第7話 10年前の星

次の日。

インターホンの合図で目が覚めた。

昨日は帰ってすぐに寝たから10時間は寝たかも

しれない。

誰だろう。こんな朝早くに。

僕は半開きの目でドアを開けた。

「誕生日おめでとーー」

そうか。今日はお母さんが帰って来るんだったわ。

「まだ寝てたの?」

「うん」

お母さんはすぐにリビングに上がった。

「どう?彼女はできた?」

「うん。できたよ」

「え!?できたの?いつ?」

「昨日」

「えー!?」

誰でも驚くだろう。本当に昨日付き合ったのだから。

「部活は何にしたの?」

一気に話が変わって戸惑った。

やっぱりお母さんは変わらないな。

お母さんの話は次々に飛んでいく。

「天文部」

その瞬間、お母さんの顔が青ざめて氷のように

固まった。

「てん、もんぶ!?」

「うん。その彼女と」

お母さんは一気に顔色を変えた。

「今すぐに辞めなさい!!」

怒声が部屋中に響きわたった。

「なんでだよ!?」

「私は天文部は大嫌いなんだよ」

「でも、星が好きなんじゃないの?」

「私は10年前、天文部にいたんだ……」

そこからお母さんの過去の話が語られた。


あれは10年前のことだった。

私は入学してすぐに伊藤夏美という友達が出来た。

部活紹介の時、私たちは天文部に心を惹かれて、

入ることにした。

その当時、天文部は10人ぐらいいた。

それから毎日、楽しく星について語り合い、

見に行ったりもした。

そして、私は星が大好きになった。

入って2ヶ月が経った時のことだった。

いつも通り、部活に行くと、

先輩たちがトランプをしていた。

「何してるんですか?先輩」

「ババ抜き」

「なんで?」

「何でって。お前らが遅いからその暇潰しだよ」

「すいませんでした」

「今日は何もすることがないから、2人もする?」

私は先輩には逆らえなかったから、

仕方なくやろうとしていた。

夏美は昔からババ抜きが大好きだった。

だからやると思ったが、

夏美の顔は赤く、怒っていた。

「それが天文部ですか?」

とだけ言い、夏美は走って出て行った。

「お前はするよな?」

「はい」

私は先輩のトランプに参加してしまった。

それが全ての始まりだった。

次の日、いつも通り学校に行くと、黒板に


天文部は遊んでいるだけの部活だ


天文部=遊んでいるだけと勘違いされてしまった。

隣にいた夏美が

「おい。誰だよ。これを書いたのは。

天文部は遊んでいないよ。

毎日、星を研究しているんだよ。

なのに……遊んでいるなんて………」

夏美が泣き始めてしまった。

すると、前にいた男の人が私たちの前に出てきて、

「じゃあこれは何なんだよ」

と言い、動画を見せてきた。

その動画は昨日のトランプの動画だった。

「えっ!?何で?」

思わず私は声が出てしまった。

「これでも遊んでないって言えるのか?」

夏美は黙って出て行った。

「それは……」

ここで先輩に誘われてやったなんて言っても

どうせ聞いてくれないだろう。

私は黒板の文字を消しに行った。

これは仕方ないんだ。そう言い聞かせた。

夏美にも謝っとかないといけないな。

その日の放課後部活に行くと、

見たこともないギャルが3人と

ババ抜きをしていた。

「誰なんですか?」

「うちは今日から天文部に入った。よろしくー」

もう今までやってきた天文部とは変わり果てていた。

私と夏美はその場を後にした。

「私、天文部好きだったのに。

ただ星が好きなだけなのに。

もっと星について知りたかったのに」

夏美が嘆いていた。

私は何も言えなかった。

次の日、部活を見てみるとそこに夏美がいた。

夏美は想いを先輩たちにぶつけていた。

「部活中にトランプなんかやって楽しいんですか?」

「先輩に逆らうのか?」

「逆らってはいません。注意をしているだけです」

ドン!

夏美がギャルに腹を蹴られていた。

私は急いで夏美の元に行った。

「大丈夫?」

「う、うん」

「何でこんなふうになったんですか?」

「星なんか見ても楽しくないし、もう飽きたよね?」

みんなが頷いていた。

それからは、毎日学校に行くと夏美の椅子が

どこかに行ったり、机の上に落書きされたりと

いじめがどんどん増えていった。

そのかわり、私の元には来なかった。

ここでギャルに逆らえば今度は自分がいじめを受けて

しまう。

夏美がいじめられている様子をただ眺めていた。

そんなある日、朝起きるとラインが2件入っていた。

夏美からだった。

何なんだろう。そう思いながら開いた。

「今までありがとう」

「さようなら」

この文字を見た瞬間、スマホが手から滑り落ちた。

さようならってどういうこと?

