第4話 阿吽の呼吸

「行動が読まれているわね。それも完璧に」


 独り言のように呟きながら、凛はアハトから送られる映像と異能探知機から示される波長を合わせる。


「あなたと対峙してから波長が強くなっている。おそらく、あの女の異能は人の行動を先読みする能力みたいね」


「常に強い波長が出ているのか?」


「ええ。信じられないことに」


 波長は異能を発動していないときは弱くなり、発動すると強くなる。常に波長が強いということは、常に異能を一定の力で発動しているということ。無能力者でいえば、常に走っているみたいなものだ。


「馬鹿な……そんなことが」


「あり得るみたいね。今まで見たことなかったけど」


 行動を先読みされる。


 どのような形で先を読んでいるのか。もし未来を見ているのであれば、今のアハトでは絶対に勝てない。全武装したアハト3号機でも、勝てるか分からない。


 アハトのエネルギー残量は59%。リミッターを外し続けていれば、せいぜい20分しか活動出来ない。ダメージを受けるともっと時間は少なくなる。


 無闇に突撃しても、いたずらにエネルギーを喰うだけ。


(どうすれば……)


 攻めあぐねている英司に対し、紫苑は頬を紅潮させてアハトを見つめる。


「まだ諦めてないんだ」


 嬉しそうな声音。惚れているというのは本当らしい。


 英司は無言で、だが冷静に辺りを見回す。使えるものはないか、不良は起きていないか。見回しながら、紫苑にブリッツガンをぶち込む機会も探る。

 

「どうして当たらないのか、不思議なんだろ? 特別に教えてあげる。私の異能は、フェロモンを読み取る力」


「フェロモン……?」


「そう。お前から出るフェロモンをぐことで、次の行動が読み取れる。例えばいま、腰に装備した銃を撃つ」


「……っ」


 パンッ! 銃弾は、当然避けられた。


「行動だけじゃない。お前の感情も読み取れる。お前は今、動揺しているな。必死に押し殺しているけどね」


 図星だった。行動を完全に読んでくる相手とは戦ったことがないからだ。


「加えて、お前が何歳かもだいたい予想がつく。若々しい精力溢れる、未完成な大人のニオイ。おそらく高校生、それも2年生ってところかな?」


 紫苑の分析を聞きながら、英司は必死に勝ち筋を探していた。


 近くに水辺がなく、雷を広範囲にするものがない。おまけに紫苑の戦闘スキル・身体能力も相当なものだ。


 勢いで勝てる相手ではない。


 アハトのスピーカーを切って凛とリアに訊く。


「フェロモンで行動を読み取るとか可能なのか?」


「有り得ません」


「さぁ? 知らない。でも事実としてあなたの行動は読まれている。おまけに人間が入った鋼鉄の鎧を蹴飛ばせる怪力と頑丈さもある。単純な斬り合いでは、まず勝てないわね」


 ヘルメットに内蔵されたモニターの右端には、リアが分析した勝率が表示されている。数値は、残酷にも0。


 現代科学は、英司の勝利を完全否定している。


(…………筋はない……か)

 

