第7話 同じ穴の二兎・・・
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朝、薄でのジャンパーを透し海が近いせいか潮の香りを含んだ風が少し肌に寒さを覚える。
僕は、昨夜寝る前に、携帯電話のアラーム機能を五時にセットしておいたおかげで目を覚ますことが出来が、昨夜の居間に行くと、もう朝食の用意がなされていた。
奥さんは、「あまりご馳走はないですが、どうぞ」と言ってくれたが、僕には十分なご馳走を出してくれた。それも、ここ数年ぶりのまともな朝食だったので、ご飯を二杯もおかわりをし腹いっぱいになるほど食べた。
奥さんは、旦那の山城さんは、もうすでに裏のビニールハウスに行っていて、今日の出荷分の野菜を収穫している、と言うので、奥さんに昨夜から今朝にかけてのお礼をいい、ビニールハウスに行き、青梗菜を採っていた山城さんにもお礼をいって、車にむかった。
車に乗り込む前に携帯電話を見ると、志緒梨からメールが一件届いていた。
件名〔 無し 〕、本文〔今夜は山城さんのところでお泊りなんですね?。
明日は、気を付けて出社して来てくださいね……それでは、おやすみなさい。〕とあった。
受信時間を見ると十時二十分の表示だった。その頃、僕は山城さんに気を遣い携帯をマナーモードにしていて、山城さん夫婦と楽しくしていた時間だ。
僕は、車に乗り込み志緒梨に昨夜のメールの返事を返した。
件名〔おはようございます!〕、本文〔昨夜はごめンなさい……仲間部長からのメールに気付きませンでした。
僕は、これから山城さン宅から会社に向かいます……会社で、またお会いしましょう。〕と返事を送った。
僕は、そろそろ出発しようと、イグニションキーを回かけたとこへ、山城さんが手に青梗菜とトマトに茄子や沢山の野菜を抱えてやって来た。
「よかった。間に合った。これ、持って行って」
と、抱きかかえている野菜を後ろのドアを開けてシートにドサッと置いて、またドアを閉め直し運転席のドアの窓に片手を置き、はにかみなから。
「昨日は、ありがとう。後ろの野菜は気持ちだから食べてよ」
「ありがとうございます。でも、こんなにいっぱい。いいんですか?」
「いいんだよ。気持ちだから。それに……」
「何ですか?……言い辛いことですか?」
「いいや、そうじゃあないんだ……昨日なっ、仲村さんが保険に入ったらって言ったから、俺なりに考えたんだけど。女房や子供たちの先を思うと、やっぱり俺に何かあると大変だな、て思ってね。仲村さんたちは、会社員だから余り心配はないかもしれないけど。俺は、自営業だから何も保障もないから、まあ、一応は農協の方の保険には入ってはいるけど。でも、俺と同じ農家の知り合いのヤツが死んだ時に、余りにも低い
「山城さん、いいじゃあないですか。僕は賛成です。掛け金が増えても、苺やハーブ園で頑張りましょう。近い内に、必要な資材は僕が見立てて来ますから」
「アア、そうだな。ハーブに苺を頼むよ。これから、また色々と仲村さんには面倒を掛けるかもしれないけど、宜しくなッ」
と窓越しに手を差し伸べてきた。
僕は、山城さんの手を両手で握り締めて、目頭が熱くなるのを感じた……これで、山城さんを救える。
これで、この家族も幸せにやっていける。そんな思いがあった。
会社へは、朝礼開始の三十分も前に余裕で着いた。
今日は、志緒梨は未だ来てはいないようで、彼女の車がなく。代わりに、先週の金曜日から土日を利用しての離島に出張して、昨日の昼後から出社したという、僕より年下の営業部長の新城が来ていて、僕の入院騒ぎの出来事を、面白可笑しそうに話をし、僕をからかった。
僕は僕で、病院に運んでくれたり何かとお世話になった手前、唯々謝り感謝の意の言葉をさんざん言う羽目になりへきへきさせられた。
やっと、朝礼の時間となり、これほど朝礼が待ちどうしい気持ちになたのは初めてのことだ。