まさか……

何度も頭の中で否定した。

絶対にそんなはずはない。死ぬなんて……。

飛び降りると言ったら……

私の足は無意識に学校に向かっていた。

お願い。死なないで。お願い。

着いたときには夏美は倒れていた。

私は親友を救うことが出来なかった。

その悔しさと後悔でずっと泣き続けた。

屋上から落ちたということが先生に見つかり、

屋上は立ち入り禁止になり、部活停止処分となった。

そのせいで、いじめのターゲットは私に向けられた。

それでも、夏美のためにも私は

生き抜くことを決めた。


「だから、私が夏美を殺した。

私があの時、守っていたら死ななかった。

天文部は私にとって悪夢なの。

だから、もう私みたいになってほしくない」

お母さんの過去に僕は驚いていた。

そんなことがあったのか。

「僕は辞めないよ」

「じゃあ私から先生に電話します」

先生に電話されたらおしまいだ。

「でも……わかったよ。辞めるよ」

「勉強に専念しなさい」

僕は光に天文部を辞めるとだけラインで伝えて、

退部届を書いた。

次の日、学校に行くと、光が走ってやってきた。

「何で?何で?天文部辞めるの?」

「う、うん」

「何かお母さんに言われたの?」

ここで言われたと言えば、光は家に来て

説得するだろう。

それだけは避けたい。

「言われてない」

「そうか………。じゃあ最後に

流れ星を見に行こうや」

「流れ星?いつあるの?」

「7月21日ぐらいから来るらしいから

近くなったらまた詳しくは決めよう。

場所は天文台の前ね」

「分かった」


7月21日の夜、テレビでは

「今日はペルセウス座流星群がきます。

その様子はとても幻想的なのでぜひ見てください」

光の言った通りだった。

時間を見ると丁度いい時間だった。

僕はいつも通り、望遠鏡と図鑑を持って

天文台に向かった。

「光ー」

「光輝くん」

「よし行こうか」

初めの頃は地獄でしんどかったけど、

天文部として30回はここにきたかな。

もう慣れてきていた。

僕たちはあの日と同じように寝転がり空を見上げた。

「私たちの天文部の始まりの場所だね」

「うん」

「本当に天文部辞めるの?」

「お母さんに言われてね」

つい、言ってしまった。

でも、光は何も言わなかった。

隣を見ると光は泣いていた。

「もっと一緒に天文部したかったよー」

子供が言うような駄々のようだった。

でも、僕も……。

「僕だって辞めたくないよ。

これから文化祭もあるし」

僕の目にも涙が出てしまった。

泣かないと思ってたのに。

空を見上げると流星群が何百ときていた。

僕は「天文部に戻りたい」と3回言った。

「願い事は黙って言うんだよ」

「それじゃ叶わないかもしれないじゃん」

光も「ずっと一緒に天文部でいたい」と3回言った。

「結局言ってんじゃん」

僕たちは笑い合った。

星が光出した。きっと願いに応えてくれてるんだ。

ピロリン

着信音が聞こえた。カバンを見てみると、

お母さんからラインが来ていた。

「少し考え直してみたら、これは全て

私の勝手だったわ。ごめんね。

束縛されずに自由に生きてね。

また帰ってくるときはよろしくね」

自由に生きると言う事は……。

僕はカバンから退部届を出して破り捨てた。

「それってまさか」

「これからも光とずっと一緒だよ」

光が飛びついてきた。

光の心臓の音が微かに聞こえた。

光は泣きながら

「流れ星に感謝だね」

と言い、空を見上げた。

流れ星はまだ沢山流れていた。

願い事を2つ唱えるのは卑怯かもしれないが、

僕は小声で「一生光といられますように」

そう呟いた。

流れ星は静かに暗闇へと消えて行った。

終業式が終わり、明日から夏休みが始まる。

僕はラインで

「夏休みどこか行こうや」と光に送ったが

既読がついたのは夏休みの最後の日だった。

光に何かがあったのか。

不安が募っていた。

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