 戦意は消え、逃走ルートの模索に思考を切り替えた。逃げる事は恥では無いと言い聞かせながら。


 それを感じ取った紫苑は大きくため息をついた。


「なんだ。興醒きょうざめ。せっかく種明かしまでしたのに」


 笑みはもう浮かんでおらず、あるのは侮蔑ぶべつにじませた金色の目。


「その鎧を脱ぐなら帰っていい。顔が分かっても、お前には手を出さないよ。弱い奴に用はない。ただし、鎧を脱がないなら殺す。殺したあとで鎧をリーダーに渡す」


 しっしと手を扉の方へひらひらさせる。


「さ、早く鎧を置いて帰れ」


 リアが頼んでもいないのに逃走成功確率を表示した。47%と、なかなか高い。


 相手が素直に逃がしてくれるとは思わないが、勝率が0.01%も無い以上、逃げるより他ない。


 逃げるすきはある。


 逃げるのは恥ではない。凛にも、リアにもそう教わった。


 死んでは終わりだ。


 命あれば、生きびれば、次がある。


 一生懸命やった。悔いはない。


 —―――いや


「お?」


 英司のフェロモンを嗅いで察知した紫苑は、少しだけ期待した。どんなふうに攻撃してくるのか。


「せいぜい一発ぐらい当てる根性見せてくれよ」


 紫苑は地面を蹴り、英司に接近する。


「行くぞ、リア」


「準備完了です」


 間合いに到達した紫苑は豪速ごうそくで剣を振った。


「なに…………!?」


 アハトと紫苑の間には、黒いセーラー服の破片が宙を舞っていた。


 黒いセーラー服の脇腹わきばらの部分が切れ、白い肌を斬った。一方、アハトは無傷。


 アハトは紫苑の剣を避けるだけでなく、さらに一撃を浴びせたのだ。


 驚愕きょうがくする紫苑の顔を見、手応えを感じた英司はヘルメットの中で笑みをこぼした。


 ※


 遅れて、脇腹にしびれがやってくる。


 紫苑が痛みを感じたのは久しぶりだった。


 漆黒の鎧からは殺意のニオイがする。おそらく私のことを睨んでいるのだろう。しかし、攻撃のニオイはしない。


 それに、先ほどの鋭い一閃いっせんにも、ニオイは無かった。


 ―――そんなことがあり得るのか?


 いや、もしかしたらあまりの速さにフェロモンを嗅ぎ取れなかったのかもしれない。


 攻撃の手数を増やせば、何かわかるかもしれない。


 紫苑は鼻腔びこうに神経を集中させながら、刀でアハトの手を狙った連撃を行う。


 それに対しアハトは全て剣で受けきり、逆に懐に飛び込んでくる。


 そしてEブレードを斬り上げた。


「馬鹿な……」


 紫苑は身体を無茶な動きでらせた。


 かろうじて直撃を避けたものの、セーラー服が縦に破れた。


 セーラー服は上のボタンだけ閉まったシャツのような状態となり、引き締まった真っ白な腹とへそ、そして黒のシンプルなブラジャーがあらわになった。幸い、ブラジャーまでは斬れていなかった。


 紫苑は自らの露出ろしゅつなぞ全く気にせず、アハトの変化について考えた。


 だが、考える時間を与えるほど敵は優しくはない。


 休む間もなく剣を振るい続けてくる。通用するうちに倒したいのだろう。


 時折ちらつかせる銃も、十分な威嚇いかくになる。当たれば痛い。痛みは身体の鈍さにつながり、鈍さは敗北につながる。当たるわけにはいかない。


 ―――先ほどから今まで、アハトの攻撃の全てがだ。


 攻撃が速すぎてニオイを追いきれないということは過去にあったが、攻撃が無臭な人間は今まで会ったことが無い。


 アハトが完全にニオイが消し去ったわけではない。感情のフェロモンは凄まじく感じる。9割が怒りで、1割が情欲。


 だから、鎧が彼の体を完全に密閉し、ニオイを閉じ込めたわけではない。


 なら可能性は一つ。


「鎧自身が戦っているな?」


 アハトは答えない。だが、確信を持っていた。


 紫苑は目を細める。


 簡単な話だ。鼻に頼らず、剣技でねじ伏せればいい。


 そう思った瞬間、アハトから攻撃のフェロモンが匂う。

 

 そしてフェロモン通りの剣筋が紫苑に襲いかかる。


 かろうじてその攻撃を日本刀でガード。


 受け流してカウンターしようとした瞬間、ニオイのない蹴りが脇腹に直撃し、紫苑は横に吹き飛ばされる。


 強烈な痛みが全身に広がるのを感じながら、アハトから放たれる雷の銃弾を日本刀で弾く。

 

