第6話 過小評価と正当な評価


 鏡月が急いで学園に行きオリエンテーションマッチングの観客席に行くと里美がいた。鏡月はそのまま里美の近くまで来たが声を掛けるのを雰囲気的に躊躇ってしまう。一旦里美に気づいていない振りをして声を掛けるタイミングを待つ事にする。


 すぐに声を掛けなかった理由は、知らない人とは言え男の勇気を踏みにじりたくなかったからだ。今鏡月の近くにいる里美は同じ一年生の男子生徒から告白をされていた。鏡月は自称空気が読めない人間ではないので試合を見ている振りをして横耳で聞くことにする。


「それで大事な話って何かしら?」


「一目惚れしました。良かったら僕と付き合って下さい」


 鏡月としては中学時代から里美の事を知っているが彼氏がいた所を見た事がなかったがそれも今日で終わりと思うと嬉しような嬉しくないような複雑な気持ちになった。友達としてはこれから彼氏になるであろうイケメン君の為に少し距離を置いた方ががいいかなとか思ってみたり、いつも気づけば一緒にいる里美とはこれをきっかけにキッパリと離れた方がいいのかもしれないと一人思い悩む。正確にはいつも鏡月の側に里美が気づけば近くにいたり、今日みたいに呼び出されたりで一緒にいるので別に鏡月が好き好んでストーカー行為をしていたわけではない。


「よく分からないが少年頑張れ!」


 鏡月は試合を見ている振りをしながら、里美に告白している男子生徒を応援した。同じ男として告白と言う行為にはとても勇気がいる事を知っている。

 だからこそ応援したくなった。

 その証拠に鏡月は両手を握り心の中で成功する事を祈った。


「えっと……本気ですか?」


 里美は困った表情をする。


「はい! 野口さんの事が好きです」


 里美の目を見て再度告白する男子生徒のガッツを鏡月は心の中で応援する。


『謎の少年頑張れ!』


「気持ちは嬉しいけど……私ずっと前から好きな人がいるの。だからごめんなさい」


 里美は男子生徒の顔を申し訳なさそうに見ながら、頭を下げて謝る。鏡月は里美の言葉に驚いた。中学時代誰とも付き合わなかったのはそうゆう理由だったのかと思った。鏡月としては、てっきり誰かと付き合うのが面倒だったり、里美の我が儘を受け入れてくれる包容力がある男子がいなかったり、告白してきた男子の容姿が平凡な為美人で性格に難ありの……ではなく美人な里美と釣り合わないからだと勝手に思い込んでいた。


「その好きな人って言うのは、昨日一緒にいた人ですか?」


「ち……違うわよ。鏡月はと……とも…だちよ」


 里美は動揺したのか少し顔を赤くする。


「そうですか。僕じゃどうしても野口さんを振り向かせる事が出来ませんか?」


 振られても諦めない姿勢に鏡月は感心する。

 きっと鏡月が逆の立場なら振られる以前に告白すら出来なかったと思った。


「どうだろう。私が好きな人は優しくて私の我が儘をいつも聞いてくれる。でもちゃんとダメな事をしたら怒ってくれるの。そして、困った人には無償で手を差し伸べて、それでいて弱いくせに私を守ってくれるって言ってくれる女心にとても鈍感な人よ。でも、もし私の好きな人以上に貴方が私の心を強く刺激してくれたら、万に一つの可能性だけど貴方を好きになるかもしれないわね」


