第21話 心の声(エピローグ)
もう、朝になったようだ。
ここ、数日の間といえばいいのか、思い起こせば僕が久米島へ行った頃からだと思うが、それいらいの僕はずっと喪失感のまま昼夜の境のない時を過ごしてきた。そして今、僕は身を置ける安らかな眠りに就いていた。
昨夜、僕の元に起きた奇跡は夢、それとも頭がおかしくなっての妄想なのか、
それはわかてはいても僕には目を開けるのがやはり怖い。これが夢で目を開ければ、そこにあるはずの幸せが煙となって消えてゆくのでは?……だが、僕の体に触れる現実を確かめたいという欲望がむずむずと
僕の目の先には、未だ見慣れないでいる顔が、僕に微笑んでいる。僕の妄想の中では志緒梨だった筈はずだが、松本小夜香の顔があった。しかし、瞳の奥にはとても懐かしく、愛おしい光を讃えている。そして、その顔が、懐かしい言葉をそよ風のように、僕に伝えてきた。
「おはよう……たぁちゃん」
「ウ、ウン。ぃちゃん、おはよう……もう、起きていたんだ? いつから?」
「ウーン、少し前から……たぁちゃんの寝ている顔を見ていたの」
「フーン、そうなんだ」
「あのね、私なんだか可笑しいのよ。目を開けるのが怖くて……なんだか、目を開けると目の前のたぁちゃんがいなかったら、って思うと怖くて……私、たぁちゃんの腕の中にいるっていうのにね?」
「ウ、ウン。それ、僕にも分かるよ。だって、僕も今、ぃちゃんがいなかったらって思って、怖かったからゆっくり目を開けたんだから」
「フーン、やっぱりたぁちゃんも怖かったんだ。でも、たぁちゃんいてくれてよかった。嬉しい……」
ぃちゃんが、抱きついてきた。胸が前にはなかったすごいボリュームだ。
「アッ、凄いね。ぃちゃんの、その胸……」
「アアー、嫌だー。やっぱり、たぁちゃんは……」
ぃちゃんは、思わず左手で胸を隠した。
僕は、その手を握った。しかし、彼女はまた反射的に僕に見せまいと引っ込めようとした。
「この手も凄いね」
僕の、握った ぃちゃんの手首には横に数本のミミズ腫れの傷跡がくっきりと浮き上がっていた。
「 ぃちゃん、いいんだよ。この傷だって、僕は、愛してあげる。今の ぃちゃんは、松本小夜香の記憶もあって、体は彼女のままだけど……でも、僕の愛する ぃちゃんもこの中にいるのだから……僕は、今の ぃちゃんのすべてを大切にするよ。今ある ぃちゃんのすべてを受け入れて、今までと変らずに大切にするよ。ぃちゃん、愛してる」
「たぁちゃん、ありがとう。これからは、私の人生だけでなく小夜香さんの為にも、そこのご両親も大切にしてあげないといけないし、それと……」
「ウン、言わなくてもいいよ……分かってる。僕に任せて」
僕たちは、お互い体を引き合って唇を重ねた。そこに、ミュウが体を割り込んできて、彼女の頬に頭を擦りつけきた。
それから、僕たちはベットから出て、彼女の服が乾いているのか見たが、元々シワぽっい風な作りのワンピースなので、彼女はそのまま着替えて、僕にどうお? って風にポーズをつくり笑みを見せた。それから、少し離れたお洒落な食事のできるカフェでブランチをとり、そこでこれからの
ぃちゃんが、僕の許に還って着て、二週間が経った。
前に頼んでおいた不動産会社から電話が入り、佐和田さんに保証人となってもらいその上、幾らかのお金を借り、僕たちは目当てにしていたアパートの賃貸の契約をした。そこに、以前 ぃちゃんが住んでいた部屋にあった家具と殆んど同じ物を探し出し、前と同じように配置をした。
僕と、ぃちゃんはふたりで具志堅たちがするはずだった佐和田さんの二号店のサンドウィッチの店を任せて貰いながら今まで僕と由縁のあった野菜の関係の人たちに連絡を取り直し今後の計画を話し合いの許で僕自身の再起を図った。それは、今までお世話になった人たちとまだ関係を持っていたかったからだが、その代わり具志堅たち絵美ちゃんとふたりは本店を継ぐこととなり、佐和田さんは僕の計画に参加し代表として顔となり、ミユウ・カンパニーという会社を設立し、これから本島全域にこのサンドウィッチ屋をつくり、目標は世界に打って出てやると意気込み、社長という肩書きを背に農家と畑をまわり直仕入れに
僕たちは、引越しも落ち着き、夕暮れ間近のベランダで肩を並べ缶ビールを飲み、傍にいた ぃちゃんが、僕の肩を小突いて”ネエ、もうそろそろいいんじゃあない。早くしてよ”というような合図を送ってきた。