久々に、全員集まっての朝礼だ。
営業には僕と部長の新城を含め、この頃はまだ三人で沖縄全島を担っていた。
他に、野菜班も三人で、事務に一人女性とアース・フーズ直営店の店舗総括部長として志緒梨とその助手の女の子が一人で、社長も含め数えて十人のまだ規模としては小さな会社である。
朝礼も一通り終わり。役員会議が始まり、来週の土曜日に僕の退院祝いをし、その次の週の金曜日に離島の伊平屋に行くとの予定で会議も終わった。
僕は、営業に出る仕度も整い。志緒梨に目で、〝いってきます″の合図を送り。彼女は、無言で腰の辺りで小さく〝いってらっしゃい″と僕に少しの笑みをつくり、手のひらを見せ振った。
その日の僕は、営業の合間に、山城さんへの苺とハーブに使う資材集めをし、夕方を迎えた。
会社に戻る途中に、携帯電話で親友の
会社に戻り、日報を二日分急いで書き上げ、具志堅を迎えに行き、車を自宅の駐車場に止め、いつも行っていた
ここへ来る途中、具志堅にはいろいろと聞かれた。
先ずは、先週から僕との連絡が取れなくなり、最初の二、三日は忙しいからなんだと思っていたけど、一週間も僕から連絡がないので、何か遭ったのか自分なりに考えながらも、どうしようもなく心配で仕方なかったらしい。僕が、疲労と栄養失調で入院していたと聞いたら、彼
僕は、具志堅を車で迎えた時、彼が幽霊になって僕の傍のナビゲーターシートに座っているような妙な感覚でいた。と言うのも、彼、具志堅は六十才になる前に、体調を悪くし病院へ行くと、医者に胃癌と宣告をされた。それから、僕は見舞いに行く度に、彼が痩せ細っていくのを見ていた。結局、僕は彼に何も出来ず、彼は逝ってしまた。
それが、今は僕のことを心配し、僕の隣を一緒に居酒屋に向い歩いている。
不思議というより、何か感謝の想いの方が強い。僕は、志緒梨の次に、彼にもう一度逢いたかった。
しかし、僕の記憶の入院中の痩せ細った悲壮な彼を見ていただけに、はじめは僕としては逢うのが怖い、っていうものが心中彼に逢うまではあった。
僕の、住んでるアパートから五分も掛からず、
この居酒屋は、この頃、僕は具志堅と毎週のようにかよっていた。別に、此処に可愛子ちゃん目当てで来るという訳ではなく、酒が入ると
扉は開いていて、
「仲村さんは、いつもの通りカウンターでいいんですよね?」
と聞いてきた。
此処も、いつもの僕と具志堅の席だ。具志堅は何故か端の席を好む。聞いても訳はないらしい。唯、その場所が落ち着くらしい。彼は、他の飲み屋にいっても、やはりカウンターだと端に席を取る。彼には、そこがやはり心の安らげる場所なのだろう。
視線をカウンターの向こうにむけると、板長の国吉さんが、僕の記憶のままに短い角刈りの白髪雑じりの頭で、相変わらずニコニコした顔で「いらっしゃい。仲村さん、お久しぶりですね」と声を掛けて来た。
唯、その目には、左端には触れないでおこうとする気配があり。僕らの腰掛けるカウンターの左端に眼を向けると、そこには三十代くらいの客がビールに煙草を片手に座っていてたが、その脇に何故か此処の店長が立っていた。その上なぜか、不思議と緊迫した空気を漂わせていた。
僕は、小声で国吉さんに聞いてみた。
「国吉さん、あちらは何か遭ったんですか?」
国吉さんは、苦笑いをしながら、僕と同じように声を抑え。
「イエね、端のお客さんが、彩菜ばっかり呼ぶもんだから。仲村さんも、知っていると思うけど、彩菜のことが好きな店長は、それが気にいらなくて彩菜を呼ばせないように、さっきからずっとそこに立っているんですよ。もう本当に困っちゃいますよね」
「アアー、それでさっき彩ちゃんが僕たちを珍しく迎えに来たんだ……何か、勝手に勘違いして嬉しくなっちゃったけど。そういうことだったんだ」
「エッ!、そうなの? てっきり、僕は仲村が来て嬉しくて、本気で彩ちゃんが迎えてくれたんだ、と思ったんだけどなー……何せ、あの時の彩ちゃんの目は本気ぽい感じだったけどなー」
