第3話 大切な人だから

 

 あの事件の後、その場にいた生徒が先生を呼んだことにより、俺たちはその場でかなり怒られてしまった。


 俺以外手を出していない、と言う理由から俺だけ職員室で説教を受けた。


 職員室から解放された時には、もう入学式は終わっていた。


 職員室を出て、スマホを見ると通知がすごいことになっていた。


 親から怒りのLINE。中学の同級生から心配のLINE。そして、れいかからのLINE。


『下駄箱で待ってるから』


 れいかからの、メッセージを見て俺は下駄箱に向かった。


 下駄箱に着くと、れいかが待っていた。


 れいかは、スマホを見ていて、こちらに気づいていなかった。


「ごめん、待ったか?」


 俺が話しかけると、れいかは俺の方を勢いよく振り向いた。


 そして、れいかは泣きそうな顔をしていた。


「……待ったよ…」


 かなり、心配していたようだ。


「わ、悪い…。心配…させちまったようだな…」


 れいかを“守る„ために、常に一緒にいたのに。


 れいかを“守る„ために、格闘技を習ったのに。


 俺はれいかを泣かせてしまった。


 俺が下を向いていると、れいかはそっと口を開いた。


「……大丈夫。私には、わかるよ……」


 俺は、れいかの顔を見た。


 れいかは笑っていた。


「だって、“幼馴染„だから」


 そう言うと、れいかは一歩近づき耳元で囁いた。


 ”助けてくれて、ありがとう„


 一気に顔が赤くなるのがわかった。


 い、今のはずるい…。


「さ、帰ろ」


 れいかは、ニコッと笑い靴を取りに行った。



 まだ、耳元にれいかの声が残っている感じがして、少し耳がくすぐったかった。



 2人は、靴を履き学校を後にした帰り道。


「あ、そういえば、同じクラスだったね」


「あぁ、言い忘れてたな。そういえば」


 れいかに絡んでた不良を退治するのに専念しすぎて、完全に忘れていた。


「まぁ、ほんとよかったよ同じクラスで」


「だな、これで休み時間のたびに移動する手間がなくなった」


「ほ、本気でするつもりだったの!?」


「あたりまえだ」


 少し食い気味に答えてやった。


 れいかを見ると、呆れた顔をしながらも、少し嬉しそうだった。


「……で、職員室で何やってたの?」


「あぁ。事情聴取と、反省文を書いてた」


「え、何枚書かされたの?」


「20枚ぐらい」


「…そりゃ、時間かかるわ」


 さらに呆れるれいか。


「でも、いきなり謹慎とかにならなくてよかったね」


「確かに、笑えるようで、笑えんな……」


 いや、ほんとに。母さんになんて言われるか…。


「クラスに、中学の頃の友達はいたか?」


「あ、えりちゃんがいた」


「げ、あいつ苦手なんだよなぁ…」


 長谷川えり、れいかの数少ない友達の1人だ。


 頭が良く、この高校に入るために勉強を教えてくれた恩人だ。


 俺たちが、高校に入れたのは半分長谷川のおかげである。


 そんな恩人の事が、俺は少し苦手なのだ。


 なんて考えていると、れいかがじーっと見ていた。


「な、何だよ…」


「………はると、えりちゃんと何があったの…?」


「い、言えない…」


 長谷川とあったことは、れいかには言えない…。


「……ふーん」


 な、何か怒ってる!?


