第14話 六月
絹糸のような銀の雨が、さやさやと降り注ぎます。
窓の内、にび色の空を見上げながら、王様は淡く唇を開きました。何か言いたいわけではありません。ただこんな日は、心までしとしとするのです。
一方の床屋も、いつになくそわそわしていました。普段の手際の良さもどこへやら、王様の頭を見つめて何かじっと考え込んだり、仕事道具を革のポーチから出したり仕舞ったりまた出したりを繰り返しています。
「どうした床屋、何かあったか」
「ああいえ、申し訳ございません。少し、考え事をしておりました」
その答えに王様は、小さな唇を尖らせました。
「この僕の髪を切っておきながら、他に心が移っているのか?」
「滅相もございません、王様。私の心はいつだって王様でいっぱいです」
つんとしたぼやきに真っ直ぐな答えを返されて、王様は子供じみたやきもちが恥ずかしくなりました。そしてそれ以上に照れくさくって、頬が熱くなりました。
「で、では、一体何をそんなにそぞろなのだ」
「はい、実は昨日、ギルドで理容師仲間に会いました時、興味深い話を聞いたのです。その友人の店では、お客様の耳の産毛も剃っていると」
低く、落ち着いていながらも、やはりいつもよりも浮ついた調子の床屋の声に、王様はキッと眉を上げました。
(そりゃあこの耳相手なら、剃り甲斐もあるだろう!)
怒鳴りたい気持ちをぐっとこらえて、王様はなるべく抑えた声で詰問しました。
「それで、床屋。貴様まさか、この僕の耳を剃りたいなどと言うのではないだろうな」
「勿論にございます。こんなに可愛いお耳を整えることが出来たなら、どんなに幸せなことでしょう」
完敗です。敵いっこありません。
にこやかに微笑む床屋を前に、王様は長い耳をふにゃりと垂れるほかありませんでした。
「いかがでしょう、王様。私に、お任せいただけないでしょうか」
嬉しげに顔をほころばせてそう言われてしまっては、王様も嫌とは言えません。小さくこくりと頷くと、じっと耳を伏せました。
床屋は改めて袖をまくると、うやうやしく王様の耳に手を添えました。こんな風に、改まって耳を触るのは初めてです。床屋は神妙な顔つきで、そっとその耳を撫でました。
王様のココア色の耳は、すべすべとしてビロードのようでした。人間の耳がひんやりしているのに対し、王様のロバの耳はほっこりと、王様の温度がいたしました。先の方に行くにつれその毛は徐々に長くなり、先端は麦の穂のようにぴんと伸びておりました。
王様はといえばしなやかに滑る床屋の手つきに、首をすくめておりました。
くすぐったいのではありません。むしろうっとりするくらい心地いいのですが、それと同時に、うなじの辺りや腰の付け根が、なんだかぞくぞくするのです。
たまらず王様はぎゅっと固く目を閉じると、床屋に向かって言いました。
「は、早くしろ床屋! くすぐったくて敵わぬわ!」
ところが床屋はかぶりを振ると、優しく耳をもうひと撫でしました。
「申し訳ございません、私の手には負えません。これ以上愛らしくすることなど、いったい誰にできるでしょう」
あたたかくてやわらかい感触が耳に一瞬触れました。
王様は慌ててぱっちり目を開けましたが、今ふれたものが指ではないなら一体何だったのか、もう正解はわかりませんでした。
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