第5話 屋上解放宣言

7月に入ると、部活は七夕祭りの準備で忙しかった。

そんなある日、いつも通り部室に行こうとすると、

ドアの向こうから声が聞こえた。

少しドアを開けてみると、

光が顔を赤くして椅子に座っていた。

「何なんだよ!?」

独り言をずっと呟いていた。

少し怖くなって入るのをためらっていると、

「入ってきなよ」

やっぱり気づかれていた。

僕は部室の中に入って、

「どうしたの?」と尋ねた。

「先生が屋上を開けてくれないの」

「屋上?」

屋上は10年前の天文部の部員が自殺をしたことで

当分使用禁止になっていたが、それを

解放しようという考えらしいが、

難しいように感じる。僕は冗談まじりに

「次、誰が落ちるか分からないし」と言うと、

「そんなに落ちる?」

「光が足を滑らせて落ちるかもしれないし」

「そんなにドジじゃないよ」

顔を合わせて笑い合った。

「とにかくあの事件があったのだから、何か策を

打たないと先生たちは解放してくれないと思うけど」

「生徒の8割が承諾したら良いんだって」

「それならすぐに行こうぜ」

「どこに行くの?」

僕には思い当たる場所があった。

光の腕を引っ張りながら、階段を降りた。

「ちょっと、待ってよ」

僕は止まらなかった。

扉を開けて中に入ると、そこにはマイクがあった。

「え、放送室?」

「僕放送委員だから、帰りの挨拶とBGMを流さないと

いけないからそこで宣伝すれば少しは

聞いてくれるよ」

「分かった」

そして、放送の時間になった。隣に人がいるだけで

汗が止まらなかった。それも、自分の好きな人だ。

緊張して手が震えていた。震えた手で

マイクの電源のボタンを押した。

学校中に放送が響き渡る。

「皆さん。こんばんは。そろそろ帰りの時間です。

その前に1人の生徒から話したいことがあるそうです」

僕はマイクから離れた。

光も緊張で手が震えていた。僕は光の手を握って

小声で「大丈夫。大丈夫。絶対にみんなに届くよ」

そうつぶやいた。

それが届いたかどうかは分からないが、

光は深呼吸をしてはじめた。

「私は天文部部長の伊藤光です。

今回の七夕祭りでぜひ、屋上で

素晴らしい夜空を見て欲しいです。

その屋上を開けるには8割の承諾が必要です。

どうか、署名よろしくお願いします」

マイクの電源を切り、僕たちは大きく息を吸った。

ここからが勝負だ。先生たちは屋上は危険な場所

だと思っているからきっと開けてくれないだろう。

それでもどうにか戦わないと。

早速、先生たちが扉を開けて入ってきた。

「これはどう言うことだ」

「私たちは絶対に署名を8割集めて解放します」

先生たちは文句を言いながら出て行った。

「これから朝は早く行って署名をもらいに行こう」

「分かった」

明日から早く学校に行くことになった。

そんな早い時間に起きれるか少し不安だった。

家に帰ると、リビングから光る何かが見えた。

近づいてみると、それは固定電話だった。

電話をとってみると留守番電話が流れた。

「光輝。久しぶり。

もうすぐ仕事が終わりそうだから、

来週あたりには帰れそう。待っててね」

お母さんからだった。別に待ってはいないが、

毎回、帰ったその日は豪華なディナーだから、

少し楽しみでもあった。来週は何かな。

淡い期待を持ちながら、自分の部屋に向かった。

いつもより1時間早く寝ることにした。

次の日、目が覚めて時計を見てみると、

約束の時間より30分遅れてしまった。

「何で!???」

考えられる理由はただ一つ。

2度寝だ。いつもの癖がよりによって出てしまった。

急いで着替えて学校に向かった。

ついてみると、いつもと変わらなかった。

玄関に光が待っていた。

「遅いよ!」

「ごめん。2度寝しちゃって」

「もう100人はもらったよ」

「早いね」

「みんな、意外と屋上に上がりたいらしいよ」

「じゃあすぐに終わりそうだね」

「うん」

僕も署名の紙を持って玄関に立った。

30分間、ひたすら友達や知らない人に声を

かけていった。

隣を見ると、僕の知らない人たちと光が

話し合っていた。

僕の学校は5クラスからなっていて、1クラス

40人近くいる。光がどこのクラスかは知らないが、

きっとまだ知らない生徒がたくさんいるんだろう。

「おーい。伊藤」

「先生だ。行かなきゃ」

先生に光が呼ばれていた。その先生も

僕は見たことが無かった。

いろんな授業で関わっていて、1年生の先生とは

全員関わっているつもりだったけど、

その人は見たことがなかった。