 里美は優しく男子生徒に自分の思いを伝える。

 中学時代から友達をしている鏡月からしてもその言葉は恐らく里美の本心なのだろうと思えた。


「でも、私は多分あいつがこのまま振り向いてくれなくても一途に想い続けると思うわ。それでも良ければまずは友達から初めましょう?」


「はっはい! 僕は高橋雄二と言います。上級能力者で学年ランキング二十三位です」


「うん。私は野口里美よ。貴方と同じ上位能力者でこれでも学年ランキング三位。これからよろしくね」


「こちらこそよろしくお願いします。もし良かったらこれからは里美さんと名前で呼んでもいいですか?」


「里美でいいわよ」


「ありがとうございます」


 まさかの展開に鏡月は驚きの連続だった。里美に振られた雄二の粘り強さがまさかの恋人とはいかなかった物の友達と言うポジションを手に入れた事に。それも里美から友達になろうと提案した時、鏡月は珍しい事もあるんだなと思った。中学時代の里美は振った男子生徒や行為がある人間とは仲良くならなかった。何でも私に行為のある男の大半が身体目的だからと言う女性視点での意見を述べていた。確かに服越しでも分かるぐらいに里美の大きな胸に思春期の男子なら目が行っても仕方ないと思う。鏡月も初心な男の子なので里美と仲良くなり見慣れるまでは胸元に目が何回も行ってしまった。その度に里美から「変態」と何回も言われ睨まれた。告白こそしなかったが変態扱いしながらもよく自分とは仲良くしてくれたなと言うのが鏡月の中での永遠の疑問の一つである。


「女心と秋の空か」


 特に意味はなかったが鏡月は一人呟いた。


「それで里美はこの後どうするの?」


「私? 私は鏡月に聞きたい事があるから……って、いつの間にかいるし」


 里美は来るのが遅い鏡月を待っていたが雄二の後ろにいる事に気づく。


 鏡月は考え事をしていたせいか里美の声が聞こえなかった為、


「てか好きな人いたんなら俺とじゃなくてそいつの所に行けばいいのに。何でいつも俺の側にいるんだ? 世の中色々と不思議だな」


 と、一人見えない誰かに向かって呟いていた。



 すると、里美が鏡月の隣にやって来る。

 里美は待ち人の顔を見上げながら上の空で考え事をしている鏡月のわき腹を抓り現実に戻す。


「いたぁいいたぁいぃぃ」


「何よ。人を待たせて置きながら、人の秘密を盗み聞きまでして。私と一緒にいるのそんなに嫌だったの?」


「いぃうあじゃないふぇす」


「ん?」


「嫌じゃないです」


「本当に?」


「はい」


「ならいい。不安になるような事言わないで」


 里美はそう言って抓っていた鏡月のわき腹を離す。

 口にはしないが昨日と言い今日と言い容赦がないと思いながら鏡月は抓られたわき腹を優しく擦る。


「ごめん」


「うん」


 鏡月が里美を見ると、雄二の視線を感じた。


「それで、そちらのイケメンで優しそうな方は彼氏さんか何かで?」


 鏡月は里美と雄二の話しを盗み聞きしていたが、ここは聞いていなかった振りをする事にする。その方がついさっき里美に振られた雄二としては気が楽だろうと思い、鏡月なりに気を使ってみた。


「ん?」


 里美は鏡月の視線が雄二に向いている事に気づく。


「あ~彼? 彼は高橋君よ」


「いや、そうじゃなくてどちら様って聞いてるんだけど?」


「友達よ。と・も・だ・ち!」


 里美は鏡月に対して友達と強く主張する。鏡月としては何故そんなに強調するのかなと一瞬疑問に思ったが里美としてはきっと勘違いされたくないのだろうと推測してこれ以上深くは聞かない事にする。


「友達?」


「うん」


「初めまして。俺は西野鏡月と言います」


 鏡月が雄二を見て会釈をしながら自己紹介をする。


「初めまして。高橋雄二です」


 雄二も会釈しながら鏡月に自己紹介をする。


「えっと……お邪魔みたいなんで俺はこれで失礼します。後はお二人で仲良くしてくださいでは」


 鏡月は先ほど男を見せてくれた雄二に気を利かせてその場を立ち去ろうとするが、里美が鏡月の腕を掴みすぐに止める。


「ちょっと! 私との約束は!?」


「約束?」


「もしかして、もう忘れたとか言わないわよね?」


「あぁーそれね。別に後でも……いえ今からお話しします」


 鏡月の気遣いをお構いなしに腕を掴む里美の力が徐々に強くなったので先にこちらを終わらせる事にする。


「二人は仲いいんだ」


 雄二の言葉に鏡月と里美が顔を見合わせる。


「そうか?」


「そう?」


「ほら、息ぴったりじゃないか」


 雄二はお互いの顔を見て首を傾げる二人を見て笑う。


「もし良かったら僕も二人に混ぜて貰ってもいいかな?」


「俺は別に構わないが」


「う~ん。まぁ鏡月が良いなら」


「ありがとう」


 三人は立ち話も疲れるので近くにあった観覧席に並んで座る。


「それで鏡月は昨日あいつと何があったの?」


 里美は隣に座る鏡月の顔を見て先ほどとは違い心配そうに聞いてくる。雄二は鏡月を見て何の話しだろうと思っているのか黙って静かに視線を向ける。鏡月はそんな二人をチラ見して今も試合をしている早苗を見ながら答える。


