第2話 引きこもり女子高生は、今日も武器を作る


 30年前、人類で初めて自らの手から火が生み出せる者が現れた。


 その日を境に、各地で従来の人間を超えた力を生まれながらに持つ、あるいは突然目覚める人間が出現。


 人類は、さらなる進化をげた。


 それら従来の人間を超えた力をと呼んだ。


 異能を持つ者を”異能者”と呼んで、異能を持たない人である”健常者けんじょうしゃ”と区別した。


 現在、健常者といえば異能を持たない無能力者を意味する。


 ただ、異能者側からはこの呼び名ではなく無能力者と呼ばれることが多い。


 異能は人類に新たな可能性を示した一方で、新たな課題も提示した。


 それは、異能者と健常者の溝である。


 互いに姿形は全く変わらないのに、能力が違いすぎるから、手を取り合って生きていくことが容易ではなかった。


 このような異能者と健常者の課題に対し政府は、研究と収集―――あるいは隔離―――を目的に新たな地方公共団体を作った。


 それが『第二東京都だいにとうきょうと』である。神奈川県相模原市を取り潰して作られた、日本の異能者の7割が集まる地方公共団体だ。現在、第二東京都の県庁所在地『新宿相模原市』は横浜市を抜いて日本の人口第2位の都市である。


 人口構成は異能者が8割、健常者が2割である。


 そのために『異能都いのうと』と呼ばれることもあるが、快く思わない人間も多いため、普通は『第二』と呼ばれる。


 新宿相模原市に、健常者の各務英司は1年半ほど前から住んでいた。


 彼の通う学校は、都立『青藤あおふじ第二高等学校』だ。


 通称『青二あおに』、第二東京都でトップクラスの進学校である。


 機動鎧『アハト』を装着して夜空を駆け抜けた高校2年生の英司は現在、保健室のベッドの上で夢の中を駆け抜けていた。


 授業をサボる不届き者を寝かすベッドは無い。


 英司は本当にケガをしたのだ。サッカーの授業で。 


 サッカーが絶望的に下手な英司は、ゴールキーパーに任じられた。


 昨夜のスカイウォーカーと謎の男の一件で寝不足の英司がウトウトしているところに、ボールと数名の熱くなった生徒がやってくる。


 ゴールキーパーという役目を”ボールを素手で触れる、最後のとりで”と認識している英司は、なぞの使命感に突き動かされて頭からボールに飛び込む。


 そこに相手選手の強引なプレイにより、相手のひざが英司のあごに直撃した。


 世界が逆さまになったかと思うほど視界が揺れ、英司はそのままグラウンドに倒れこむ。


 少し熱を持った砂のグラウンドが思ったより気持ちよく、反射的に目をつむった。


 目が覚めたらベッドの上だった。


 ゆっくりと、自分に起こったことを理解した英司は、寝返りをうった。


 顎に多少の痛みは感じるが、授業を受けるのに支障ししょう無い程度だ。


 だが、今更教室に戻るのは気が引ける。注目もびるし。多分。


「はぁ……」


 英司はため息をついた。


 昨日は散々だった。


 スカイランナーは謎の人物によって奪われてしまったし、アハトはスーツトラブルで30分ほど動けない状態だった。


 トラブルシューティングが完了し、なんとか動けるようになっても、徒歩で帰れる距離ではない。リアと雑談して、救助を待つほか無かった。


 救助用のヘリが来たのはその30分後。そこから20分かけて基地に戻り、タクシーで自宅に着いた時には午前2時半過ぎ。


 殺されなかっただけマシと言い聞かせて、今回のくやしさを紛らわしつつ、さっさと寝た。


 本日の睡眠時間は3時間ほど。


 どうせ今夜も遅くなる。なら、今のうちに体力を回復しておきたい。


 もう一眠ひとねむりするため目をつむり、数秒後には眠った。


 英司のサボりが確定した瞬間である。


 3時限目終了を告げるチャイムで、英司は再び目覚めた。


 4時限目は数学Ⅱ。


 モデル並みのスタイルと顔を持つ美人若手教師が教えてくれるが、果てしなくつまらない授業だ。


 加えて内容が理解出来ない。


 行っても寝るだけだ。どうせ寝るなら良い環境で寝たい。


 サボろうと心に決めて再び眠りに入ろうとしたその時、ベッドのカーテンが勢いよく開く。


各務かかみぃー?」


 反射的に目を開けて呼ぶ声のほうを見た。


「あれ? ピンピンしてるじゃん。はぁ……だから大丈夫だって言ったんだけどな」


 めんどくさそうな顔をする彼女の名は水瀬川みなせがわさつき


 英司が所属する2年1組の学級委員である。

 

