辺境伯次男は一人で晩のおかずを狩る

山吹弓美

辺境伯次男は一人で晩のおかずを狩る

「お一人で大丈夫ですか?」


 親父の領地、屋敷からさほど離れていない森の入口まで来て執事のやつは、そんな事を言ってきた。

 学校から引きずって連れ帰られて三か月、死にものぐるいで修行したんだからここくらいは平気だと、俺は思う。それに。


「ただの晩飯調達だ。それに、ここの魔物を一人で狩れないなんて辺境伯家の人間じゃない、そう言ったのはお前だぞ」


 そう言い返すと、執事は呆れ顔になって肩をすくめる。雇い主は俺じゃなくて親父だから、俺に対しては態度でかいんだよな、こいつ。まあ、俺の教育係も兼ねてるから、なんだろうけどさ。


「……それは、きちんと修行を経て大人になってからの話、と申し上げたはずですが」


「うるさい。これでも一応、成人した身だ」


「修行がまだまだ、とわたくしは見ております」


「うるさい!」


 思わず声を荒げてしまった。いや、ちゃんと学校でそれなりに修行はしたし、学内ではトップレベルの戦闘力だと自負しているんだぞ。家に帰ってきてからも修行は続けたし……それなのに、まだまだとは。

 そのくらい、辺境伯家の領地というのは厳しいところにあるわけだ。ま、俺が跡継ぐわけじゃないけどな。兄貴いるし。

 ……だから、別に俺が強くなくてもいいんじゃねえかとはちょっとは思うんだ。だけど、周囲から見たら親父も兄貴も筋肉馬鹿な家の次男たる俺がひょろひょろ、なんてのはいい笑いものになる……らしい。ご先祖様にそういうのがいたとかなんとか。


「……失礼いたしました」


 ちなみに、執事のやつはスーツ着てるせいかぱっと見筋肉質には見えない。が、脱いだらすごいと言うか着痩せするというか、まあ要はこいつも筋肉馬鹿……いや違うな、筋肉秀才ってやつか。頭いいのは反則だが、そうでなきゃうちの親父の補佐はできないし。


「じゃ、ちょっと行ってくる」


「お気をつけくださいませ、坊ちゃま」


「その言い方はやめろ、と言ったな」


「他に呼び方もございませんので」


「へいへい」


 俺が生まれた頃にはもう、親父のもとでバリバリ働いてたという執事。兄貴のことは若旦那様で、俺のことは坊ちゃまと呼ぶ。……いいよ、どーせお前にとっちゃ坊ちゃまだろうよ、ガキだろうよ、くそっ。




「あー! あいつらのあほー!」


 人のいない森の中、人前では口に出せないようなセリフをぶちまけながら猪にハンマーを叩き込む。剣のほうがかっこいいと文句を言ったら、野生の獣相手にはこっちのほうが効果的だと渡されたもんだが、まあ確かにな。

 獣の毛皮、うまく当てないと滑るんだよな、剣。だから、当てることができるなら鈍器でぶん殴ったほうが確実にダメージ入れられるわけ。あと、こういうときの鬱憤ばらしには最適。


「引っかかった俺も大概だけどなあああ!」


 もう一撃……よし、沈んだ。念の為、短剣でとどめを刺す。さっさと血を抜いて持って帰って、晩飯にはちょうどいいんじゃねえかな。

 猪、とうちでは呼んでいるけれどマジックボア、という野生の魔物だ。今の時期なら子供も巣立ったあとのはずなんで、この森の生態系にはあまり影響がないだろう。つーかこいつ、このサイズだとまだ二、三才くらいだけどさ。


「このくらいのほうが、肉柔らかくてうまいんだよなあ」


 学校で過ごした時間よりも、この辺境伯領で過ごした時間のほうが当然長いし、慣れてる。やっぱ俺には、こういう場所のほうが合ってるわ。


「変な女に引っかかることもないし」


 足をロープでくくって、適当に拾った木に引っ掛けて持ち上げる。こんな作業、王都の学校じゃまず縁がないよなあ。

 ……王都では、ひとまず勉強して勉強して、あとはよその貴族の子女と交流した。領地にいたら、そういう機会はほとんどなかったから。

 第一王子殿下の取り巻き、なんて言われるようになったのは割と早かったな。辺境伯家ってのは国境を守る要なんで、王家との結びつきはしっかりしとけって親父にも言われてたし。

 が、卒業前の年にどこぞの子爵家の養女と出会ってから殿下、変わったんだよなあ。人のことは言えないけど。

 あの子、なんというか男好きするタイプというか、守ってやりたくなるというか。そういう態度を露骨に見せまくってたんだよな……今考えると露骨すぎて、俺も含め全員馬鹿じゃね?


「あーくそ、本気で馬鹿だわ俺」


 はっはっは、思い出したくもねえな、ありゃ。

 いやだって、卒業記念パーティで殿下、本来の婚約者である公爵令嬢に婚約の破棄突きつけたんだぜ。子爵養女が言いつけてきた『公爵令嬢からのいじめ』を真に受けて。

 うん、俺も真に受けたよ。実は俺のことが好きなんだけど、親の言いつけで殿下とくっつかなくちゃならないとかなんとかいうわけのわからない言い訳をも真に受けたよ。

 いやだって、一人だけ呼び出されて人のいないところで涙目うるうるでそんなこと言われて胸元にすがりつかれて、この田舎貴族のドラ息子が落ちないわけなくね? 自分で言うのも何だけど!


「いくら何でも、全員にやってるなんて思うかよお!」


 目の前に出てきたファイターラビットを、鉄拳で叩き殺す。ラビットつーても雑食性で、人の子くらいはさっくり行っちゃうやつなんで構わないよな? 八つ当たりかました自信はあるけどさ。

 ……目が覚めたのは、俺たちがかました馬鹿話を聞いた親父が王都まですっ飛んできて、俺とともに公爵令嬢に謝りに行く道すがらだったな。俺は親父に襟首引っ掴まれて引きずられていったんだけど。


『何で子爵家の娘相手に、公爵家の者が自ら手を下すか! 証拠が残るように行うわけがなかろう!』


 …………うん、親父も大概なこと言ってるとは思う。でも、確かにそうだよな。

 親父絡みで、俺もそれなりに王家や高位貴族の話は聞いている。彼らが、自分に敵対する者に対して何かやらかすときってふつう、自分でやろうとは思わない。配下の誰かとか特に暗部とか使うのが基本だ。

 ……そうだよなあ、公爵家だもんなあ。何で自分でやるんだ、おつきの伯爵令嬢とかいるんだからやるなら彼女だよな、あの公爵令嬢なら。

 いやまあ、そういうわけで俺自身すっと頭が冷えた。そうして、公爵令嬢の前で土下座して必死で謝ったさ。許してもらえるとは思わなかったけど、いくら何でも俺しーらね、ってわけにはいかなかったし。


『ご自身で悔やみ、謝罪してくださったのですからもう、わたくしとしては何も申し上げることはございませんわ』


 一応、公爵令嬢は許してくれた、らしい。たぶん。

 その後俺はこうやって親父の領地に戻って、修行し直しているわけだ。……そのうち、親父が持ってる男爵位を貰い受けるか独立して騎士になれるように頑張るか、かなあ。


「……はあ。ま、がんばろ」


 お先真っ暗、というわけでもなさそうだし、自分でどうにかするしかないもんな。

 ま、少なくとも。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま」


 執事の奴が迎えに来てくれる程度には俺、見放されてはいないらしいし。

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