「昨日、里美が倒れて助けに行ったら急に不意打ちされた。その一撃を躱したら学年一位に後日試合をしよって言われた」


 鏡月は里美に余計な心配を掛けないように必要最低限に昨日の出来事を話す。早苗に謝って欲しいのは事実だが無茶と無謀が違うように勝算が〇の状態で戦う事は出来るなら避けたかった。


「つまりあいつが鏡月に興味を示したって事?」


「まぁ~そうなるかな」


「無理よ。昨日私もあいつと戦うまでならもしかしたら鏡月ならって思ってたけど……。昨日戦ってわかった。あいつの実力は私より格段に上。いくら鏡月でも勝てない。ううん、まず勝負にすらならないわ」


「わかってる。でもこのオリエンテーションマッチング中に戦わないといけない理由が俺にはあるんだ」


 鏡月は試合中の早苗を見ながら答える。里美の声から本当に心配してくれている事がわかったが、鏡月としてはやはり私利私欲の為に手加減をしたとは言え里美をあそこまで傷つけた事が許せなかった。


「理由って何?」


「里美には関係ない事だから気にしなくていいよ。これは俺と学年一位の問題だから」


 鏡月はここで顔の向きを変えて里美に微笑みながら言った。


「うそ……鏡月は自分の為に何かをするような奴じゃない。昨日私が気を失ってる時に何があったの?」


「何もないよ。ただ今も何処か自分の力を過信して強くなる事にしか興味がなく周りの人を踏み台程度にしか考えていないあいつを許せないだけだ」


「この際だからハッキリ言うけど学年主席と次席は私より遥かに強い。根本的に能力がずば抜けているの。それでも鏡月は戦うの?」


「あぁ」


 心配する里美の頭を撫でながら鏡月が立ち上がる。


「高橋頼む。少しだけ里美をお願いしていいか?」


「うん。もしかして行くつもり?」


「あぁ。これ以上怪我人増やすわけにはいかないしな」


 雄二も心配そうに鏡月を見る。


「気を付けて。でも勝算は?」


「ないよ。でも里美に言ってて気づいたんだ。勝算以前に今の自分がやるべき事がなんなのかって」


「待って!」


 里美が鏡月と雄二の会話に入ってくる。


「わかった。もう止めない。けど試合は明日以降にして。鏡月に私が使っている、ううん上位能力者の一部の人間が使っている真の能力について教える。だから今から私と来て」


「待って。それは脳に負担を掛け過ぎる事になる。上位能力者は脳の演算処理能力が高い事からそれを利用して更なる力を得られるけど……下位能力者がそれをすればどうなるか里美にもわかってるはずだ」


「そうね。私が風の能力使いで雷を使うには演算処理能力の大半を使う。でも後は慣れで何とか出来る。なら演算処理能力が元々高い人間なら問題ないって事よね?」


「それは……そうだけど。下位能力者には無理だ」


「貴方は鏡月の本当の力を知らない。だからそんな事が言える。鏡月の本気の十秒は私を超える。そうよね? 鏡月? ってどこ行ったの?」


 周囲をキョロキョロしてついさっきまで隣にいた鏡月を探す里美と雄二。

 しかしいくら周囲を見渡しても鏡月の姿が見えなかった。


「まさか?」


 里美は慌てて試合会場に視線を向ける。

 すると、早苗が次の対戦者を待っていた。


 その対戦者とは鏡月だった。


「ダメ……鏡月……なんで……」


 里美は心配と不安が入り混じったような顔をして試合会場で向き合う二人を見る。雄二はそんな里美を横目で見て静かにこれから起こるであろう戦いを見守る事にする。


「君は……バカだ。こんなにも心配してくれる女の子の気持ちを全部無視して、それでいてこんな無茶をして。ランキングはその人の力を表している。ランキングを持たない君では一瞬で負ける」


 雄二は独り言を呟いた。

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