 優等生タイプではなく、である。


 成績は中の上で、主体性はほぼ無く、教員をいつもめている。


 性格は良くも悪くも普通。


 特定の人物をハブくこともしないが、孤立している人に話しかけるほどお人好ひとよしでもない。


 担任から任される仕事は嫌そうな顔して渋々しぶしぶ引き受けるか、男の学級委員に丸投げ。


 学級委員らしいことはあまりしていない。


 そんな皐だが、顔はそこそこ可愛いくてスタイルもそこそこ良いため、皐に好意を寄せる男子は少なくない。


 なお、当の本人は絶賛ぜっさん恋人選定中。もちろん英司は選定外。


「なんでここに?」


「アンタの様子を見に来たの。浜岡はまおかの命令で」


 口調にとげを感じる。選定外の男など、1ミリも心配していなかった。


 ちなみに浜岡とは保体の男性教師で、英司と皐の担任でもある。柔道家よろしく体格が良くてめちゃくちゃ恐いが、女子に甘いことで有名だ。


 そのため、男子・女子ともに人気が無い。


「まったく、起きてるならさっさとクラス来てよ。おかげで貴重な休み時間がけずれたじゃん」


「いや、顎がまだ痛くてさ」


「そ。別にいいよ、どうでも。4時限目の途中で来てくれれば」

 

 じゃないと昼休みまた私が行く羽目になるんだからね。そうなったら絶対に許さない。顔にそう書いてあった。


 くるっと反転し、ベッドのカーテンを閉めずに出て行く。


 なんで学級委員になったんだろうか。


 いや、なんでんだろうか。


(多分、顔だな)


「はぁ……」


 授業の途中で教室を入る勇気は無いが、皐を不機嫌にする勇気はもっと無い。


 スクールカースト上位の女子に嫌われると、後々めんどくさい。


 じりじり痛む顎をあげて、英司はダラダラと保健室を出て行った。


 ※


 放課後になり、学校中に活気が溢れる。


 帰宅部の英司が教室を出ると、


「あ、英司」


 学校唯一の女友達が声をかけてきた。


 彼女の名は、登坂とさか優菜ゆうな。学校で1位、2位を誇る人気を持つ、前年度ミスコン優勝者だ。


 数多あまたの男に想いを告げられては、全て断っている猛者もさである。


 生まれてから一度も彼氏がいないどころか、噂では過去に一度も異性を好きになったことがないとか。

 

 なぜ優菜がこれほどまでに人気があるのか。

 

 とにかく可愛いからである。


 顔、性格、仕草、どれをとっても可愛いのである。


 隣の席になった男子諸君しょくんはもれなく心を奪われている。『優菜のことを好きになるのは、男子の誰もが通る道』とは誰が言ったか。


 そんなふうに言われるほどモテる。


 万人が可愛いと認める学校のマドンナ登坂優菜が、なぜ万人が地味だと認める各務英司の友達になったのか。


 それは未だ明かされていない謎である。


 高校からの出会いで、同じクラスになったことはない。


 お互いに部活も委員会も入っていないので、声をかけない限り絶対に近づくことは出来ない。


 なのに、二人で一緒に帰る仲である。しかも英司が誘われる側で。


 仲良くなったきっかけはよく覚えていないが、英司の記憶によると最初に声をかけたのは優菜の方だった。


 どうして声をかけてきたのか、英司は知らない。


「ねぇ、今から帰るの?」


「ああ」


「ちょうどよかった。一緒に帰ろ?」


 優菜の発言に、周りの生徒が注目する。一部の男子からは恨めしそうに英司をにらんでいた。


 高校1年の夏からずっとこんな感じなので、英司は動じない。


 高嶺たかねの花と仲良くしているため、『各務は登坂優奈にだけ話しかけられる異能を持つ』と揶揄からかわれたこともあった。

 

