第4話

 将棋が終盤に差し掛かり、私の敗色が濃厚となった頃、チャリンチャリンと鈴の音が響いた。扉の方を見ると、一人の女性が店に入って来たのが分かった。年のころは、マスターと同じか、少し上くらい。顔立ちはとても整っており、長い黒髪がさらさらと揺れている。彼女の着ている真っ白なブラウスとキャメル色のロングスカートは、まるでそこにあるのが当然とでもいうように、彼女になじんでいた。


「お帰りなさい。そろそろかなと思ってました」


「ただいま」


 マスターの言葉に、にこりと笑みを浮かべる彼女。そのまま、私に会釈をし、カウンターの端の席に座る。箱から駒を取り出し、盤上にゆっくりと並べ始める。マスターは、そんな彼女に、グラスに入れた水を指し出したのち、私の方に戻ってきた。


「あの……さっき、『お帰りなさい』って……」


 店に来た客に言うには、不自然な言葉だ。それに、彼女の「ただいま」という言葉も……。


「ああ、彼女は私の妻です。金曜日の仕事帰りに、いつもここで将棋を指してから一緒に家に帰るんですよ」


 マスターは、少し照れながらそう言った。


 開いた口が塞がらないとはこのことか。まさか、いきなりやって来た綺麗な女性が、マスターの奥さんだなんて……。


 ちらりと女性の方を見る。駒を並べ終えた彼女は、とても穏やかな表情で、マスターと私を眺めていた。目が合い、彼女はにこりと微笑む。私の心臓が、バクバクと大きな音をたて出した。


 その時、パチリと音が響く。マスターが、駒を動かしたのだ。はっと我に返り、盤上に目を向ける。


「……あ」


 私の負けが決まっていた。

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