ソロショッピングは手ごわい。

タカナシ

第1話

 広大な駐車場の一角にひっそりと車が停まった。


「ついに、ついに来てしまった」


 車から降りた男は思わず、そう呟きながらポケットの中の財布を握りしめる。

 スラっとした体躯に後ろに撫でつけられた髪が似合うダンディな男性であったが、その表情は恰好とは不釣り合いに頼りなさ気であった。


 男の名前は、後藤ナオキ。今日、念願の革ジャンを買いにアウトレットに訪れているのだが、いつも連れ添っている妻の姿はそこにはなかった。


「あいつが居たら絶対高い革ジャンは買わせてくれないだろうからな。精々3~4万くらいのものになるだろう。だが、今日、俺が買いたいのは10万くらいの良いヤツなんだ! 俺が頑張って貯めたお小遣いくらい好きにさせてもらうぞっ!」


 いい訳染みた独り言を呟きながら、アウトレットへと入って行く。

 高級品を買うといいながらアウトレットに訪れるあたり、妻に毒されているといえるかもしれない。


「さて、まずはアウトレットに来たのはなんやかんやバレるだろうから、ダミー用の買い物をしよう」


 最初からバレること前提の弱腰でナオキは動き始める。


「まずは、ここ、ここ!」


 リーズナブルでかつオシャレな柄がついているお気に入りの洋服店に足を運ぶ。


「妻は、これはアニメの絵だから辞めときなっていうけど、まぁ、気に入ったものなら知らないアニメのものでもいいだろう」


 アニメやマンガに疎いナオキは、この店のシャツがアニメ柄だということに全く気がつかないのだが、アニメ柄に共通していえることが1つあった。それは、よくよく見るとキャラクターがデカデカと描かれていることだ。

 だから、それさえ避ければ大丈夫だと思い、その洋服店を訪れたのだった。


「おっ、このワンポイントの刺繍のやついいじゃん」


 胸ポケットに黒い人が刺繍されたシャツを選ぶと会計を済ませた。


 次にナオキは妻の為のプレゼントを選び始めた。

 自分だけ高い買い物をする罪悪感から、普段ならば絶対に買わない妻へのプレゼントを選ぶ。

 しかし、探し始めたはいいが、女性へのプレゼントなどここ十数年贈ったことがなかった為、苦労した。

 アウトレット内を行ったり来たりした末、とうとう妻ともほとんど入らない頭にGの付く高級店へと足を踏み入れた。


「高い、高いが、このスカーフなんていいんじゃないか。これなら予算オーバーギリギリだし。だが、色がどれがいいかな?」


 悩んでいると、買うオーラを察知したのか女性の店員がすり寄って来る。

 ナオキは妻がよく着ている服の色しか分からなかったが、それを伝えただけで店員はおススメを示してくれた。


「ふぅ、なんとか買えたが、かなり精神力を削られた気がする……」


 高級店独特の空気によって、すでにゲッソリとしていたが、このあとはとうとうお目当ての革ジャンを買いに行けると思い直すと足取りも軽くなった。


 高級革ジャンを取り扱う店へ入ると、すぐさま男性店員が駆けつける。


「10万円切るくらいでカッコイイ革ジャンってあります?」


 店員は、「少々お待ちください」といって革ジャンを取ってくる。


「こちらは王道のショットの革ジャンです」


 黒のライダースジャケットが店員から手渡される。

 恐る恐る値札を見ると、9万4000円。

 しっかりとナオキの注文を押さえてくる。

 しかし、値段以外はというと、ナオキのほっそりとした風貌にはいささか合わなそうなゴツイ革ジャンであった。

 

「なかなか良さそうですけど、俺に似合いますかね?」


 店員はその言葉を待っていたとばかりに次の革ジャンを取り出す。

 今にして思えば、あえて少し似合わないものを持ってくるというのは店員の罠だったのだろう。


「こちらは少しご予算をオーバーしてしまうのですが、ジェームス・グロースというメーカーのもので……」


 シャープなシルエットの革ジャンで、ナオキの体型にもしっかりと合いそうな一品。お値段は13万円。


「う、うぅん。かなり好みなんだが、値段が……」


 悩んでいるとさらに店員は、


「自分はこれなんてめちゃくちゃカッコイイと思うんですよね」


 1945.C.A.というメーカーで、シンプルなデザインながらその着心地と機能美が見て取れる一品。お値段18万円。

 ふわりと試しに羽織らされる。


「こ、これもいいね」


 だんだんと頭の中のソロバンも麻痺してきたが、10万越えは買うのに勇気が出ない。

 こんなとき妻と同行しているナオキならば、妻もいいと思った品ならば多少高くても、「いいじゃない。これなら多少高くても買った方がいいわよ!!」と背中を押してくれて買えるのだが、その妻もおらず、途方にくれていると、最後にダメ押しと言わんばかりに店員は、


「ダンヒルのもいいと思うんすよね」


 シックなデザインで、大人向けの妖艶さを兼ね備えた一品。

 ナオキくらいの中年といえる年の男にはドストライクな革ジャンだったが、お値段は38万円といきなりかなり高額だ。


 店員としては高額商品を見せ、その後18万か13万の革ジャンが安いと錯覚させ買わせる手筈である。


 流石に38万はマズイと思うナオキだったが、いまいち強く断れず、「う、うぅん、どれもいいな」と曖昧なことを言ってお茶を濁す。


(いやいや、ここで38万なんか買ったら妻に何を言われるか! 頑張れっ! そして13万くらい、いや、もう少し安いのをっ!!)


 別のを見たいと言う勇気もなく、遠くを見ることでその意思を示そうとしたが、視線を逸らす先が分かっているかのように店員が視界に入って来る。


(視線が店員から外せないだとっ! くっ、完全に俺はこの店員の手の平の上なのか!? こ、このままではマズイ! 38万を買わせる気だっ!!)


 勝手に誤解し恐れおののいていると、極限状態の中、脳内に妻が現れる。


「こんな高いの買えないよ。却下! 却下! 他の見せてちょうだい」


 過去の妻のセリフがそのまま再生される。

 強気で言い放つ妻のおかげで今まで無駄に高い買い物をしなくて済んだのだなとナオキは思いを馳せた。


(妻がいつもいっている事を言うだけだ。言うぞっ、言うぞっ――)

 

 ならば、自分もと思ったが、店員の顔を見ると、強い言葉は何も言えず、


「えっと、すみません。また今度にします」


 何も買わず、そそくさと店舗から出て行くのが関の山だった。


「結局、何しに来たんだっけ……」


 手にはダミー用のシャツと妻へのプレゼントのスカーフのみ。

 ナオキは、ソロショッピングがこんなにも過酷なものなのかと後悔しながら家路へと戻った。


                 ※


「あなた、アウトレット行って来たの? ってこのシャツ、ショッカーじゃない」


 アニメでは無かったが、特撮のシャツを買っていたという事実にナオキはますますショックを受ける。


「これ、プレゼント……」


 さらに力なくスカーフを渡す。


「ありがとう! そろそろ結婚記念日ですもんね!」


 そう言えばそうだったとナオキは思っていると、


「はい。これはわたしから。どうせあなたじゃ買えないでしょ」


 妻から手渡されたのは、革ジャンだった。

 高級品ではないものの、ナオキの好みの形と色。


「ははっ、敵わないな。なにもかもお見通しか」


 ナオキは軽く笑って、革ジャンを羽織ってみた。

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ソロショッピングは手ごわい。 タカナシ @takanashi30

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