第3話 経験値

 この世には二種類の人間がいる。努力できる人とできない人である。では、両者の差とは何であろうか?これは至って単純なことで経験値がどれだけあるかだ。努力ができる人はできない人に比べて、失敗という経験を多く積み重ねている。失敗は成功のもとという言葉があるように、失敗から学び改善していくことで人は成長することができるのだ。逆にいうと、努力ができない人は失敗こそないが、ずっと停滞したままなのである。

 しかし、人間はそう理性的に割り切れるものではない。ほとんどが頭ではわかっていても行動を起こす人は少数であろう。

 現に、今から話す少年はその典型であった。少年は一日のほとんどの時間をスマホに注ぎ込み、勉強や運動には全く手を付けなかった。そのくせ、嫉妬深い性格で、学年1位の秀才や優れた運動選手をみては、悪い噂をたてて貶めようとしたり、馬鹿にしたりした。

 そんなある日、彼がいつものようにネットサーフィンをしていると、『経験値サイト』なるモノを見つけた。変な名前のサイトだなと思い、おもしろ半分にクリックしてみると、突然彼の目の前に悪魔が現れた。向こうから名乗り出たわけではないのだが、少年は直感的にそれが悪魔だと感じたのである。

 悪魔は『経験値サイト』の管理人であり、サイトについて説明しにきたらしい。少年は怯えながら、悪魔の話を聞いた。悪魔によると、『経験値サイト』はその名の通り努力せずとも経験値を得ることができるというものだった。例えば、野球ができるようになりたいのであれば、サイトにある野球の経験値をクリックしてインストールすることで、プロ並みの野球ができるようになる、という具合だ。しかも、制限や料金、寿命などの代償はない。最初は少年もそんなことができるのかと半信半疑であった。だが、試しに数学の経験値をインストールした瞬間、どんな数学の問題もとけるようになり、彼は悪魔の話を信じて、早速いろんな経験値をインストールすることにした。 

 まず彼は勉学に関する全ての経験値をインストールした。勉学に関して彼にかなうものは誰もいなくなった。次に運動に関しての経験値をインストールし、様々な大会で活躍した。トークの経験値で老若男女に愛されるようになり、また異性を口説く経験値で意中の少女と結ばれ、株取引の経験値で大金持ちとなった。

 だが、物事はそんなうまく行くはずもなく、サイトを使いはじめた日を境に、覚えのない記憶に苛まれたり、頭が割れるような頭痛がずっと続くようになった。少年は悪魔が代償について嘘をついたのかと思い、サイトから悪魔を呼び出した。

 「何か御用でしょうか?」「何か、じゃない。このサイトを使いはじめてから、何もしてないのに体が疲れていたり、覚えもない記憶や幻覚をみるんだ。代償はないんじゃなかったのか。」悪魔は呆気に取られたかのか、少し間ポカンとして後、大声で笑いはじめ、こう言った。「いや確かに代償はありません。ですが、私が提供しているのは経験であり、能力ではありません。」「どういうことだ?」「経験とは言ってしまえば記憶です。数々の失敗した記憶を次に生かすことを人は経験値と呼ぶのです。つまり貴方様は数々の記憶をダウンロードしていたのです。しかし、人間は維持できる記憶の量は無限ではありません。限界があるのです。つまり貴方は限界まで記憶をインストールしたせいで、身体が危険信号を出していたわけですよ。」そこまで聞いて少年は絶望した。少年のインストールした経験値(記憶)は300近く。しかし人間が維持できる記憶は約200年だ。つまりそれはー

 「やがて見合わない情報量によって、貴方様の脳は処理が間に合わなくなります。とても簡潔にいうと脳が使い物にならなくなるのです。」

 その後少年は自殺した。遺書はほとんどが支離滅裂な文章でかろうじて文法が成り立っている文章は一文だけっだった。そこには汚い字でこう記されていた。

「記憶に、経験に殺される!」

 






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