ラブソングを貴女に

一帆

第1話


 高校生活最後の文化祭。


 ――  ノーチラスのボーカルは、莉音りとしかいないのに。


 私は、もやもやした気持ちを抱えたまま、『☆RITO☆ソロライブ』と書かれた会場に入る。


 ノーチラスファンは学校に多くて、狭い講堂は女子生徒で押し合いへし合いの超満員。私もやっとの思いで会場に入ることができた。他のノーチラスのメンバー、美鈴みれい牡丹ぼたんちゃん、万里ばんりもどこかにいるはず。でも、大勢だし、暗いライブ会場。私は早々に探すのをやめて人ごみの中に紛れ込んだ。


 会場はむっとした熱気に包まれている。ひそひそ声もする。きっと莉音りととノーチラスのことを噂しているのだろうと思ってしまう自分がいる。変に勘ぐり深くなっている自分に嫌気がさす。


 ジリリリリという始まりのベルと共にスポットライトがついて、ぱあっと壇上が明るくなる。みんなの視線が壇上にむく。

 

 莉音りとは白いシャツにジーパン、手にはアコギ(アコースティックギター)を持っていた。シャツをひらひらさせながら颯爽と歩く莉音りとに、キャーと悲鳴にも似た声があがる。それを聞いた莉音りとがにっこり笑って、軽く手をふるとますます悲鳴は大きくなる。『RI・TO!!』っと声がかかる。


 アッシュグレーに染めたマッシュカットの短い髪。

 すらっとした背。

 中性的な顔立ち。


 壇上に立つ莉音りとはスターだった。宝塚のスターにだって負けていない(見たことないけど)。

 

 ―― やっぱ、すごい人気。


 莉音りとは、マイクスタンドのそばに置かれたスツールに少しだけ腰掛けると、手にしていたアコギを抱える。ギターにむける優しい顔はRITOファンでなくても、尊いと思ってしまいそうだ。莉音りとは本当にかっこいい。多分、街で見かける男の子よりずっとずっと男前だと思う。


 キュルと切なく弦がなる。莉音りとがマイクを片手で握る。すると、また悲鳴のような声が上がる。


「今日は、RITOのソロライブに来てくれてありがとう。楽しい時間を過ごしてくれるとボクも嬉しい。一曲目は、『三時のお茶会』。この曲は、ボクがいたノーチラスの楽曲です。それでは、『三時のお茶会』のアコギバージョンでみなさんにお届けします」


      ……

      甘いケーキをほおばる キミにTOKIMTKI

      チョコレートケーキ チーズケーキ

      甘いクリームのように笑う キミにDOKIDOKI

      ストロベリームース ティラミス

      ……


 『三時のお茶会』は、中二の時の私と莉音りと、初めて二人でケーキ食べ放題へ行った思い出がベースになって作った曲だ。たくさんのケーキを目の前にはしゃいでいる私と、結局ムースを二つしか食べなかった莉音りと。まるでデートみたいだねって笑い合ったことを思いだす。


 ノーチラスでは、美鈴みれい莉音りとの声に合わないといってほとんど歌ってこなかった。でも、アコギの優しい音色と莉音りとの少し枯れた声がうまくあって、さっきまでキャーキャー叫んでいた生徒がじっと聞き入っている。


  私は莉音りとの弾く少しノスタルジックで切ないアコギの音色と莉音りとの歌声を聞きながら、ノーチラスを脱退すると言った時のことを思いだしていた。



 ◇



莉音りと、今、なんて言ったの?」


 ホワイトボードに、文化祭で演奏する曲を書きだしている美鈴みれいが聞き返した。


「今度の文化祭はソロででるって言った。ノーチラスも辞める」


 ベースのチューニングをしていた牡丹ぼたんちゃんも、ドラムスティックをくるくると回していた万里ばんりも私も一斉に莉音りとに注目する。私は何度も目を瞬かせて、莉音りとを見る。莉音りととは中学に入ってからの友達。いつだってそばにいて、何でも打ち明けられる私の親友だったはず。大切な決断を相談もしてくれなかったことにもやもやする。 


