後輩の手袋
忍野木しか
後輩の手袋
早朝の凍えるような寒さが、指先から体温を奪っていく。
鈴木絵美は藍色のマグカップを掴んだ。コーヒーの熱が絵美の手の表面に伝わる。
寒いなぁ。絵美は一向に暖まらない両手を擦った。
朝食を終えると、ピンクのロゴが入ったアディダスのラケットケースを担いだ。外に出ると、冷気が絵美の頬を引っ張る。手袋を忘れた事に気づいたが、まぁいいかとポケットに手を入れた。
通学路。散歩中の犬が白い息を吐く。
「おはよう。柏木クン」
「あ、先輩、おはようございます」
バト部の後輩である柏木透が、寒さに肩を丸めて歩いていた。
透はウィンドブレーカーの上から黒いダウンを羽織り、灰色のニット帽、ネックウォーマー、厚手の手袋と防寒対策はバッチリのようだった。それでも寒いのか、風に縮こまるようにして肩をすぼめている。
相当、寒がりだな。
絵美は呆れたように、透の背中を叩いた。わっと驚いた声を出す。
「寒いねぇ、今日は」
「えっ、そうですか? まだまだですよ、このくらい」
「ほぉ、まだまだクンですと? ちょっと手見せて」
絵美は、鼻先を真っ赤に染めて強がる後輩がおかしかった。透がポカンと手を出すと、グイッと片方の手袋を取る。
「ああ! ちょっと、返してくださいよぉ」
「だーめ、あたしは寒いんだから」
絵美は手袋をはめた。彼の体温がウールに残っていて暖かい。
へぇ、コーヒーカップよりいいじゃん。
絵美は、透のもう片方の手袋にも狙いを定めた。透は手を守るように、ジリっと後ろに下がる。
「あっ!?」
氷に足を滑らせた絵美は、尻餅をついた。いてて。
手袋はさすがに汚しちゃまずいかなと、素手の方で身体を支える。ああ、冷たい。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないよ」
「ええ!?」
絵美は身体を起こした。心配そうにこちらを見つめる後輩にピースする。
「こ、こっちも使ってください……」
透は、おずおずともう片方の手袋を絵美に差し出した。
絵美はその手を掴む。
ポカポカと柔らかい。彼の熱が絵美の手を暖めた。
「わ!? ちょっ、せ、先輩!」
「うーん、さすが、まだまだクンだねぇ」
透の手はどんどん暖かくなっていった。
おお、あたしの冷えより強いんだ。やるじゃん。
絵美は、後輩の暖かそうな真っ赤な顔を覗き込んで、にっと笑った。
後輩の手袋 忍野木しか @yura526
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