第13話 五月
爽やかな初夏の風に乗って、つばめが低く飛んでいます。日に日に眩しくなる日差しに、王様は室内に入るべきかとも考えましたが、けれどやはり心地よさには抗えず、椅子をいつものテラスに準備させました。
「そう言えば床屋、お前がこの城に来るようになって、じきに一年だな」
「大変光栄に存じます」
王様の髪を梳きながら、穏やかな声で床屋が答えます。真後ろに立っているためその顔は鏡の中からも確認はできませんが、声にやわらかな笑みが含まれていました。
「お前との付き合いも長くなったものだな。とは言え、髪を切るときにしか顔を合わせることは無いが……いや、先月、生誕祭に招いたか」
と、そこで王様はふふっと思い出し笑いをしました。
「あの時は驚いたぞ、帽子にブーツに手袋に、まるで貴族のようだったでは無いか」
「恐縮でございます」
王様は鏡を覗き込みながら、脚をぷらぷらさせていましたが、ふと考え及んで弾んだ声を上げました。
「そうか、手袋。手袋か! お前の手が隠れていたから、なにやら別人のように思えたのだな!」
言うなり王様は前髪を掬っていた床屋の指をはっしと掴み、それをしげしげ見つめました。
「っ!」
「おお、そうだ、この手だ。大きくて、がさがさで、傷だらけの手だ」
王様はふわりと目を細めて、床屋の荒れた指をそっとさすりました。床屋は視線を漂わせると、もう片方の手で口元を覆って、赤い顔を隠しました。
「……調髪の際は、薬品を使うことも多く、その……水仕事も、多いものですから……」
「何、恥じることは無い。働く者の凛々しい指だ。けれど、とても優しい指だ。のぅ、床屋」
「……こ、光栄に、存じます……」
らしくもなく歯切れの悪い床屋の言葉に、王様はきょとんとして振り返り床屋の顔を見上げました。床屋は長い指で顔を覆ったまま、耳まですっかり茹だっていました。
「…………床屋?」
王様はすみれ色の大きな瞳をぱちくりとさせると、床屋の顔をじっと見上げました。
「どうかしたか? 床屋」
「あの、お手を……お放しいただけますか」
言われて王様ははっとすると、ぱっとその手を離しました。今度は王様が真っ赤になる番です。
「なっ、何を今更お前は……お前はいつも、僕の髪や頭に触れているではないか!」
「貴方から私に触れるなど、初めてではありませんか」
「それを言うなら僕など、いつもお前に触れられているのだぞ! 少しは僕の気持ちも、」
「王様の気持ちも?」
そこまで言って王様は、はっと我に返りました。そうして顔を真っ赤にすると、ぴんと立てた耳を震わせました。
「ええい、なんでもない! 大臣、打ち首だ!」
ぽかんとしながら大臣が言葉を紡ぐその前に、床屋が会話を遮りました。
「王様、罪状はなんにございましょう?」
「胸に手を当てて考えてみろ!」
「こうでございますか?」
「僕のではない、自分の胸だ!」
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