「考え直せない?」

「無理」

「それって、身勝手だってわかってる?」

「わかってる」

「今から一人でライブをするのはとても大変よ」

「……わかってる。でも、もう生徒会に提出してきた」

「あなた一人の問題じゃないのよ」

「ごめん」

「はいそうですかって言えると思ってる?」

「だから、ごめんってば」

「そう……。では、理由を聞かせてくれる?」


 温厚な美鈴みれいにしては口調がきつい。それはそうだ。今年の文化祭、私達高二にとっては最後の文化祭。土壇場でのボーカルの莉音りとの脱退だなんて、はいそうですかと簡単に受け入れらるはずがない。

 莉音りとは、一瞬だけ私と視線を合わせてから、がたりと椅子から立ち上がった。


「……もう、限界なんだ……。だから、最後のライブは……」


 莉音りとも泣き出しそう。私の視線の先にある莉音りとの手が開いたり閉じたりしている。それって、言いたいことを言えない時の莉音りとの癖。私が、莉音りとに触れようと右手を伸ばすと、莉音りとが手で拒絶する。私は、立ち上がることも出来ず、宙ぶらりんになった右手を左手で押さえるしかなかった。


「……。わかった。莉音りとと二人で話をするから、柚巴ゆずは達三人は今日は帰ってくれない?」

 

 そのあと、美鈴みれい莉音りとは遅くまで話し合ったらしい。後日、私達には、ノーチラスのボーカルは莉音りとから私に変わったこと、ぜったいに莉音りとのソロライブを見に行こうということが伝えられた。

 莉音りとに、何度もメールも電話もした。一度も通じることはなかった。





 曲が進むにつれて、どんどん、会場が静かになっていく。鼻をすする音まで聞こえてくる。みんな、壇上の莉音りとに釘付けだ。

 

 ―― これが莉音りとがやりたかったライブなんだ。


 決してノーチラスでは出来なかったライブがそこにあった。

 

「……、もう、最後の曲になります。ここで、特別ゲストをよびます。

ノーチラスのリーダーの美鈴みれい! COME ON!!」


 黒いシャツに黒いロングドレスの美鈴みれいがにっこり笑いながら壇上にあがる。キャーという悲鳴。ざわざわする観客。

 莉音りとがペットボトルから水を口に含む。そして、美鈴みれいとハグをする。美鈴みれいがグランドピアノの準備をしている間、莉音りとが喋りだした。

 

 「ボクはこの曲を歌いたくて、ソロライブを行うことを決めました。この曲はボクの想い。等身大の今のボク。ノーチラスというグループの中ではどうしても表現できない。最後の文化祭、どうしても自分の世界を表現したかった……。

 文化祭直前ということもあり、ノーチラスのメンバーにはいっぱい迷惑をかけてしまいました。ごめんなさい。本当にごめんなさい。一人になって初めてノーチラスというメンバーが、自分にとってかけがえのないものだと再認識しました。今、ここに立っていても、メンバーがそっと背中を支えてくれているような気がします。

 ソロライブを開きたいというボクの身勝手な我儘を聞いてくれたノーチラスのメンバーに最大の感謝を送りたいと思います。明日は、みなさん、ノーチラスのライブ、見に行ってくださいね!

 最後の曲は、…… 『告白』です――」 

 

    ……

    キミが好きだという髪型にしても

    キミにこの想い 届かない


    キミと手をつないで歩いてみても

    ボクのこの想い 届かない

 

    ふざけてキミの頬に軽くKISS

    キミはわらって許してくれるけど

    それはLIKEじゃないことをキミは気づかない

 

    ボクの居場所はいつもキミの隣

    キミはいつもボクに用意してくれてるけど

    それはLOVEじゃないことをボクは知っている

    ……



 美鈴みれいのピアノの音にのって莉音りとの声が会場を埋め尽くす。


 私の知らない曲。私の知らない歌詞。でも、歌詞の内容はよく知っている。だって、これは、…………。





 「柚巴ゆずは、みんな……、来てくれて本当にありがとう」という莉音りとの声で我に返る。見渡すと、ライブが終わって会場には、美鈴みれい牡丹ぼたんちゃん、万里ばんりしかいなかった。

 みんな言いたいことがたくさんあるって顔をしている。私だってそうだ。

でも、何を言いだせばいいかわからなかった。


 美鈴みれいがにやっと笑って、みんなの手をとる。いつも、ノーチラスのライブの前にするルーティンだ。


「ねえ、みんな。これから、打ち上げは、いつものお好み焼き屋さんでぱあっとやらない? 明日のノーチラスのライブも今日の莉音りとのライブに負けないくらい最高なライブにするからね!!!」


                              おしまい


 

 



 


 

 


 

   

   

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