第12話 四月

 色とりどりの花が咲き誇る、暖かな季節がやってきました。

 王様はこの時期が大好きでした。心地よく過ごしやすいし、咲き乱れる花々は美しいし、何より、自身の誕生日があるからです。


 王国では国中でお祝いの祭りが開催され、民は皆、若く賢い王の成長を喜びました。王城でも盛大な宴が催され、ますます立派になられた王様へ、この素晴らしい日を言祝ぐのでした。


 宴には様々な国から、たくさんの来賓がお祝いに訪れました。王様はにこやかに彼らをもてなしながら、どこかそわそわとしていました。

 と、ずっしりとした王冠と長い髪の中へ器用に隠されていた長い耳が、それでも遠くの声を聞き分け、王様はぴくんと肩を揺らしました。王様は招待客たちに挨拶を残すと、まっすぐそちらへ向かっていきました。


 王様がつかつか進むと、招待客たちは左右へ下がり膝を折り頭を垂れました。けれど、テーブルたちは相手が王様だからといってどいてくれやしません。王様はもどかしい気持ちで、たくさんのごちそうと溢れんばかりの花が乗ったテーブルの間を、足早に縫っていきました。


「床屋!」


 王様が弾んだ声を上げると、床屋はその場に膝を付き、深く頭を垂れました。


「よい、こんな場だからとて遠慮はするな。おもてをあげよ」


 その言葉に、床屋はすっと顔を上げました。瞬間、王様の心臓が、止まってしまうかと思われました。


 金の縁飾りの付いた漆黒の礼服に身を包み、白い手袋を嵌めた彼は、どこかの子爵か公爵のようです。いつもはさらりと下ろされている前髪も今日は額の中心で分けられて、すっきりと品があります。横に流した黒髪は銀の髪留めで整えられ、まるで春の宵闇に浮かんだ星のようです。

 軽やかなブルーの瞳に見上げられ、王様の方がその視線からぱっと逃げてしまいました。


「その、床屋。こういう場は初めてで勝手がわからないだろう。僕が案内してやる、来い」

「光栄にございます、王様」


 王様はにっこり無邪気に笑うと、床屋と二人、歩き出しました。



◆◆◆



 宴もたけなわな中、王様と床屋は庭園前におりました。

 王様は床屋に、聞かせたい音楽も食べさせたい料理もたくさんありました。けれどパーティ会場の中では、王様はどこへ行っても、来賓たちを相手にしなければなりません。あちこちうろつき、さまよった挙句、結局二人が落ち着いて話すには、会場を抜け出すしかありませんでした。


 誰もいない庭園では、月も雲に隠れていました。花は暗くて見えませんが、甘い香りはむせ返るほどです。

 王様は階段の手すりに腰を下ろすと、ふぅ、とため息をつきました。


「引っ張り回して申し訳なかったな、床屋。こんなつもりではなかったのだが」

「いえ、王様とご一緒できて大変楽しゅうございました。よろしければ、こちらを受け取っていただけますか?」


 そう言って差し出された小さな箱に、王様の胸が弾みました。


「お誕生日おめでとうございます、王様」


 中から出てきたのは、銀細工の耳飾りでした。王様の瞳と同じすみれ色の石が輝いています。


「その、床屋。せっかくだが僕は、人前で耳が出せない。だから、これは……」

「では、王様。私の前でだけ、その耳飾りを付けていただけますか?」


 さあっと淡い雲が晴れ、丸い月が現れました。月明りに照らされて、床屋の顔が見えました。優しく細められたその眼が、まっすぐに王様を見つめています。


「そ、そうすることにしよう。……ありがとう」


 今日だけ、少し勇気を出して。

 王様はいつもよりも素直に、にっこりと笑い返しました。

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