異能渦巻くこの世界で、無能力者は鎧を纏う

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第1話 夜空の追走

 真夜中、『第二東京都』にある世界有数の美術館『新東京美術館』では侵入者を知らせるサイレンが鳴り響いていた。


 パリンッ!!!


 白亜はくあの美術館のまど豪快ごうかいに割って出てきたのは、空飛ぶ怪盗だった。


 マッハに近い速度を出して夜空を突っ切る怪盗は、手にした宝石をながめながらニヤリ自分にう。


「楽勝だったな。世界でも一、二をほこる厳重な警備も、俺のスピードの前では無いようなもんだ」


 追手がいないことを確認した自称じしょう『怪盗スカイランナー』は、飛行速度を緩めながら仰向あおむけになり、星明りに宝石を照らす。


 今にも吸い込まれそうな星空と、その光によってきらめく翠緑すいりょくの宝石、そしてそれを見事盗んだ自分のにうっとりした。


「これで俺は世紀の犯罪者だ。明日は俺の話題で持ちきりだ」


 つぶやいた彼の目には、過去に自分の異能を笑った人々の顔が浮かび上がっていた。


 もう二度とチンケな異能だと言わせない。


 馬鹿にした奴らを見返し、世界の頂点に立つ。


 きらり、星がまたたく紫の夜空を流れ星が縦断した。


 綺麗きれいだ、そう思った瞬間―――


「っ――――」


 極太の電磁でんじレーザーが目にも止まらぬ速さで上空を突き抜けた。


「なっ⁉」


 後ろを振り向くと、下半身にブースターを装備した人型のよろいもうスピードでやってきた。両手に備え付けられている巨大なレールガンの銃口じゅうこうが、こちらに向いている。


「出たな……!」


 スカイランナーはすぐに正しい飛行姿勢をとり、加速する。


(ブースターは左右の移動に弱い。複雑な軌道で飛行すれば、すぐにけるはずだ)


 左に曲がろうとしたその時、電磁レーザーが鼻先をかすった。


「ちっ……!」


 間一髪のところで直撃を避ける。


 今度は右に、と体を傾けた瞬間、右肩に電磁レーザーがかすった。


「くそっ」


 右肩にしびれを覚える。


 その後、ことごとく進行方向をレーザーに邪魔される。

 

 行動が予測されていた。


「やるな『アハト』。ヒーロー気取りのキチガイが……!」


 綺麗な飛行姿勢を保ちつつ、後ろを見る。


 下半身に巨大なロケットブースターを備えたアハトが、先ほどよりも大きくなっていた。確実に距離を詰めている。


 またレーザーが放たれ、左腕に掠る。しびれで宝石を落としそうになるが、なんとかえた。


 じりじりと距離をめる無機質な武装した鎧に、スカイランナーはあせりと恐れを感じ始めていた。


 ※


 機動鎧きどうよろい『アハト』を装着した各務かかみ英司えいしは、想像以上に重いGに耐えながら必死にブースターの出力を上げつつ、両手に装備した二対の巨大なレールガンをAIの予測に従って撃っていた。