 アハトの猛攻に、紫苑は後手へ後手へと回る。


「常にフェロモンで攻撃を先読みしてきたお前が、フェロモンを完全に無視することなんて出来ないよな」


 アハトの剣が紫苑の右肩をかする。服がさらにけずられ、生肌があらわになる。


「ぐっ…………くくっ」


 紫苑はアハトの操縦者からにじみ出る甘くとろけたフェロモンを嗅ぎ、思わず笑った。


「お前、こんな時に欲情してやがるのか? 私の肌を見て」


「ああ。お前を動けなくなるまで痛めつけた後、じっくりと楽しませてもらうよ」


「……やってみな!」


 フェロモンの無いアハトの剣が、紫苑の黒いロングスカートを切り裂く。縦に破けたところから、左の太ももの付け根が見える。


 鎧の自動操縦かと思えば、装着者の甘いニオイがした攻撃が飛んでくる。


 甘いニオイがしたかと思えば、無味無臭の攻撃が飛んでくる。


 それを巧妙こうみょうに、休む間もなく叩き込んでくる。


「やるねぇ……!」


 心の底から出た言葉だった。


 甘いニオイは、刺激が強くて無視しにくい。ついつい釣られてしまう。釣られまいと足掻あがいたところで無臭の剣が迫り来る。


「はは……っ!」


 感情が高ぶる。追い詰めた人間は2人ほどいたが、自分よりも明らかに格下の相手にここまで追い込まれることはなかった。


 —――やべぇ、この無能力者……最っ高だよ。


 ※


 純粋にたたかいを楽しむ紫苑に対し、英司はかなり焦っていた。


 無様に自分の下心すら利用してここまで追い詰めても、まだ止めを刺しきれない。


 鎧に過度な負荷とリアの自動操縦というエネルギーを食う運用により、エネルギー残量は30%を切った。


 このまま運用すると、残り5分弱しか動けない。


 3号機ならもっと機敏きびんな動きで30分ほど稼働かどうできた。


 すでに勝負がついていたかもしれない。


(凛の奴め……)


 ボヤいても仕方がないので、その恨みを剣に乗せた。


「苛立っているぞ? 仕留められないのが不思議か?」


 挑戦的な口調だったが、英司は苛立つことなく攻撃を続ける。


 猛攻の末、


 パキンッ!


 ついに紫苑の日本刀を折った。折れた刃が勢いよく飛んでいく。


(やれる……!)


 勝機と捉えた英司は地面を蹴り、Eブレードの切先きっさきを紫苑に向けて突進した瞬間、


 グサッ!


「……っ!?」


 装甲が薄い右肩と右胸の間に折れた日本刀が刺さっていた。


「やりぃ……!」


 にんまりした紫苑が日本刀の頭に飛び蹴りした。刀がグリッと深く刺さり、鈍い痛みが肩の付け根あたりからじわりと全身へ広がっていく。


「ぐっ……!」


 痛みでひるみつつも、飛び蹴ってきた足首を掴もう手を伸ばした。


 が、届かず、英司は背中を地面に強打した。


 一方、紫苑は飛び蹴りの反動を利用して宙返りし、元々座っていたボスの椅子がある場所へと器用に着地した。


 立ち上がろうとするアハトを高い所から見下ろす紫苑。


 椅子には座らず、近くに転がっていた金属バットを脚で蹴り上げて持つ。


 軽く2回バットを振り、


「やっぱこっちの方がしっくりくる」


 バットを肩に乗せた。


「仕切り直しだ」


 青白い満月を背に、紫苑がうっとりした表情を英司に見せた。


「エネルギー、アンダー25。勝率、未だ変わらず0です。逃走成功確率は26%に下がりました」


「最悪な状況だな」


 凛からは指示やアドバイスも無い。せめて頑張っての一言くらいあってもいいと思うのだが。


「どうしますか?」


 流れた血が冷たくなる。そのくせ傷口は熱い。利き腕である右腕を少し動かすだけで痛い。


 状況は劣勢。だが、

 

「決まってんだろ」


 月と共に見下してくる金髪の不良少女をにらむ。


 体は動く。痛みはある。エネルギーも少しある。気力は十分すぎるほどある。


 勝てる見込みのない戦い?


 知るか、そんなこと。


 理性でモノを考えられれば、悪党狩りなんて馬鹿な真似はしていない。


 勝ち筋がない、とかそんなことはもうどうでもいい。


 あの特別な力を持った小娘に一発ぶち込んでやらねば気が済まない。


 俺は、とっくにバグってる。


「アイツを潰す」


 なら、バグを貫き通す。


「もしかして、アレを使うつもりですか?」


「ああ」


 紫苑に決定打を与える方法は一つだけある。一度しか使えない大技が。


 しかし、リスキーだ。エネルギー残量が10%以上無いと使えないうえに、使えば高確率でよろいがお釈迦しゃかになる。


 だが、あの不良少女に一発ぶち込ませられる可能性があるなら、やる。


「……戦うなら、まずは刺さった日本刀を抜いてください。無い方が動きやすいです」


 リアは呆れた。感情など無いはずだが、そんな気がした。


「……ありがとう」


「最後まで付き合ってあげます」


 英司は言う通り日本刀を抜き、すぐに鎮痛剤を打つ。


 アハトからただならぬ気迫を紫苑は、


「最っ高」


 肩からバットを離す。これから一体どんなことをしてくるのか、ワクワクして仕方が無い。


 バットを握り直す紫苑。


 Eブレードを強く握る英司。


 構えなどへったくれもない紫苑が、仁王立ちで言う。


「さぁ、第2ラウンドと行こうか」


「いや……」


 それに対して英司は、かすみの構えで対峙する。


「最終ラウンドだ」

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