第9話 上は大雪、下は大火事、それは?

† ロアン視点



 ラクシャの暴論に、反論できず黙りこんでると……。


「夜だというのに、古式通りの礼装は暑いですね」


 涼しい顔でラクシャがうそぶく。改めて見ると、毛織物らしい服を重ね着している。凄く滑らかな、羊の毛? 確かに服は暑そうだけど、


「汗ひとつかいてない、よね?」

「さすがはロアンさま、全てお見通しですね。そう、全てわかった上でのお願いです。ロアンさま、この紐を引っ張って、上着を脱がせてくださいませんか?」


 いくらオレが、夜の初陣を飾る前の臥竜がりゅうだとしても。さすがに上着を脱がすくらいじゃ狼狽うろたえないっ。


 がっ!


 ラクシャの話が曖昧すぎて、どうすればいいのかわからないよ。うん、全然わからないよ? でも要は、暑さをなんとかすればいいみたい。なら話は簡単だ!


 永遠のぼっちエターナル・ロンリーは他人に、良効果のあるスキルや呪文をかけられない。仲間からの支援もかからない。ぼっちに仲間はいないのだから……。でも、


「いやいや。せっかくの晴れ着なんだし、オレがここを涼しくするよっ……冷却魔場コールド・スクェア


 場に作用する呪文なら、他人を巻きこむことが可能なのだっ!


「まあ、お心遣いありがとうございます。それではわたくしも本気をだしましょう。古代の祭礼エンシェント・リチュアル婚礼姫装マリッジ・フルドレス!」


 平坦な声につづいて、ラクシャが盛る炎に包まれる。攻撃力アップ、魔力アップ、戦意高揚、恐怖無効……。


「衣装の効果が怖いんだけどっ? どう見ても、嫁入りじゃなく討ち入りなんですけどっ!?」

「暖炉にかまど、炎は家の温もり、家は女の戦場。なにもおかしくないですわ。なので、いよいよ暑くなりました。さぁ、この紐を引っ張って、上着を脱がせてくださいませ」


 絶対っ嘘だ! 罠だとわかって上着を脱がせば、心が敗北してしまう。なんとしてでも拒まなければっ。


「いやいや、そんな映える衣装を脱ぐのは勿体ないよ。オレがもっと涼しくするからっ……氷雪魔場ブリザード・スクェア


 宵闇に、白い吹雪が吹き荒れる。

 さっぶっっ、夏なのに滅茶苦茶寒いよっ!


「まあ大変。とても寒そうですよロアンさま。わたくしが温めて差しあげますわ。古代の祭礼エンシェント・リチュアル花嫁の炎道バージンロード


 紅蓮の炎が村の小径を染めあげる。熱っつっっ、熱いって! オレじゃなきゃ、こんなの抵抗レジストできないよっ!?


「ほら、やっぱり暑いでしょう? さぁ、この紐を引っ張って、上着を脱がせてくださいませ」


 いやいや術者は熱くないよね? ってか最初っから汗ひとつかいてないし?


「いやいやいや、まだまだ温度は下げれるからっ……極点魔場ポーラー・スクェア


 吹雪が白いとばりとなって視界を閉ざす。

 さっっぶぅぅっっっ!? なのに足元だけは無駄に熱いしっっ!?


 二人とも、にこやかな笑みを浮かべて、いち模糊もこも笑っていない。空気はまさに南極点だっ。


 ……………………。


「くしゅっ」


 ラクシャが可愛かわいいくしゃみを手で押さえる。よし、勝ったっ!


「やっぱり寒そうだよ。体を冷やしちゃいけないし、上着を着ていたほうがいいんじゃないかな」


 涼しい顔でオレがとぼける。涼しいどころか凍えてるけど。ワンコよりよっぽど酷い目に遭ったけど。


 ラクシャが上目遣いに、恨めしそうな目を向ける。こんな目に遭わされたんだ、その顔を肴に勝利の美酒でも飲もうかな。


 なんて思いつつ、ラクシャが炎を引っこめたので、オレも魔場を解除する。


「わたくしのこと、負けず嫌いで可愛げのない女だとお思いでしょう?」

「いや……」


 そこまでは思ってないけど。むしろそんなところも可愛いけども。


「でも、わたくし、しとねの中では従順、ですのよ? ロアンさまが望まれるなら、どんなことでも、お応えしますわ。だから、ね? 外面がいめんだけは、いえ今回だけ、今回だけは、わたくしの我が儘を聞いてくださいませ」


 ラクシャがオレの胸に体を預ける。柔らかな膨らみがオレを揺さぶる。


 ど、どんなことでもっ!? 膨れあがった煩悩が、一発で理性を吹き飛ばす。惰弱だじゃくな理性は、サンドバッグにすらなってない。


 ラクシャは凄く綺麗で、ちょっと気位が高いけど、ぼっちなところは気があいそうだ。実力だって十二分だし、こんなチャンス、2度とないだろう。


 でも…………。


 物理的になら、いくらでも尻に敷かれるけれど、むしろお願いしたいくらいだけれど……。


 うしろ髪を引かれる思いで、砂漠の真ん中で水を捨てるように……。ラクシャの体を引き離し、それらしい言葉を探した。


「ご、ごめん。……帝国とはオレがはじめた戦いだから、ケリがつくまで永遠のぼっちエターナル・ロンリーの力を手放すわけにはいかないよ」

「……わ、わたくしが、はじめて、自分を曲げて……っ、あんな、恥ずかしいお願いまで致しましたのに……っ!」


 揺れる瞳に、真っ赤な頬に、震える声に、垣間見たものがあまりにも多すぎて……。


 ………………。


「……わかりました。神に連なる者なら、百年越しの成婚も普通です。ロアンさまがエルトスを討ち払われるまで、何年でもお待ちしますわ」


 どっちの彼女に答えるべきか、ぼっちのオレにはわからなかった。


 だから、次の瞬間も。

 いったいなにが起きたのか、オレには……。

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