 その予測がことごとく的中しており、スカイランナーの進路を邪魔している。


 標的との距離は着実に近づいている。


 ヘルメットのスピーカーからりんとした女子高生の声が聞こえた。


「いい感じね。15億かけた価値はあった」


 15億円といえば、一般人の生涯年収の約6倍だ。


 この額を、二流以下の異能犯罪者の捕縛ほばくにかけていることとなる。


 ちなみに15億円とは、スカイランナーを仕留めるための追加装備にかかった費用のみ。


 AIや機動鎧『アハト』の金をふくめれば少なくとも2倍以上はする。


 追加装備の内訳は、ステンレスだろうと焼き切るレールガン。


 直進のみで左右に曲がられると簡単に振り切られるが、マッハ3を超える速度を出せるロケットブースター。


 背中に備えられた、生半可な異能者ならすぐに気絶させられる電磁ミサイル。


 腰に装備された、異能者を電磁結界でんじけっかいに閉じ込められる特殊アームだ。


 準備をするのに時間と手間と金がかかる問題も、スカイランナーが予告状を出してから盗むというキザな行為のおかげで、容易に解決できた。


「AIの予測も怖いくらい当たっている」


「AIじゃなくて『リア』。しっかり呼びなさい」


 自分の作ったAIに、名前と特殊な設定を付ける極めて気持ち悪い趣味しゅみを持つ女子高生の声を無視し、追撃に集中する。


「わかっていると思うけど、スカイランナーに直撃させないでよ」


「死ぬからか?」


「宝石が粉々になるからよ」


 悪党の命なんてどうでもよい。大事なのは、悪党をのさばらせないこと。そして、出てきた悪党に罰を与えること。


 それをモットーに生きている少女らしく、冷淡な口調で続ける。


「あの宝石、最低でも30億はするわ。粉々にしたらあなた、人生15回分の借金を背負うわよ。一生、私の社畜ね」


「嫌な話だ」


 言いながらレールガンを照射。見事スカイランナーの進行方向をさえぎる。


 あと少しで電磁ミサイルの射程距離内に入る。


 これならいける―――と思うや否や、少しずつ距離が離される。


「どうやら、本気になったようね」


「らしいな」


 スカイランナーは明らかに全力を出していた。英司も負けじとブースターを最大出力にする。


 強烈なGが体全体にかかり、視界がせまくなる。


「ぐっ……!」


 それでもスピードを緩めない。


 一度スピードを緩めたが最後、もう二度と追い付けない。


「電磁ミサイル射程距離内まであと50m」


 今度はやや電子音っぽい女性の声。この声こそ、先の女子高生が『リア』と名付けたAIである。主にナビゲートと戦闘アシストを担当する。


 はっきりいって、戦闘中はリアだけでいい。女子高生わがままな雇い主はいらない。うるさい。


「撃つ余裕よゆうがない。タイミングはリアに任せる」


 レールガンをぶっ放すのとどんどん重くなるGに耐えるので精一杯だ。


「撃つのはあなた様の役目です」


 声音はいつも一定で事務的。だが、不思議と人間らしさを感じる声である。何も知らずに聞いたら、まず間違いなく人間だと思うだろう。


「権限がないのか」


「はい」


 思わず舌打ちする英司。雇い主である女子高生は、たくさんの”モノ”をつくるというのに、結局一番に信頼するのは人間だ。


 しかし、ボヤいてもいられない。


「10m間隔でカウントだ」


「了解しました」


 ヘルメットに警告音が鳴り響く。タイムリミットが近づいている。


「ブースター残量、アンダー30。持って2分です」


 残り2分以内に捕まえられなければ、エネルギー切れとなって失敗である。


 英司はさらに速度を上げた。


 だが、スカイランナーとの距離は一向にちぢまらない。さすがは異能、現代の科学技術を優にえてくる。


「おい」


 英司は雇い主に問う。


「目的と宝石、どっちが大事だ?」


「目的」


 間髪かんはつ入れずに冷たく答えた雇い主。


 その答えを聞くや否や、英司は左のレールガンを牽制けんせいしながら、右のレールガンを力強く握りしめる。


「出力最大。奴のあしを吹き飛ばす」


「了解」


 1秒とかからずスカイランナーの両脚に照準が合わさる。


 トリガーをしぼると、ゴウッ、という轟音ごうおんとともにレールガンから一筋の黄金が放たれた。


「ぐあっ……!」


 寸でのところで直撃はけられたものの、電磁レーザーが右肩を焼いた。


 スカイランナーの体が左右に大きくブレ、スピードが低下する。


 英司はそのすきを逃さず、両手を狙って射撃。


 スカイランナーは痛みに支配されつつある脳を気合で管理下に置き、かろうじて回避行動をとる。

 

 なんとか直撃を避けられた。体のかじはまだ手放していない。


 だが、スピードまでは取り戻すことはできなかった。


「40、30」


 リアのカウントが英司の心拍数しんぱくすうをあげる。


「20、10」


 トリガーにひっかけた左の人差し指に緊張が走る。


「――—―――0」


 カチッ!


 ゴウッという爆音とともに、アハトの肩とバックパックに装備された電磁ミサイルが煙を放射して飛び出る。


 それと同時に二対のレールガンと空になったミサイルポッドを切り離し、さらに軽くして加速。


 様々な弾道を描きながら、凄まじいスピードでスカイランナーとその周りに展開し、爆発した。


「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 電撃の爆風に包まれたスカイランナーは、喉がはち切れんばかりの断末魔だんまつまをあげて空中で止まり、死んだように垂直に落下していく。


「まだ死なれちゃ困る」

 

 最大加速を維持したまま、英司は左右の腰に備えられた特殊なアームを起動。アームの先から放たれる電磁がスカイランナーを囲む。


「電磁結界、出力安定。確保完了しました」


 正八面体の電磁結界に閉じ込められたスカイランナーを見て、英司はほっと一息ついた。


「こちらアハト、任務完了だ」


「宝石は?」


 悪寒おかんが走る。


 目視で確認するより早くリアが、


「現在、ターゲットは持っていません」


 無慈悲に伝えた。


「お、おい!」


 叫び、弁明する。


「待ってくれ! ミサイルを打つ前はまだあったはずだ。無くなったのはミサイルの電撃に巻き込まれてから回収するまでの間だ。なら、電撃で粉々になったって可能性もあるだろ?」


