第5話 先輩とサッカー
〈森彩菜side〉
先輩たちは運動できる服に着替えるために、部室の方へ走っていった。
既に部活中に着る服でいた私は、フットサルボールをグランドに並べる。
フットサルボールは普通のサッカーボールに比べて重いのが特徴かな。
「よいしょっと」
ズレていたゴールを動かして元に引きずり戻す。
これでフリーキック対決の準備は整えた。
フットサルサークルや部活が使う人工芝グランドだけど、元々はサッカーグランドなのできちんとサッカーゴールもあるんだよね。
だから、フリーキック対決も出来るってわけ。
軽くボールを弄ってリフティングをする。
私は高校生までサッカーをしていた。
その中で何回もフリーキックの練習はしてきたから、結構自信はある。
だから、今日は先輩たちに私の華麗なキックを見せる!
と、意気込んでいるんだけど、先輩たちはなかなか外に出てこない。
まあ、まだそんなに時間経ってないもんね。
そういえば、さっき初めて会った先輩。
えっと、名前は藤崎先輩だったけ、いや藤田だったかも……藤岡だっけ!?
……もう一回さりげなく聞いておこう。
そう、その先輩は私と同じサッカークラブが好きだと言っていた。
内心ではガッツポーズしちゃった。
好きなチームを詳しく語れる人が増えるのはとても嬉しい。
同じ趣味の友達が少ないからだ。
そもそも女子でサッカーの話をできる人自体が少ないし。
男子はウイイレとかfifaのサッカーゲームをしている人が結構いるから、選手のことは詳しかったりするんだけど。
あと、ヴィッセル神戸も好きって言ってたけど、地元が神戸なのかな?
もしくは、お金があるチームが好きなのかもしない。
そんなことを考えているうちに、先輩たちが出てきた。
「彩菜ちゃん、お待たせ〜」
高田先輩が声をかけてくる。
厳つい顔の巨体で、運動神経は化け物級という先輩は、私には甘い。
ちょっとからかってみよう。
「本当ですよ! 着替えにしては遅くないですかー」
「ご、ごめんごめん。藤崎が遅くてさぁ」
「お前が俺に水を掛けてきたからだけどな」
「それはお前があや……! とにかく、遅くなってごめんね。おお、準備もしてくれてるじゃん! ありがとうな!」
高田先輩は何かを言いかけて辞めた。
どうせ些細なことだと思うけど……水を掛けるって何したんだろう。
そして、高田先輩の隣にいる先輩はやっぱり藤崎先輩という名前で合っていた。
切れ長の目に整ったヘアスタイル、飄々とした雰囲気を醸すイケメンだ。
その藤崎先輩が口を開く。
「えっと、フリーキック対決をするんだっけ?」
「はい、そうです。と言っても自由に蹴る感じで」
「じゃあ、俺から蹴っていいか!?」
そう言って、高田先輩はボールから数歩下がり助走を取り始める。
私が用意して待ってたのに!
でも、どうやら相当自信があるんだろう。だったら、お手並み拝見といこうじゃないか。
「一番下手な奴が罰ゲームな」
藤崎先輩が罰ゲームの提案をする。
「良いけど、俺のシュートにビビるんじゃねえぞ!」
って、先輩の助走長い!
「うぉぉぉおお、おらぁぁあ!」
高田先輩は力任せにボールを蹴り付ける。
その苛烈さはボールが可哀想なほどだ。
ボールは無回転で一直線に飛んでいく。
そのままゴールの遥か上を通り過ぎて、後ろのフェンスに当たって落ちた。
「うわぁ、ノーコンですね先輩!」
「今のはちょっとステップをミスっただけだ!」
高田先輩は言い訳した。
「じゃあ、次は私が蹴っていいですか?」
「どうぞ」
藤崎先輩に促されて、ボールの前に立つ。
こういうのはイメージが大切だと私は思っている。憧れの選手ならどのような軌道を描くだろうと想像した。
「よし」
軽いステップから軸足をボールのやや後ろに踏み込んで、親指の付け根あたりにボールを当てた。インフロントキックだ。
ボールは緩い弧を描いてゴールネットを揺らした。
カーブは上手くかかり、軌道も悪くないけど、威力がしょぼいんだよね。キーパーに触られたら、確実に止められるなと思った。
「ええ! めっちゃ上手いじゃん!」
高田先輩が大袈裟に驚いている。まあ、先輩よりは上手いですけど。
「技巧派? 上手いな」
「ありがとうございます!」
藤崎先輩にも褒めてもらった。
「じゃあ、俺蹴るね」
次は藤崎先輩の番だ。
先輩はゴールを静かに見据える。
そして、軽いステップで軸足を踏み込んだと思うと、右脚をコンパクトに振り切った。
ボールはカーブが掛かりながら低い弾道を描く。
左のポストに跳ね返ってゴールに入った。
まさに完璧なキックに、私の心の中では拍手喝采だった。
藤崎先輩が笑みを浮かべて私を見る。
彼なりのドヤ顔を浮かべているらしかった。ちょっとかわいい。
「え!? めっちゃ上手いです! これ、低かったって言っても、あの威力とコースじゃキーパーは絶対止められませんよ!」
「そうかな。まあでも、今回は上手くいったかも」
「スーパーゴールですよ!」
「まだ一回しか決めてないから」
藤崎先輩は笑って首を振る。
私は本当に凄いと思ったんだけど、もしかして先輩にとってはこれが普通なのかもしれない。
それだったら、めっちゃやばいけどね。
「じゃあ、罰ゲームは高田ね」
「ええー、罰って何?」
「このグランド200周」
「お前は俺を殺す気か。俺、この後部活だぞ」
「じゃあ、俺はゴリラだって言いながら大学一周してきて、裸で胸を手で叩きながら」
「お前は俺のあだ名をゴリラにする気か。その前に通報されるぞ」
先輩同士のやり取りはいまいちよく分からない。少なくとも偏差値高めな会話じゃないよね。
「じゃあ、私が決めて良いですか?」
「お、そうだな。彩菜ちゃんが決めてくれ!」
高田先輩の言質はとった。
「それでは、焼肉を奢ってください! この三人か、もう一人加えて四人で行きましょう!」
先輩は一瞬嬉しそうな顔をしたと思ったら、ぎょっとしたような顔をする。
「彩菜ちゃんと食べに行くのは嬉しいけど、藤崎もいるのか。それに四人分も奢ったら破産するかもしれん……」
「よし決まったな」
「おい待て」
「じゃあ、次何する?」
「ミニゲームがしたいです!」
「三人しか居ないけど」
その後、一時間ぐらいサッカーをした。
現役人気アイドルとお付き合いしています。ファンの皆さん、すいません……。 神宮瞬 @shunvvvvvv
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