(単話)孤独のススメ
蓬葉 yomoginoha
孤独のススメ
たとえば、ひとりで回転寿司に行って、寿司が流れているのを見るのが好きだ。
という話を友達にしたら、苦笑いされたことがある。いい反応はされないだろうなあというのはわかっていたけれど、まさかあんな表情をされるとは思わなかった。
「ううん……まあ……いいんじゃないかなあ」
彼女は結構昔から一緒にいる、なんなら親友といってもいいくらいの友人だ。そんな彼女を困らせたのは、逆にすごいことかもしれない。
けれど、私にはそんなつもりはなかったのだ。休みの日とか、どうしてるのーと聞かれたからそう言っただけで。
「食べたりは、しないの?」
「食べながらだよ」
「……」
「なんか、ごめん」
「いや……うん」
「……」
そんないたたまれない空気になるくらい、変な趣味かなあ。
カウンター席、流れてきた玉子の寿司を手に取りつつ、私は心の中で呟く。
だって食べている時にはほかにすることもないし、食べ終わった後は満腹感で何もしたくなくなる。そうなったときにぼんやりお寿司がベルトコンベアに運ばれていくのを見ていると、なんとなく楽しい気分になってこないだろうか?
……わかってるわかってる。おかしいのは私の方だって言うのは。でもしかたがないじゃない。そう思っちゃうんだから。
*
マグロが流れていく。お寿司はみんな双子だけれど、たまに一人っ子だったり
私は人間の双子ちゃんに会ったことはないけれど、お寿司の世界では双子の方がメジャーで一人っ子の方が珍しい。珍しいから値段が高い。宝石と一緒だ。
一人っ子の大トロ君を流し見して、後ろに続く双子サーモンを取る。
私はこれで十分。
「おいしい」
ゆく寿司の流れは絶えずして、しかも元の寿司にあらず、とか言いそう。がっつり元の寿司だけど。
でも、河だって雨とか海とか、ダイナミックな視点で考えたら元の流れじゃないとは言い切れない訳だし、大丈夫かも。ファイト、
**
昔、お母さんは言った。
「
もちろん、
けれど私からすれば、お母さんにこそそう言いたい。
だって母は、私が本当に小さかった頃に父と別れて以来、ずっと一人で私を育ててきた。そんなの、よほど一人が好きか男が
……とは思うけれど、私は母が嫌いなわけではないし、むしろ大好きだ。だからこそ、こんな一人遊びの
ウニとイクラが連続で流れてくる。
昔から思うのだけれど、ウニを初めて食べようと思った人は、いったいどうして食べようと思ったんだろう。
どうみても「食べんじゃねーよ」って言っているあの形を見て「いやでも中身は食べれるんじゃね?」なんて思うのは頭がどうかしていると思う。そう思いながらも手を伸ばす私が言えたことではないけれど。
当たり前に食べているものでも、ふと思い返すと食べる意味が分からないものはたくさんある。
納豆とかクサヤとか、イカもタコとかもそうだ
昔の人たちは、今の人間よりも少し勇気があったのかもしれない。
***
あるとき、友人が言った。最初に出てきた、あの親友だ。
「カオリンは、なんだろう、パーソナルスペースが広い気がする」
パーソナルスペース。自分が入り込まれたら不快に感じる領域のことをそういうらしい。
確かに(え、この人何でこんなにぐいぐい来るんだろう……)と思うときはあるけれど、それは嫌悪と言うよりは戸惑いというものであって、別に不快に感じているわけではない。
でも、向こうがそう感じている以上、私に非があるのも事実で、結論一人に逃げてしまうのだった。
****
お寿司の列が流れてくる。
日本史の教師は言った。
すべての事件には
例えば
半分寝ていたから
歴史は因果関係の連鎖だ。現代はその因果の結果だし、未来の原因だ。君たちの人生も因果で
あんなことを話していて面白いのかなと内心思っていたけれど、このお寿司の流れを眺めていると、少し面白くも感じる。
今ここで私がサーモンを取ったら、隣の席の人はこのサーモンは食べれない。逆に私が取らなかったなら、隣の人はとるかもしれないし取らないかもしれないという選択肢が生まれるわけだ。因果というのはそうして完成するものだと、あの先生は言いたかったのかもしれない。授業中に理解しとけやと怒られそうだけれど。
でも、じゃあ、因果の出発地点は何なのだろう。
仮に宇宙の始まりを全ての最初だとするなら、その原因を作ったのは? カミサマ? だとしたらカミサマが誕生した原因はなに?
お寿司が流れる原因は何だろう。
あるいはそれは人間かもしれない。あるいはそれはレーンを動かす電気かもしれない。あるいはそれはお米の上に寝転がるお魚や卵かもしれない。あるいはそれは、お寿司を求めてやってくる私たち客かもしれない。
たとえ結果が一つとしても、きっと原因はこんなふうに山のようにあるのだろう。
つまり何が言いたいか。
私は、だから歴史という教科が嫌いなんだ。
*****
「お腹いっぱい」
お腹をひと撫でし、両の手を重ねる。
「ごちそうさまでした」
頭の中であれこれ考えながら一人で食事をするなんて、どこかの五郎さんくらいしかやらないかもしれない。少なくとも
でも、青春の形なんて人それぞれだ。誰かと交わらないといけないという条件が仮にあったとしても、それだってべつに問題ではないと思う。だって話せる友達くらい私にもいるし。
今は何かがおかしいと思う。一人で頑張れと言ってみたり、集団で生きろと言われたり。そりゃ、協調性の大事さは言われなくてもわかるけれど、なんだかそれを私生活にも求めてくるような、そんな風潮があるような気がする。
「黙って見てろ。いや、見るな」
私はTwitterをやらない。それは平たく言えば私なりの
私はあなたたちに関わらない。だからあなたたちも私に関わるなという。
あれなんだっけ、世界史かなんかで習ったような。モンロー主義? だったかな。自信ないからあなたたちで調べてほしい。
お寿司は皿を越えない。お皿という自分の最小限の世界を持ちながら席の間をぐるぐると廻っていくだけ。私たちだって同じなんじゃないか。同じでいいんじゃないか。
……なんて、お寿司の回転だけを見ただけでそこまで考えてしまう私は、きっとどうかしてる。でもそこには
失恋をした人だったなら、とりわけ選択の意味を考えるかもしれない。もしくは夢に破れた人だったなら。
あのときこうしていたら、こうしていなかったなら。そんな後悔を寿司の流れに
せっかく楽しいはずの回転寿司店でそんなネガティブな考えにとらわれないだけ、私はまだましかもしれなかった。
家に帰るのも一人。
(単話)孤独のススメ 蓬葉 yomoginoha @houtamiyasina
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