僕は、それにうなずき、ポケットから携帯電話を取り出し、電話を掛けた。相手は、ぃちゃんの元両親の許に今は預けられている子供たちだ。
「アッ、もしもし…リーオー、元気だった?……ウン、そう仲村だよ。驚いた?」
「ン、別に、どうしたの? なんか用?……」
隣で耳をそばだてていた ぃちゃんが「もう、この子ったら、相変わらず愛想がないんだから」とボソボソッと言った。
「アッ、何でもないんだけど。唯、近々一緒に食事を取らないかなーって思って……ほら、前に僕のグラタン食べたいって言っていただろう?」
「ウーン、ならカーズーにも聞いてみる。返事はそれからするけどいい?」
「アア、いいよ……それじゃあ、待っているからね」
それから、一時間程して梨緒からOKの返事の連絡が入り、ぃちゃんは目頭を熱くし僕に抱きついて来た。僕はウンウンと ぃちゃんの頭を撫でてあげた。
そして、その日が来た。僕は、ぃちゃんの子供たち二人を車で迎えに行った。
二人は、今僕たちが住んでいるアパートに近づいて来ると、僕がハンドルを切る前に勝手に二人は「次は右だ。そして、今度は左だ」と
梨緒と一哉が、目を丸くして、〝まさかだよね?〟という眼差しで僕を見ている。
そんな二人に笑みをつくり、僕は後ろにまわり背中をポンッと押してやった。二人は、その合図を受け、心の思いのままに駆けだし階段を上って行く。その後を、僕はゆっくりと追って行くと、二人が以前住んでいた部屋の入口のドアの前に二人は立っていて、僕を待っていた。
「ウン、そうだよ……開けてごらん。そして、〝ただいま〟って言ってごらん」
二人は、僕にうなずいて見せ、ドアを勢いよく開け、大きな声で「ただいまー」と言い、中へと入って行った。
しかし、二人は立ち止まり、以前そこに母がいたはずのキッチンの流し台の前に、見知らぬ若い女の人がいて、二人はその姿を見た途端、大人しくなってしまった。
僕は、二人に料理が食卓に並ぶまでの間、しばらく懐かしいはずのソファベットに座っていてと言い、流し台の ぃちゃんに
ソファベットにいる二人の傍に、ぃちゃんは近づいて行き、二人の座る間に割って入り、身を硬くして身構えている二人の肩を、ぃちゃんは優しく引き寄せ、二人の頭を撫でた。二人は〝なんで?〟とい感情になり更に身を硬くしたが、そのうち自然と気持ちよさそうに ぃちゃんの肩に身を任せ始めた。
二人は、頭を撫でる若い女の人の手に、懐かしい母の感触を思い出したのだろうか、二人同時に、僕を見て〝まさかだよね?〟と真意を知りたい衝動に駆られ、僕に目で助けを求めてきた。
僕は、二人に深くうなずき〝ウン、そうだよ……自分の目で見てごらん〟と合図を送った。二人は、肩に預けた顔を上げ、若い女の人の顔を見た。
ぃちゃんは、二人の顔を交互に眺め微笑んだ。すると二人は、若い女の人の瞳の奥に、自分たちの欲しかった答えとしての確信が見えたのだろう。梨緒と一哉の目に、涙が溢れ出てきた。
「お、お母さん?……お母さんなの? 梨緒のお母さんなの?」
「お母さん、本物なの?……本当の僕のお母さん?」
ぃちゃんは、やさしくうなずき、二人の体を包んでやった。ぃちゃんの、頬も涙で濡れている。
「リーオー、カーズー、寂しかった? お母さんも、どんなに寂しかったか……もう悲しい思いは、貴方たちにはさせないからね」
ソファベットの三人は、もう血は繋がってはいないが、深く魂で繋がった母と子なのだ。どんなに、遠く時空さえ超えて離れていたとしても、お互いがお互いの魂を呼び合った僕と志緒梨のように……。
この三人の魂だって、きっと呼び合っていたのだろう。
それは、三人にしか聴こえることのない、心の声で……。
『よかったなヨシタカ、これですべてまるく収まった。でも、真樹に麻美の幸せも考えておくれよ』と僕の意識の中で声がした。
空耳なのか、とテーブルに寄り掛かっていた僕が、ふと気づくと御馳走の並ぶテーブルの上で、皿の間にミュウがいて、僕に目配せを送っている。ご機嫌なのかミュウは尻尾を振っていたが、よく見ると振られた一本の尻尾の後に遅れてもう一本の尻尾が見えた。
ベランダの外では桜の花びらが風に舞い、この部屋にいる僕たちに祝福をおくり、沢山の人たちへも分けてあげると風にのり遠くへと幸せを運んでゆく。
終り
タイム トゥ ソウル Ⅱ (求め逢う魂たち) 村上 雅 @miyabick23
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