そろソロ一人で行ってもらえませんかね?

篠騎シオン

第1話 いつになったら……

「先輩、このラーメン美味しいですよ!」


カウンターの隣に座る後輩の雪村が俺に向かって話しかけてくる。

うん、確かに、このラーメンは深みのあるスープで麺にコシがあり、自家製のチャーシューのとろけるような脂がそれにマッチしていて美味しい。

美味しいが、そうじゃない。


「おい、そんなこと言って俺に話しかけてたら、練習の意味がないじゃないか……」


「あ、そうでした! すみません」


そう言って雪村は正面に向きなおる。


全く、どうしてこんな羽目になってるんだか。

そう思いながら俺は、美味なラーメンをすすった。



ことの発端は一か月前、後輩の雪村が愚痴っていたことに始まる。


「このご時世、自粛自粛って。友達も全然遊んでくれなくなったし、どこへ行っても少人数、消毒消毒ってもう、疲れちゃいますよね!」


それは残業中の話だった。

会社には俺と後輩の雪村の二人きり。

担当の案件が先方から急に修正を頼まれて、やむを得ず残っていたのだ。

そうそれが今日だけだったのなら彼女からそんな愚痴もでなかったかもしれない。

けれどこの残業ラッシュが始まってからもう四日も経っている。

やれどもやれども先方が満足せず、終わらない。

仕事を頼もうにも今はどこも忙しい時期で、引き受けてくれる相手はいなくて。

そんなこんなで俺たちは、極限状態に近かった。

カフェインもエナジードリンクも友達を通り越して親友だ。

俺たちの机の上にはそれらの缶が所狭しと並んでいた。


けれど俺も彼女もプロなので、士気にかかわる仕事関係の愚痴は言わない。

だからこそ出た私生活の愚痴であろう。


「んなもん、消毒はしょうがないとして一人でいきゃあいいじゃないか。雪村、ここの数字間違ってるぞ」


「すみませんすぐ修正します。そんなぁ、うら若き乙女に一人で行けと言うんですか?」


「そうだよ。今は若い女の子にもソロキャンプとか流行ってるし、一人で何かするのって今時別に恥ずかしくないと思うんだが」


俺は、高校生の女の子達がソロだったりグループだったりでキャンプする某アニメを思いながら言う。


「んー、そうですかね。あ、これで今日の分終わりです」


「そうか。じゃあ、もう今日は上がっていいぞ」


先方に報告してからではないと上がれない俺は、雪村にそう言ってPCに向きなおる。プロジェクト共有フォルダに入れられた、彼女が打ち込んだデータに問題がないことを確認してメールアプリを立ち上げる。


「これで通ってくれよ」


念じながら送信し顔を上げると、てっきり先に帰ったと思っていた雪村がそこにいた。


「なんだ、帰ってなかったのか。金曜だろ」


雪村は交友関係が広い。どうせ明日も用事があるのだろう、と思って先に帰るように言ったのだが……。


「もー、さっきの話聞いてなかったんですか? 遊びに行ってくれる友達がいないって話でしたよね」


「あ、ああそうだったな」


どうにも聞き流していたらしい。

仕事中の愚痴だししょうがないと思ってしまうのは、上司として二流だろうか。


「しょうがないから許してあげますよ。でも……」


俺は続く言葉にどきりとした。

女のこういう交換条件的な譲歩が、まともな要求だったためしはない。


「ソロご飯の練習、付き合ってもらいますよ?」


そう、そんなこんなでソロご飯の練習に付き合うようになって早一か月。

大体がこのようにカウンター席に隣同士で座り、食事をする、というスタイルだった。

けれど雪村は何度食事に行っても、俺に話しかけてくる。

喋らないと食べられないのか、と思うが、「女の子なんてこんなもんですよ、みんな。だから練習してるんです」と押し切られる。断り時もわからなくて、なにより俺自身も一人での食事が寂しかったこともあって、ずるずるとこの練習を続けていた。

そもそもこんな冴えない男と食事して楽しいんだろうかとも思ったりもするが、そう言えば女友達の交友は広いようだったが、男関係の噂はついぞ聞かないななんて考えて、それはセクハラだと頭の中の倫理委員会が警鐘を鳴らす。


「そんなこんなしてるうちに緊急事態宣言も開けるしなぁ」


デザートの杏仁豆腐をつつく雪村の隣で言った。

そう、緊急事態宣言が開けたらそれなりに雪村も友達と遊べるようになるだろうし、もうソロご飯の練習など必要なくなるのではないだろうか。


「開けたらどうなるんですか?」


「今より一人飯の必要性も減るだろ。この練習ももういいんじゃないか」


俺の言った言葉に雪村の表情が曇る。


「先輩は楽しくない、ですか?」


「は?」


「なんでもないですっ」


そう言って杏仁豆腐の残りをかきこむ雪村。

なんだか様子が変だ。


「今日は私がおごりますから」


そう言って二人分のレシートをかっさらっていく雪村。

お会計をして外に飛び出す。

そんな彼女を俺は慌てて追いかけた。

どうしたって言うんだ。


彼女は小走りに近くの公園までかけていく。

なにか物思いにふけっている様子の彼女に、運動不足なせいではあはあと息を荒げながら追いつく。

マスクで息が苦しい。


「なあ、雪村。俺何か気に障ること言ったか」


上司として部下とのコミュニケーションに難があってはいけない。


「先輩はやっぱり鈍いんだなぁ。今のだって上司として言ってること。私にはわかるんですからね」


上司として以外に何を気にするんだ、と思ったところで、彼女のこちらを見るまっすぐなまなざしにドキリとしてしまう。

あれ、雪村ってこんなに綺麗だったっけ。


「ふふ。そう。ずっとその目で見て欲しかったんですよ」


そう言って雪村がこちらに近づいてくる。


「ソロご飯の練習なんて口実です。私、ずっと先輩とご飯に行きたかっただけなんですよ」


その言葉と表情で、俺の中の上司だからと押さえつけていた気持ちが浮き上がってくるのを感じる。

女の子にここまで言わせて、最後を言わないなんて男らしくないこと、出来ない。


「雪村。聞いてほしい話がある」


「はい」


「……俺と付き合ってくれ」


俺の言葉に雪村の頬が少し赤くなる。


「ずっと待ってました。もちろんです!」


その言葉に俺は思わず雪村を抱きしめる。

そして、その唇にキスをしようとして……マスクが邪魔で出来なかった。

最後までしまらない俺に対して、雪村はもう、と笑うのだった。


緊急事態宣言があけたら、改めて二人でどこかへ出かけよう。

俺はそう心の中で決めるのだった。

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