「べ、別にやましい事があった訳じゃないぞ!!」


 必死に説得するも、逆効果だったかもしれない…。


 長谷川にも、れいかには話すなと言われているし、仕方ない…。


「……まぁ、いいや。今日私の家で、入学祝いするのは聞いてる?」


 俺が困っているのを見て、察したのかれいかは話を変えてくれた。さすが、幼馴染である。


「あぁ、聞いてるぞ」


 入学式が終わったら、不知火家で入学祝いを兼ねたパーティーをする事が、決まっていた。


「このまま制服で、家くる?」


「いや、一回帰ろうかな。荷物置いたらすぐ行くよ」


「わかった。お母さんに連絡しとく」


 れいかがLINEで連絡をしていたので、俺もスマホを見る。


 母さんからのLINEが溜まっていた。


「やば、母さんからのLINE忘れてた…」


「何て来てたの?」


 れいかが俺のスマホを覗き込む。


 LINEの内容は、最初の方は心配をしていたが、だんだんイラついて来たのか最後の方は完全に怒りの文章になっていた。


『……家に帰ったら覚えておきなさい。 By怒りの母』


 これが最後のLINEだった。


「うわ、家に帰りたくねぇ……」


 怒りの母って自分で言っちゃてるし……。


「フフ……私も一緒に行って、入学式であった事説明するよ」


「ほんとか!?…助かる……!」


 これからは、れいかじゃなくてれいか様とお呼びしようかしら。


「……助けてもらった側だし、あたりまえだよ」


「そうか!ありがとう恩に着る…!」


「これで、貸し借りなしね!」


「それ目当てかよ」


 貸しを作るのが嫌だったらしい。


「あ、そういえば、学校の近くに美味しいケーキ屋さんあるらしいよ」


 れいかは思い出したのか、話を変えた。


「お、今度行ってみるか」


「うん、絶対行く!」


 甘いもの好きのれいかは即答だった。


「…あ、着いちまったな」

 

 たわいもない会話をしていたら、もう家に着いてしまった。


「ちょっと待ってて、荷物置いてくる」


「わかった」


 れいかは小走りで自分の家に向かっていった。


「お待たせ」


 数秒で、れいかが戻って来た。


 隣がれいかの家なのですぐだった。


「さ、行こ」


「あぁ」


 2人で、ドアの前に立ち、俺がドアに手をかけたところで手が止まった。


「なんか、緊張しちまうな…」


「何でよ。自分の家でしょ?」


「…RPGのラスボス前的な緊張感があるんだよ」


「……それ、はるとお母さんのことを、ラスボスって言ってるようなもんだよね……」


「すぅ……はぁ………。よし、入るぞ」


 深呼吸をし、心臓を落ち着かせる。


「うん…」

 

 れいかも少し緊張しているようだった。


 俺は、勇気を振り絞りドアを開けた。


「ただい—————ぐわぁッ!」


 一瞬だった。


 格闘技を習っていた2人でも、見えないほど速かった。


 俺は今、殴られたのだ。しかもグーで。


 俺の体が、吹っ飛ぶ。


 そして、母さんが鬼の形相で口を開いた。


「あんた!何してたのよッ!連絡くらい寄越しなさいよッ!」


 一瞬の出来事で、呆気に取られていたれいかが必死にフォローする。


「あ、あの!はるとお母さんッ!聞いてください、これには深いわけが……」


「あんた!今日という今日は許さ……ハッ!…あら、れいかちゃんじゃないの〜」


 すると、れいかの存在に気づいた母さんは、鬼の形相からいつもの母さんに切り替えていた。


「イテテ……」


 俺は3メートルくらい吹っ飛ばされていた。


 頰が痛い……。普通息子の顔面殴るかよ。


 俺が、立ち上がると母さんは口を開いた。


「それで、深いわけって何かしら」


「えっと私が話しますね…」


「あ、その前に家に入りなさい。玄関で話すことじゃなさそうだしね」


 そう言い、母さんはリビングの方に歩いて行った。


 俺たちは、靴を脱ぎ、リビングに向かった。


 れいかと俺が、リビングに着き、椅子に座ると母さんは人数分のお茶を持って来た。


 そして、母さんは口を開いた。


「で、何があったのかしら」


 母さんの顔が真剣な顔に変わっていた。


 これは、正直に話した方が良さそうだな。


 俺たちは、入学式であったことを正直に話した。


「なるほどね〜。よくやったわね!はると!」


 母さんは俺に向かって、グーサインをした。


 母さんは、不良を殴ったことを怒らなかった。


「あれ、怒らないの?」


 驚いた俺は、思わず聞いてしまった。


「あら、“幼馴染の彼女„を守るためにしたことでしょ?怒る必要がないわ」


 あれ、この人ふざけてる?


 れいかを見ると顔が赤くなっていた。


 そして—————


「か、彼女ッ!?」


 ボンッ!


 れいかは、燃え始めた。


「母さん!余計なこと言うなよ!」


 なんかこれ朝もやったような……。


(フフフ…この子たちが付き合うのも時間の問題ね…)


 母さんは不敵な笑みを浮かべていた。




 それから俺たちは予定通り、不知火家に来ていた。


 俺の父さんは仕事のため残念ながら、不参加となった。


「「「入学おめでとう!!!」」」


 カチーンッ!