 今となっては懐かしく、かなり苦い思い出だ。


「いいよ」


「やった!」


 周りを一切気にせず、心の底から喜ぶ優菜。


 この鈍感さがあるからこそ、たくさん告白されるのだろうが……。


 自分がモテることをもう少し自覚してほしい、と思う英司であった。


 ※


「そういえば聞いたよ。同じクラスの穂高ほだかくんの膝が頭に当たって倒れたんでしょ? もう痛くない?」


 校門を出たところで、優菜が心配そうに英司の顔を見た。


 穂高とは英司の顎に膝を当てた、クラスで人気者のイケメンだ。実際、英司を心配する声よりも穂高をはげます声の方が多かった。割りに合わない。


「もう大丈夫」


 話しながら英司は顎を触った。ちょっとだけ痛い。赤くなった顎を、優菜はのぞき見る。


「顎にぶつかったんだね。一応、傷にはなってないみたい」


 顎に伸ばしてきた手を避けた。


「もう痛くないよ」


 触ればチクリと痛むが、強がった。でないと、触ってきそうで。


「そう、それならいいけど。今度から気を付けなよ? せっかくイイ顔に生まれてきたんだから」


「それ言うの、登坂だけだぞ」


「そうかな? 少なくとも、学年で一番かっこいいのは英司だと思うけどなぁ」


「本気で言ってるなら、男を見る目が無いな」


「えー、そんなことないと思うけどなぁ」


「いや、あるよ」


 英司はあくびをした。


 このところ、疲れが溜まっている。


 やればやるほど、新たな問題が発生する。


 解決する見込みは無い。進展も無い。


 まさに泥沼状態だ。


「あれ、寝不足?」


「ちょっとね」


「バイトのしすぎだよ」


「お金がいるんだ。一人暮らしだし」


「でも体を壊したら元も子もないよ?」


「平気平気。こう見えて丈夫なんだよ。それに、将来就きたい職業のアシスタントなんだ。無駄にならない」


 将来、就きたい職業とは雑誌の編集者だ。


 そこまで話したところで、最寄り駅の『旧相模原駅』に着いた。ここは高架こうか鉄道と地下鉄道が走っている。


「じゃあ俺、今日もバイトだから」


 英司は地下鉄へと続く階段を指差した。


「わかった。気を付けてね」


「ああ」


「じゃあね。また明日」


 疲れが吹っ飛ぶ笑顔で英司を見送った。


 ※


 旧相模原駅から4駅進んだ『第二新宿駅』で降り、地上に出るとすぐ目の前に40階建ての高層ビル『織部おりべセントラルタワー』がある。


 ここが英司のアルバイト先である。


 取材の申し込みや校閲こうえつ、その他さまざまな雑務を行うアシスタント、というのが表向きの内容だ。


 英司は、ビルに入る前にだらしなく着た制服を正し、赤・白・黒の3枚のセキュリティーカードを取り出す。


 荘厳そうごんなエントランスを通過し、1枚目の赤いセキュリティーカードを改札のタッチパネルにかざす。


 その後、誰も乗っていないエレベーターに乗り、エレベーターにあるタッチパネルに白のセキュリティーカードをかざしながら地下3階へのボタンを押す。


 地下3階につくと、すぐに青白い扉が現れる。生半可な爆弾では傷すら付けられない、強度抜群の扉。


 この扉の横にあるカメラ付きのタッチパネルに黒のセキュリティーカードをかざし、顔認証、指紋しもん認証を行ってはじめて現れるボタンを押す。


 カチャカチャカチャ、と何重ものロックが外れる音が止むと、自動で扉がゆっくり開く。


 目に飛び込んだのは、フロア4階分の高さがある天井、奥の壁に設置された巨大なモニター、飾り気のない無機質な部屋。その部屋の至る所に置かれた多種多様の機械や部品など。


