 アハトを挑発するような目で見上げた。その先には銃口がある。


「忠告してやる。今ここで私を殺した方がいい。生かしておくと、後悔するぞ」


「…………」 


 英司は黙ったまま、しかし紫苑から目を離さずに銃を向けている。


「確かに、殺した方が安全ではあるね」


 凛が納得した。


「あなたの正体がバレるわけにはいかない」


 凛が言わんとしていることは分かる。


 英司は無能力者。生身では異能者に立ち向かえない。


 ――――鎧が無ければ、あなたは無力な人間よ。


 いつぞやに言われた、引きこもりでサバサバした雇い主の言葉。


 正体が知られた先にあるのは死。


「そうかもな」


 そんなのは英司が一番分かっている。


 近くには紫苑の綺麗な首を斬り落とせる剣がある。


「だがな――――」


 英司はブリッツガンのトリガーを引いた。


 ズガンッ、という音とともに、紫苑が倒れる。


「そういう訳にはいかないんだ。事情があってな」 


 英司の言葉は、意識を失っていく紫苑には届かなかった。しかし、向けられていない凛には届いていた。


「さて、こちらアハト、任務完了だ。どうする?」


「エネルギー切れになる前に車に戻って。後処理は警察に任せなさい。あと5分ほどで着くはずよ」


「相変わらず準備が早いことで。でも、紫苑だけは持ち帰った方がいいんじゃないか?」


 フェロモンを覚えたと言っていた。現在の日本に少年法に加えて、いわゆる『異能子ども法』がある。異能を持つ子どもが犯罪を犯した時、特別な更生プログラムを受けることで罪を軽減する法律だ。健常者よりも罪が軽くなる。


 これは、異能は人間社会に役立つことを教えて更生させ、異能をこの世界の発展のために使ってくれることを願って可決された法律だ。その願いは、皮肉にも再犯率を高める結果となったが。


「俺に関する記憶をだけでも消した方が――――」


「無理ね」


 英司の提案に、凛は間髪入れずに一蹴いっしゅうした。


「波長が強すぎて消すことが出来ない。


 凛の異能は、記憶を消すという強力な内容だが、自分より波長が強い人間には通用しない。凛は能力自体は強力だが、波長は強く無い。


「この女、異能を使っていない時でさえ、私の4倍もの波長よ。戦闘時においては40倍以上」


「そんなに強いのか……」


 波長は意識が無い時が一番弱い。その時の波長ですら凛の4倍となると、相当強い。よくこんな相手に勝てたものだ、英司は思った。


「そう。その強い女をウチで捕まえておくのはリスクが大きすぎる。そういうリスクは国に任せておきなさい」


 多額の税を納めてるんだから、と続けそうな言い方だった。


「あと3分ほどで警察がここに来ます。逃げましょう」


 英司は念のため警察が使っているものの数倍強度がある手錠を紫苑の両手にかけて、その場を後にした。


 ※


 帰投後、鎧を脱いだ英司は直ちに傷の手当てをした。


 物騒な傷を町医者に診てもらう訳にはいかないので、織部セントラルタワーから徒歩5分の所にある怪しげな雑居ビルの4階に診察室を構えている医者にてもらった。


「あらあらまぁまぁ、今回は派手にやられたわねぇ」


 ゆったりした話し方をするこの医者の名前は姉崎あねざき千冬ちふゆ(仮名)。アハトの存在を知る数少ない協力者である。本名は凛とリアしか知らない。もちろん健常者だ。


 特筆すべきは、グラビアアイドル顔負けのグラマラスな身体である。大きく開いた胸の谷間は、腕がすっぽり入るくらい深い。診察を受けるたび、目のやり場に困っている。


 ちなみに歳も不明で、訊くとおっとりした口調が激変する。


 どこか間の抜けたイメージがあるが、実力はある。本人曰く『スペシャル』だそうで、どんな病気でも手術法が分かっていれば治せるそうだ。実際、英司も生死の狭間から救い出してもらったこともあった。


 今日は処置と処方だけで終わった。


「この土日は筋トレも軽めにして、安静にしてね」


「俺の学校、月曜日まで休みなんです。創立記念日で」


「あらそうなの。なら私とデートしようか」


 千冬の常套句じょうとうくが出た。診察の度に誘われるが、迷惑している。


「結構です。安静にしてます」


「家でいいのよ。私、最近ご無沙汰だし」


 千冬はミニスカートの中に細い指をとんがらせて入れる。


「ありがとうございました。では」


 ぞっとした英司は、早々に立ち上がり、足早に診察室を出て行った。

 

 初体験を千冬に捧げるつもりは毛頭無い。


「もう、つれないわねぇ~……」


 おぞましい言葉は聞かなかったことにする。下手にツッコんだら喰われる。


 雑居ビルを出てからはすぐに自宅に帰り、そのままどろのように眠った。


 翌日の朝、英司と紫苑の激闘が行われた倉庫が、テレビ画面に映し出された。


 ニュースキャスターが言うには、その倉庫でチンピラグループの内部抗争があり、約30名の未成年者が倒れていた、らしい。


 そういうことになっていた。


 これを見て、英司は「またか」と小さく呟くだけだった。


 警察関係者が現場を見れば、すぐにアハトの仕業だと気付く。過剰な暴行と私的な制裁行為は違反行為である。普通ならば、アハトを逮捕する動きあってしかるべきだ。


 しかし、警察は逮捕せずに隠蔽いんぺいした。アハトと警察は、


 ニュースを見終わったあとも、凛から呼び出しは無かった。怪我が回復するまではお休みらしい。


 ということで、3連休は久しぶりの休日となった。ゲームを買いに人通りの多いデパートへ行き、特に欲しくもないRPGを購入。3連休の全てをゲームに費やした。それでもクリアすることは出来ず、学校を恨めしく思った。


 だらだら過ごす有意義な3連休が終わり、登校日となる火曜日を迎える。


 5分前に教室へ着き、退屈なHRホームルームの時間を迎えるまでスマホでこの間買ったゲームの攻略サイトを見る。今日こそはエンディングを迎えたい。


 チャイムが鳴り、担任の浜岡が教室に入ったところで朝のHRが始まる。退屈なので、担任の顔は一切見ずにスマホを見る英司。


「えー、今日から転入生がやってる。さぁ、入って」


(転入生か……)


 何気なく黒板に目を向けたその時、電流が走った。


「さ、自己紹介を」


 浜岡の隣りに立った女子は根本が黒い金髪。ロングスカートの黒いセーラー服。鋭い金色の目。


 忘れもしない。


「城ヶ崎紫苑。よろしく」


 軽く頭を下げたあとの彼女と、目が合う。


 その顔は、英司にこう言っていた。


 ―――顔が割れちゃったね。鎧の男くん。

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