随分ずいぶんしゃべるわね。……リア」


 創造主の呼びかけに、はい、と律儀りちぎに応答する。


「映像を確認した結果、ミサイルの爆風に巻き込まれて意識を落としたときに、手から滑り落ちました」


 丁寧な口調で、これまたご丁寧に映像まで出して説明した。


「拾ってきなさい」


「え、俺が!? 俺はコイツを届ける役目が―――」


「自動操縦で目的地までたどり着ける。むしろ、あなたがいなくなることで軽くなり、燃料に余裕よゆうが出るわ」


「お前が作ったドローンを回収に行かせればいいだろ! 高性能なアレでよ。AIもあるみたいだしさ。それに明日学校で、朝早いんだよ」


「命令よ」


「不登校のお前には―――」


「リア、パージ」


「かしこまりました」


 否応無しに、アハト装着した英司をロケットブースターからパージした瞬間、ロケットブースターが突然爆発した。


「うわっ!?」


 爆風に巻き込まれた英司は、何が起こったか理解できないまま吹っ飛ばされる。


 アハトに飛行機能は無い。


 英司は、勢いよく落下していく中で、スカイランナーが誰かに抱きかかえられているのを見た。


「ぐあ……!」


 爆発の衝撃により、英司は地上に激突。


 アハトを装着していたのと地上の広葉樹のクッションのおかげで致命傷を負うことはなかったものの、鈍い痛みが背中に走った。


背部損傷はいぶそんしょう、耐久力アンダー40」


 リアが状況を淡々と報告した。


「大丈夫!?」


 めずらしく取り乱した声を出した雇い主。


「大丈夫ではないな……」


 とりあえず立ち上がろうと体に力を入れる。


「不具合発生、立てません」


「なにっ!?」


 足に力を入れるが、ギギギと駆動系が悲鳴を上げるだけで足は全く動かない。


「原因はおそらく、先ほどの墜落ダメージによるものと思われます」


「なんとかならいのか!? 敵が近くにいるんだぞ!」


「いま、修復します。少しお待ちください」


「待ってられるかよ……」


 全身から冷や汗が止まらない。


 とりあえず上半身は少しだけ動くので、上体を起こす。


 目の前では、さっきまで装備していたブースターがメラメラと燃えていた。


 炎は徐々に辺りの木々に移り、やがて火の海になる。


(そういえばスカイランナーはどうなった……?)


 やがて燃え盛る炎の真ん中から、細長い影が英司の方へゆっくりと向かってくることに気付いた。


 敵なのはわかった。


 おそらく一人。先ほどブースターを破壊した奴に間違いない。


 体を動かそうとするが、びくともしない。せっかく腕に仕込まれた隠し銃も、腕が動かせないので使えない。


 万事休ばんじきゅうす。


 黒い影が近づくにつれ、人間が浮かび上がってくる。


 右手に日本刀、左肩にスカイランナーを抱えている。背丈はおそらく180㎝弱。


 フードを被っているうえに能面までしていて顔が見えない。


「君がうわさに聞く異能者狩りだね」


 やや高い男の声だった。


 英司は黙ったまま、男を見る。


 —――られる。


 そう思うわりに、英司の心はひどく冷静だった。


「答える気はないか。警戒されているな。僕は今日、君と戦いに来たわけではないのに」


 スカイランナーを地面に置き、左手を英司の頭に伸ばす。


「君の素顔を見ておきたい。今後のために」


「やめたほうがいい。電流が流れるぞ」


 忠告ちゅうこくしたにもかかわらず、男はヘルメットに触れる。


 ビリリと電流がほとばしり、男の左手の指先に直撃した。


「へぇ……」


 しかし、男の手には傷一つ付かなかった。


 常人ならば指どころか手がげてもおかしくない。


 並々ならぬ異能者だ。


「本当のことだったんだ。正直者なんだね」


 男は左手を引っ込め、再びスカイランナーを左肩に乗せる。


「まぁいい。今日はスカイランナーと接触することが目的だったしね。君に会えたのは嬉しい誤算だったけど」


「おかしい」


 女子高生は男の発言に反応した。もちろん、女子高生の声は英司にしか聞こえない。


 確かに、男の発言はおかしい。


 スカイランナーが出した予告状を知る者は、英司と英司の雇い主である女子高生、美術館の一部の人間と警察関係者のみだ。


「どうして知っている?」


 英司がたずねた。


「色々とね。素顔を見せてくれたら、話してあげるよ」


「……」


「ま、今日はここで引き返させてもらうよ。本当なら、仲間のためにも目的のためにもここで君を殺すべきなんだろうけど、本調子でない君を殺すのは正しい道じゃないから」


 男はきびすを返す。


 ロングコートの背中には、〇に×を重ねたマークがペイントされていた。今までに見たことのないマークだった。


「出来れば、邪魔をしないでくれると助かる。僕は、異能者が安心して暮らせる世界を築きたいだけだから」


 そう言い残し、フードを被った男は炎の中へと消えていった。

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