 このフロアが英司の本当のバイト先であり、アハトの活動拠点アジトである。


 窓が無く、冷たい印象を受ける閉鎖的へいさてきなアジトを、英司はあまり好きではなかった。


 扉が閉まると同時に、高さ10cm弱の円盤型のロボットがウィーンとモーター音を鳴らしてなめらかにやってくる。


 英司の目の前で止まると、円盤の上からメイド服姿の女性がホログラムが映し出される。


「こんにちは、英司様。奥でお嬢様がお待ちです」


 ロボットのスピーカーから流れたのは、女性の声だった。


 この円盤型ロボットの名はエミーリア・アイゼンシュタット、製作者が愛を込めて『リア』と呼ぶ高性能AIである。


 23歳独身の優秀なドイツ人女性という設定で、趣味は絵を描く事と散歩。未だに処女で、恋愛に奥手らしい。


 他にも色々設定があったが、英司が覚えているのはそこまでだった。


 その設定にどんな意味があるのか、英司には全く理解出来なかった。


 とりあえず、自分をサポートしてくれる頼れるAIということだけわかっている。


 リアの製作者は、自身の作ったモノに過剰な設定をつけたがるのだ。曰く、「設定を付与することで魂が宿る」とのことだった。


 AIのくせにやたらと後ろを気づかうリアのあとをついていくと、巨大なモニターとパソコンのディスプレイを交互に見ながら忙しなくキーボードを叩く女子高生が見えた。


 その女子高生はリアが伝えるより早く手を止め、椅子をくるっと回転させて英司の方へ向く。


「遅かったわね」


 抑揚よくようも感情も無い声。

 

 リアよりも冷たい声をしているその少女の名は、織部おりべりん。若干16歳ながら、巨大企業『織部グループ』のトップを務めている。


 容姿・頭脳ともに世界トップレベル。


 特に頭脳は世界に名を轟かせ、後世に名を残せるほど素晴らしい。


 彼女がいるのといないのとでは技術の進み具合が全く変わってしまう。


 『発明女王』と呼ばれるほど様々な機械を作り、たくさんの特許を持っている。


 もちろん金は使いきれないほど持っており、生まれてから物やお金に困ったことはない。


 素晴らしい人物なのだ。


 なのだが―――


「……」


 英司は凛の恰好かっこうを見た。


 一回りサイズの大きい長袖のTシャツに、もう少しで下着が見えるくらいのショートパンツ。どれも安物だ。


 ファッションには限りなくうとい。


 なぜならば、外に出ることがないからだ。


 このフロアからは滅多めったに出ないし、出ても自宅に帰るだけ。しかも乗る車はリムジン。運転手はリア。つまり自動運転だ。


 欲しいものは自動的にこのフロアに届くようになっているし、趣味も武器・防具作成とフロア内で済むものだ。


 作ったモノのテストはアルバイトの各務英司に頼み、凛はモニターで確認するだけ。テストに立ち会うことはほとんど無い。外に出るのを極端に避ける。


 地下の部屋に引きこもってひたすら兵器やシステムを開発しまくっている。


 織部凛とはそういう子なのだ。


 一応高校に入っているので女子高生ではあるのだが、学校には一度も行ったことがない。


 でも留年にはならないらしい。


 ついでにいえば、中学も行ったことがない。小学校は4年生の夏休みを機に不登校になった。理由は、行く意味を感じなくなったのと、教師が口うるさいから。


 少し角度を変えればイケナイモノが見えそうな凛から、英司は目をらしつつ言う。


「いつも通りだろ」


「いいえ、いつもより5分遅いわ。この子と一緒に帰るときはいつも5分遅い」


 凛はエンターキーを押す。すると巨大なモニターに英司と優菜の下校シーンがでかでかと映し出された。かなり恥ずかしい。


「俺にもプライベートくらいはあるんだぞ」


 ”第二東京都は『織部建設』で出来ている”