ひかりと先生との会話が終わり、戻ってきた。

「あの先生誰なの?」

「事務の先生だよ」

事務の先生か。だから見たことが無かったのか。

「何の会話だったの?」

「課題をやってなくて」

「やらないとだめじゃん」

光は笑って誤魔化していた。

今日1日で4割ぐらいは集まった。

あと少しだ。明日で終わるだろう。

僕たちは別れて、それぞれの教室に向かった。

朝のホームルームが終わり、健吾が

「朝、何してたの?」と聞いてきた。

「署名活動」

「何の?」

「屋上を開放するために」

「めっちゃ面白そうじゃん」

健吾はやっぱり食らい付いてきた。

「明日、俺も行くわ。手伝うよ」

多い方が早く終わる。

「いいよ。一緒に行こう」

「分かった。朝、電話して起こしてあげるわ」

やっぱり健吾はなんでも分かっている。

僕が朝、弱いことも。

あの入学式の日も起こしてくれた。

次の日の朝、電話の音が鳴り響いた。

そのおかげで起きる事が出来た。

健吾は家の前にもう来ていた。急いで着替えて、

外に出た。健吾は朝練があるため、あまり一緒に

行けないが、今日は運良く水曜日だった。

水曜日は部活が無いので、

健吾は来てくれたのだろう。

言語と話す内容はしょうもない話ばっかりだ。

それでも、何故だか楽しかった。

あっという間に学校につき、玄関に向かうと、

そこには光ともう1人可愛い女の人がいた。

「光、この人誰なの?」

「この人は私の友達の天音だよ」

「みなさん、おはようございます。

私は2年生の鈴木天音です。ひーちゃんに

この署名を聞いて、とても楽しそうだと思い、

参加しました。よろしくお願いします」

健吾と全く同じやつがいるとは。

「光、何で2年生と関係があるの?」

「昔からの友達なんだよ」

「そうなんだ」

「よし。始めるか」

僕がそう言って隣を見ると、

健吾は顔を赤くしていた。

「何で顔赤いの?熱でもあるの?」

「い、い、いや……その……」

健吾は僕の腕を引っ張って隅の方に連れて行った。

「どうしたの?」

「天音さん。めっちゃ可愛くない?」

「そうかな。僕は光の方が好きだけどな」

「俺、今からアピールして告って、

七夕祭り一緒に行くわ」

健吾はいつもこうだ。何か目標を見つけると

そこに向かって突き進んでしまう。

突き進んだ結果、道がなくなった時、

健吾は人一倍落ち込む。

とても単純な人だ。

「そんなに甘く無いよ」

「いや。決めたから」

健吾は天音のところに走って向かい、

自己紹介をしに行った。

「俺は健吾です。よろしく。好きな物って

何ですか?」

「うーん。猫かな。

私、黒い猫を飼っていて名前はミカ」

天音はスマホで写真を見せてくれた。

「うわーめちゃくちゃ可愛いー」

天音と健吾はもう仲良くなっていた。

僕ももっとアピールしないといけないのに。

少し健吾を尊敬していた。

4人集まると、あっという間に8割行き、

校長先生から許可をもらった。

あとは七夕祭りを成功させるだけだ。

七夕祭りの店の企画も進んでいき、

いよいよ本番を明日に控えた。

僕が、いつも通り学校に行くと、

健吾が嬉しそうに近づいてきた。

「どうしたんだよ?」

「俺、彼女出来たよ」

僕の頭の中に理解不能という文字が浮かんできた。

出会ってまだ1週間も経ってないのに。

「え!?!?」

「あまちゃんと」

「早すぎない?」

「恋はアタックだよ。失敗することを恐れずに

ただアタックするだけ」

「すごいなー」

「お前も七夕祭り誘って、そこで告れよ。

お前らの誕生日だろ」

七夕祭りに誘う。それがどれだけ難しいか。

それももう前日だ。今更誘っても遅いだろう。

「お前なら出来るよ」

その健吾の言葉に元気をもらい、誘うことにした。

放課後、光と一緒に七夕祭りの準備をしていた。

「いよいよ明日だね」

光から言ってきてくれた。これはチャンスだ。

「光は誰と見に行くの?」

「私は……1人かな」

1人。その言葉が脳を何回も横切る。

今しかない。手は汗まみれで心臓の音は

激しく破裂しそうだった。

「あの………僕と……一緒に

七夕祭りに行きませんか?」

「いいよ」

僕はその時、心臓が破裂しそうなくらい嬉しかった。

「ほんと?」

「うん。誰も行く人いないから」

「ありがとう」

健吾が付き合ったのだから、僕も初の彼女がほしい。

明日が本当の勝負だ。

今日の夜は眠れなかった。

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