具志堅が言った言葉が聞こえたのか、左端から鋭い視線が、背中を向けていた僕に刺さったような……?。
恐るおそる、ゆっくり後ろを振り向くと、左端の僕の目に、二人が僕を睨みつけていた。やばい、具志堅は何てことを言うんだ。僕は、とっさに向こうに聞こえるように、具志堅に答えてやった。
「なに、言ってんだよ。こんな僕みたいなおじさんに、あんな若くって可愛い娘が相手なんてする訳がないだろうに……いい加減にしろよ。ねえ、国吉さん?」
国吉さんは、笑顔でうなずきながら気を利かせてくれて。
「ですよねー。彩菜も、仲村さんのことを、唯の大事な常連さんと思っているだけですよねー」
と言いながら、目を細めて左端の二人に眼をやった。
僕も、その二人を見ると、
そこで、未だ何も注文をしていないのに、ビールの入ったジョッキを二つ両手にとびっきりの笑顔で、彩菜がやって来て。
「ハイ、お帰りなさい。ご主人さま……エヘッ!」
と、ジョッキを置きながら、更に場違いな冗談を言った。
や、やばい……やはり背中に視線が鋭く当たっている。痛い……もう、後ろは振り向けない。
こうして今夜は変な空気のままに、懐かしい心の友である具志堅との
具志堅は、酒のつまみにミックス・ピザを取り。僕は、勿論国吉さんの作ってくれる、刺身の三点盛りを注文をし、それとビールをもう一つ頼みカウンター内の国吉さんに届けてもらい、三人で久しぶり、と僕の退院祝いの乾杯をした。
僕にとっては、この場所で具志堅との再会に乾杯……嫌、もう彼とは逢えないと思っていただけに
僕は、余りにも嬉しくてジョッキのビールを二口で飲み干してしまった。
近くに彩菜はいたけど、不機嫌に煙草をくゆらせビールを飲んでる左端の男と、今はカウンターと厨房との間で、僕と彩菜を視ている店長が気になるので、たまたま側を忙しそうに通り掛かったしんちゃんという男の子を呼び止め、ビールのお代わりをしたのだが、僕のビールを飲むピッチを見て、具志堅が声を掛けた。
「オイ仲村、病み上がりで大丈夫なのか? 今日ぐらいは、ゆっくり飲んだらいいんじゃあないのか?」
「心配してくれてありがとう。でもなっ、今日は嬉しいんだ。ウーン、何か、生きてるって感じで。僕もお前もなっ」
「何だ、それ? 嗚呼、そう言えば、同級生の
「ウーン、僕の方は少し違うけど。でも、まあそうかな。僕の場合は健康でとかじゃあなく、ただ生きてる。ただ、それだけで嬉しいんだ」
「嗚呼ー、分かった。お前……部長だろ? ホラ、最近メル友になったっていう、仲間っていう部長のことだろ? アアーア、羨ましいなー。何か、お前がめっちゃ羨ましいよ」
僕は、彼の言っていることは九割方当たっていると思い少し、はにかんだ。
具志堅に向き直り、彼に真顔で伝えた。
「あのな具志堅、今だから言うけど……僕、彼女と一緒になるよ。そして、絶対彼女を幸せにするよ。僕が、この世にいる意味、使命なんだ」
「オイ、仲村、ちょっと待てよ。僕も、昔結婚はしたけど、一年くらいでバツイチになったし、まさかお前もそのつもりかよ。それに、もう彼女には言っちゃったのか? 第一、お前はまだ離婚だってしていないだろう?」
「アア、そうだよ。彼女にもまだ云ってもいないし。まだ、離婚する約束の日までは、まだまだ後数年もあるけど……上手く言えないけど、何て云えばいいんだろう……今は、ただ運命ってしか言葉は出ないけど……」
具志堅は、黙って目の前にある三分の一残ったジョッキのビールを一気に飲み干し、僕の右肩を叩くように掴み。
「仲村、分かったよ。お前は彼女のことが大好きなんだよな。それに、お前が決めたことだし……でもな、少し決めるのは早すぎなんじゃあないか? 女って解んないよ。少しでも一緒に住んでみないと判んないよ。後になって、お互いほんのちょっとしたことや