 そう言われるほど、織部が街並みを作っていた。もちろん、監視カメラも含めて。


「もちろん。でも伝えたはずよ? 今日は早急に来なさいって」


 淡々と詰める凛。


 容姿は完璧かんぺきなのにいつになっても浮ついた話が出ないのは、このように性格と愛嬌に問題があるからだろう。


 あと、単純に出会っていない。


「……リア、第二の至る所にある監視カメラをこんなふうに私的に利用していいのか?」


「ちょっとした遊び心です」


「遊び心で済ませられるものじゃないだろ……。彼氏ができたら大変だな」


「ま、もし私に彼氏ができたとしたら、その人は浮気出来ないね。私の持ちうる全ての技術で人生を監視するから」


 人生って……。


「……冗談。それに、私にそんな日が来るとは思えないし」


「英司様なんていかがでしょう?」

 

 勝手にリアが推薦すいせんし始める。


「お似合いだと思います。離婚する可能性も、今まで会ってきた男性の中で一番低いですし」


「何パーよ?」


「98%です」


 っけ。


「それ、ほとんど離婚するじゃない」


「他の男性だと全員100%です。もちろん、全てお嬢様の方から離婚を告げるという予測です。そう考えたら2%は大きい数値です」


「勘弁してくれリア。例え100億渡されたとしても、凛となんて結婚しないぞ。精神が病む」


「こっちから願い下げ…………というか、そんな話をするために呼んだんじゃない。リア」


 すると、英司の右斜め後ろの辺りがパッと明るくなる。


 現れたのは、機動鎧『アハト』とアハト用の新兵装だった。両肩、両足、背中にブースター装備されている。

 

「これは?」


「スカイランナーのように空を自由に飛べる新兵装。その名もスカイウォーカーパックよ」


 英司が相槌あいづちを打つ前にリアは語りだす。


「自由に空を飛べるっていうのは前から構想していたし、設計図も9割完成していたんだけど、生み出せたのはスカイランナーのおかげかな。彼がいなかったら実現する意欲がわかなかった。だから彼には感謝しないと。おかげで昨日から一睡いっすいもしていないのよ」


