第2話 夏の夜、公園にひとり

 ありきたりな恋で。

 普通のめだった。

 たまたま仕事の関係で死にかけて、夜の公園のベンチ。血だらけで座っていたときに。彼女と出会った。


「血だらけじゃん」


 そう言って、彼女は、食べていたアイスをこちらのの口に突っ込んで、自分を彼女の部屋まで運んでいって介抱してくれた。


「傷深いねえ」


 慣れた手つきで傷が塞がれ、あっという間にベッドに寝かされ。血だけが足りなかったので、彼女から口に突っ込まれたアイスをちまちまと舐め続けていた。血の味がして、それに、なにより、彼女のベッドを汚すまいとなぜか必死になっていたのを覚えている。

 結局舐めるのが間に合わず、頬を伝って流れ落ちるアイスの滴を、彼女はぺたぺたと舐め取っていた。

 それからの関係。


「わたしのことは訊かんでよ」


 それが彼女の口癖だった。そのくせ、自分についてのことはかなり訊いてくる。仕事にさしつかえない範囲で、なるべく答えるようにした。


「正義の味方ねえ」


 そう説明する以外に、とくに方法がなかった。


「いいひとなんだ?」


「いや」


 いいひとではない。正義の味方を、ただ仕事にしている人間。それ以上でも、それ以下でもない。ただ、説明が面倒なだけ。


「わたしは、どちらかというと、わるいやつかなあ」


「どこが?」


「夜中にアイス買いに行って食べるし、それ以外の夏場ほとんど部屋の中にいるし。クーラー快適だから」


「それは、まあ、わるいやつではないんじゃないか?」


「そう?」


「べつにいいだろ。アイスとか」


「そっか。正義の味方のお許しを得たわあ」


 そう言って、彼女は抱きついてくる。ので、かわす。


「かわすなよお」


「昼間だ。まだ」


「昼から抱きついたっていいでしょうが」


「暑い」


「クーラー効かせてんですけど」


 はずかしい。だから、夜以外はなるべく彼女と、ふれ合わないようにする。


「クッションにでも抱きついとけ」


 クッションを投げる。


「だめっ」


 クッションを投げ返される。


「だめ。ソファにクッションは置かない派です。置いてたら引きちぎります」


「なんでだよ」


「あなたの席だから。あなたの場所に、クッションがあるのは、ゆるせません。あなたが来なさい」


「なんだそりゃ」


 思い出のなかの彼女は、いつも明るくて。もっと、彼女とふれ合っておけばと、今更ながらに思う。

 今の自分。

 もう彼女のいない、夏の夜。公園のベンチ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る