 親たちのグラスの音が鳴り響く。


 宴会が始まり、親たちはお酒も回り、絡みがだるくなってくる時間帯になった。


「……はると、部屋行こ」


 れいかが、近づいて耳打ちをしてきた。


 …今日は、耳がくすぐったい日だな。


「……わかった。そーっと行こう」


 れいかは、頷いた。


 俺たちは、盛り上がる親たちの後ろを、ゆっくり離れていった。


 れいかの部屋は2階にあるので、階段を登る必要があった。


「……音でバレないかな」


「わ、わからん…」


 でも、もう行くしかなかった。


 れいかが階段を1段登ると、


 ミシッ


 と音が鳴った。


「あら、どこに行くのかしら?」


 即、母さんにバレてしまった。


「……れいかの部屋に行くんだよ」


 俺は、少し照れながら答えた。


「あら、お熱いわね〜。」


 れいかのお母さんもニコニコしながら、からかってきた。


「……ママ、からかうのはやめて」


 れいかは呆れた顔で、言った。


「ハイハイ、はるとママが帰る時になったら呼ぶから、ゆっくりしなさい〜」


 母さんもニコニコしながら、手を振っていた。


 奥で、れいかの父親が「娘はまだやらん!」とか言ってるし。


「………はぁ」


 れいかは深いため息をついた。


 れいかも大変なんだな……。


 盛り上がる親たちを尻目に、2人は、階段を登り部屋へ向かった。


 部屋に入ると、れいかは申し訳なさそうに、口を開いた。


「……床でごめんだけど、どこでも座って」


「……あぁ、わかった…」


 れいかの部屋は片付いていた。


 にしても、年頃の男女が2人きりって……今更だけど。幼馴染じゃなかったらドキドキして、落ち着かなかったぞ…。


 れいかは、俺の前に座った。


「………」


 部屋に沈黙が流れる。


 気まづい雰囲気の中、れいかは口を開いた。


「……はると、私の話を聞いてもらってもいい?」


「ああ」


 俺は頷く。


「何ではるとは“あの時„助けてくれたの?」


 あの時とは、恐らく今日のことだろう。


「あぁ。そりゃ、幼馴染が不良に絡まれてたら、助けにも行くだろ」


 れいかは首を横に振った。


「違う、もっと前のこと」


「前のこと…?……悪い、いつの話をしているんだ?」


 あの時としか聞いていないから、いつの事かさっぱりわからなかった。


「私たちが、小学校の時だよ」


 れいかがそう言うと、場の雰囲気が変わった。


「……れいかが、保健室で過ごしてた時か?」


「………うん」


 俺たちが小学校の頃……れいかは、火のコントロールが完全に出来なかったため、学校のほとんどを保健室で過ごしていた。


 そんなれいかを見て、俺は、授業の間の休み時間のたびに、れいかに会いに行っていた。


 『れいかを1人にしてはいけない』


 この時の俺は、そう思い、会いに行っていた。


 別に誰かに言われたわけではない。自分の足で向かっていた。


 だって俺は、れいかの“幼馴染„だから。


「……助けた訳じゃないぜ」


「え?」


 れいかは驚いていた。


「俺は、会いに行っただけ、仲のいい幼馴染に………?」


 俺は、考えた。


 『れいかを1人にしてはいけない』


 その使命感で動いていたのかもしれない。でもそれは、れいかの幼馴染だから動いていたのか?


 いや、違うあの時の俺は幼馴染という理由から動いていた訳じゃない。


 俺は、ハッとした。


「………そうか、わかったよ。れいか」


「………はると?」


 あの時の俺は、れいかの幼馴染だから、動いていたんじゃない。


「……れいかは“大切な人„だから………。大切な人を俺は守っただけだ。」


 あの時の俺は、を守るために動いていた。


 それは、今も変わらない答えだった。


「アハハ!何それ〜」


 れいかは、笑った。


「……おい、そんなにおかしい事言ったか?」


 結構真剣に考えたんだけどなぁ。


「そうか〜大切な人か……」


 れいかは立ち上がり、後ろを向く。


「……私」


 そして、こちらに振り向いた。


「はるとが、幼馴染でほんとによかった!」


 れいかは、ニコッと笑った。


 それを聞いた俺は体は燃えるように熱くなった。





 


 














 





 

 

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