 いつも無表情な凛が嬉々としている。


 眠そうな顔はおろか、クマ一つない綺麗な顔色だ。むしろ興奮しているため頬がやや赤い。


 凛が何かしらの感情を発するときは、大抵自分の作ったモノを説明するときである。そして自分の作ったモノの凄さを聞いてもらいたいのである。


 リアを作った理由も、話し相手—――聞いてくれる人が欲しかったからだ。


 英司も友達は少ないが、凛はもっと少ない。というか、いない。


 英司との関係はビジネスパートナーで、それ以上でもそれ以下でもない。


 自分の探していた人物にピッタリだったからというだけ。もし反乱を起こされても容易に排除できるで孤独な高校生を探していたところ、各務英司がいた。


 それだけの話だ。特別な感情は微塵みじんもない。


「へぇ」


 英司は適当に相槌あいづちを打ちながら新兵装に近づき、説明を遮るように質問した。


「これ、何分飛べるんだ?」


 一瞬、嫌な顔をするが、真面目な質問とわかるとすぐに真剣な顔となる。


「今日実験した限りでは10分32秒58、スカイランナーになれるわ。もちろん、彼より速度は出ないけど」


「だからなのか」


「そうよ。悔しいけど、今の技術ではこれが精一杯」


「ま、10分飛べれば十分だ」


「一応、燃料を使い切ったあとはパージできるようになっているから、戦闘の邪魔になるってことはないと思う」


「なるほどね」


 英司の本当のアルバイト、それは世の中の犯罪者、特に異能犯者を叩き潰すこと。


 英司と凛は、思想は違えど犯罪者がのうのうとデカい顔をしているのが気に入らないという目的は一致し、行動を共にしている。


 英司も凛も大切な人を犯罪者に奪われた過去があり、それに対する怒りを他の犯罪者にぶつけているだけで、自分たちが正義に属しているとは微塵みじんも思っていない。


 結果的に、世の中の『悪』と分類される人と対峙しているだけ。


 そこに正義はない。


 あるのは底知れぬ怒りと自己満足のみ。


 一応アルバイトという以上、英司は凛から社会人1年目に相当する給与と手厚い住宅手当を振り込んでもらっている。


 おかげで英司は高校生にも関わらず、不自由無い一人暮らしとそれなりの貯金が出来ている。


「今日装備するかもしれないから、ここで試運転していきなさい」


 凛は透き通るように白い指で地面をさす。この白さは、引きこもりの賜物たまものである。


 地下3階の下は、フロア4階分の広さを持つ訓練場がある。エントランスのエレベーターからでは行けず、巨大モニターの横にある隠しエレベーターから行ける。


「そうだな。アハトを出してくれ」


 英司の呼びかけに機械が反応し、地面からアハトが入ったボックスが飛び出す。


 この黒を基調としたアハトに、違和感を覚える。


「ん? ……あれ? お前これ、2号機じゃないか?」


「ええ、そうよ」


 まし顔の凛。


 2号機とは一つ前の鎧で、現在英司が装着しているのはアハトは3号機である。


 どちらも黒を基調としているが、3号機の方が少しだけ背が高いのと、ヘルメットがスラッとしている。


 スカイランナー戦で使っていたアハトは3号機である。


「3号機は?」


 凛がパチンと指を鳴らす。

 

 アハト3号機が収納されたボックスが2号機同様、地面から現れる。


「…………」


 英司は絶句した。


 昨日のスカイランナー戦と謎の男の襲撃でそれなりに傷ついていたアハト3号機が穴ぼこだらけになっていた。


「スカイウォーカーを作るときに部品が足りなくてね。3号機から調達したよ。ちょうど壊れていたしね」


 悪びれずに言ってのけた。


「凛、お前……」


 凛をにらむ。


 2号機は3号機よりも装甲が薄く、稼働時間も短い。

 

 駆動系ももろいので、無茶な使い方をするとすぐにスーツの動きが鈍くなる。


 実際、次第に洗練されていく英司の動きに2号機がついてこれなくなり、最後の方は英司の動きによるスーツの破損でピンチにおちいる事態も起きた。


 それでも1号機と比べたらだいぶ進歩したほうなのだが。


 そもそもアハト自体、まだ試作段階を抜け出せていない。


 問題が山積みで、型番を重ねるごとにパワーアップというより、問題点を無くしているという状況だ。


「まぁ、この2号機だってただの2号機じゃないよ。少し改良したものだ。いうなれば、2号機改かな」


「どこらへんが?」


「デザインとか」


 わき腹をあたりを指差す。


「ほら、こことか前は赤色だったけど、銀色になっているでしょ?」


「どうでもいいところじゃねぇか」


「あとまあ、駆動系が3%、電撃に対する耐久が6%上がったかな」


「ほとんど変わらないじゃん」


「はぁ? これだから無知は嫌いなのよね。重さを変えずに駆動系を強化するのってどれだけ難しいか知らないんだからさ。というか、つべこべ言わずにさっさと乗りなさい。雇い主は私よ」


 逆ギレし始めた。


 こうなるともう何を言っても無駄だ。


 英司は溜息をつきながら、いつの間にかにスカイウォーカーパックが装備されたアハト2号機に近づく。


「夜までにモノにしなさいよ。今夜は2号機で出るんだから。というか、新しいアハトの作成に取り掛かるから、当分は2号機で出てもらうわよ」


「そんなに死んでほしいのか?」


「死なないために強化装備を作ってるんじゃない」


 結局、凛は復讐者である前に技術者なのだ。創作欲に打ち勝てはしない。


「後付けするなよ……」


 ぼやきながら、アハト2号機の胸のマークに右手をかざす。


 するとアハトの前面が開く。そこに体を収めると勝手に前面が閉まり、アハトが装着される。地味だが、とても簡単だ。


 装着しようと英司が一歩前に出たとき、リアが2人を呼ぶ。


「お嬢様、英司様。〇に×を重ねたマークが、半殺しにされた人間とともに見つかりました」


 英司と凛は息を呑んだ。


「……どうやら、テストしている暇はないようね」

 

「ああ」


 英司の目が鋭くなる。


「昨日の屈辱くつじょくを晴らすいい機会だ」 

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