「アア、大丈夫だよ。それは、心配ないよ。その点、僕は、彼女が何が好きで、彼女のちょっとした癖も全て知っているんだよ」
「何だよ、なんだか
「アア、見えるって、いうより。実際僕は……」
って、言いかけた時に、カウンターのテーブルに置いてあった僕の携帯電話が鳴り出した。メールの着信音だ。
「ホラ、仲村、携帯鳴ってるよ。噂の彼女なんだろうな?」
携帯を取って見ると、サブ画面に〝仲間部長″とあった。
具志堅は、僕の顔を覗き込み、にたり顔してビールのお代わりを頼んだ。
僕は、彼女からのメールを開き、目を通した。
件名〔こんばんは……〕、本文〔仲村さん、今日もお仕事お疲れ様でした!……今日は
昨夜は、具志川に泊まりそのまま今朝は会社へのご出勤で、今日一日とても疲れたのではないですか?。
もしかして、もうおやすみになられているのでは?……もし、起きているのでしたら、お返事を下さい。
ちなみに、私は今、家事も一通り済み子供たちをベットに
時計を見ると、もうすぐ十時になろうとしている。
僕は、チラッと具志堅に目をやると、彼は片手で〝どうぞ、どうぞ″というような仕草を見せた。
件名〔こンばンは……〕、本文〔僕はまだ起きています!……って言うか、今、友達の具志堅と居酒屋で飲ンでいます!。
仲間部長も、お疲れ様です!……本当に、仲間部長も大変ですねネ。
日中は、会社のお仕事に夜は家事とかで、身の休まる暇がないですネ?〕と返信をした。
具志堅は、僕が携帯をテーブルに置いたのを見て。お代わりで来ていたジョッキのビールを傾けてきた。
僕の、表情はやりどころなくはにかみ、彼の乾杯に応じた。
「仲村、やっぱり、お前が羨ましいなー」
「あっ、ありがとう。ごめんなー」
彼の気持ちを形にしたような注文していたピザが、グツグツと音をたてながら皿の上にのってきた。
具志堅は、いつものことではあったが、待っていましたとばかりにピザの表面が真っ赤になるほどにタバスコをボタボタとをかけた。思わず僕は。
「馬鹿、止めろよ。そんなことするから、胃癌になっちゃたんじゃあないか……」
「エッ! 誰が、胃癌だって? 僕は、健康だよ」
「アッ? 嗚呼、ごめん。でも、気をつけろよ。今の内に自分の体を
「ウ、ウン、ありがとう。そういえば、仲村、今日は、お前一本も煙草を吸っていないなー……どうしたんだ?。もしかして、煙草止めたのか? あんなに、ヘビースモーカーだった、お前が」
「オ、オウ、気付いた? 止めた。これからは、健康になるんだ。俺は、彼女のために」
「へエー、凄いなー。僕が、あんなによく止めろって言っていたのに、やめなかったお前が……やっぱり、これも愛の力ってヤツかー?」
彼は、ヘラヘラ笑いながらからかってきた。僕は仕方なく頷くしかなかった。
そこへ、国吉さんが、カウンター越しに、三点盛りの刺身を出してきた。
刺身は、皿に赤身の
僕は、目を真っ赤にして、少し強すぎた刺激をビールで流し、思いっ切り〝プッハー″と気を吐いた。
そんな、僕の一連の行為を見て、具志堅が。
「オイ仲村、お前酷いなー。人には、健康けんこうって言っていながら、自分は目を真っ赤にして。僕は、ピザは赤くしたけど、目は赤くしていないぞー」
「イヤー、これだけは、別なんだ。僕に取っては特別なんだよ……これだけは、許してくれよ」
渋って
「イヤー、もう本当に仲村さんは美味しそうに刺身を食べてくれますね。私も、板前
それを、聞いて、具志堅は独り面白くもなく、ピザをおもむろに口にほおばって、ピザにぬりたくったタバスコが横喉にへばり付いたのか、思いっきりむせて、ビールで喉を洗い流し、息をヒーヒーと吐いて、こんな目に遭ったのはお前のせいだと、言わんばかりに僕を睨み付けた。
その顔を見ると、目が真っ赤で、もう一匹兎が現われた……僕の頭には〝
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