2.神の使徒の圧迫縁談

第6話 羊の嫁入り

「もう! そんな悪戯するなら洗い終わるまで外で待っててください!」


 怒ってはないようだけど、声を上ずらせるタトラに、


「ごめんごめん、軽い冗談のつもりだったんだ。外にでてるから終わったら呼んでね」


 そう言い残し、オレは風呂をでていった。


 黙っていれば耳だけでも、乙女たちと入浴できたのに。なぜかほっと息が漏れ、風呂の蒸気を吸いこんだ。





 その後、なんやかんやで、アシュリーを客室のベッドに寝かせた。


 ま、オレは目隠しのまま、アシュリーの体を浮かせたり、運んだりしただけだけど。もちろん、服越しでも柔らかな感触があった。あったけれども。タトラに悟られないよう、男のやんごとない純心を隠すので手一杯だったよ……。


 そんなこんなで、あとはタトラに任せて部屋をでる。


 状況が落ち着くまでは、オレがここの領主だ。ソロ建築組合カーペンター・ギルドでこの家を造った時。もしもの来賓に備え、いくつか客室をつけててよかったよ。


 なんて考えながら自室に戻る。

 昏い室内。冷えた夕陽が、木窓から逃げていくよう……。


 今日も色々あったなぁ、と一息つく暇もなく、ソロ斥候隊スカウト・パーティが遠くの侵入者を感知する。


 マジか……。長閑のどかな村なんだしのんびりしようよ。夜遊びはリア充のはじまりですよ?


 なんて愚痴ってる間に、北の、村外れの山のほうから20人? くらいの反応が。


 ソロ○○エニーによる分身は、他人には見えない。だから秘密裏に、ソロ斥候隊スカウト・パーティを村の周りに配置している。まぁ、オレだけは半透明な残像が見えるけど。


 この便利さと、そこはかとない疎外感こそ、ぼっちスキルの醍醐味なのだっ!


 ……なんて空元気からげんきは現実逃避、か。


 仕方ない。家に要塞化魔法フォーム・シタデルをかけ、村の北へと走りだす。


 初夏のに、虫たちの熱演を聞きながら。





 湖にたゆたう月を横目に、侵入者のところにきてみれば。

 なんだろう……。角がある以外は人と同じ、妖羊あやかしひつじの花嫁行列、だろうか?


 従者はみな生気がない。式神だな。淡灰色たんかいしょくの服に仮面。鈴のと、青白い鬼火を連れている。


 そんな行列の中央を。華やかな民族衣装の女性が占める。なかなかに神秘的な光景だ。


「……すみません、ちょっといいかな?」


 遠慮がちに声をかけると、従者たちがひざまずき、彼女がゆっくり前へでる。


 人間なら二十歳はたちくらいか。美しい顔が赤らみ、白銀はくぎんの髪が流れる。


 その幽雅ゆうがさに、夢見心地で見惚みとれていると、


婿むこさま自らのお出迎え、とても嬉しく思います、ぐすっ」


 涙ぐむ彼女は、ひとりで涙のゴールをきめていた。あぁ、うん、これは夢だな、やっぱ夢だとは思ってたんだよ。


 でも……。


「頬をつねったらほもいっきりひたかったへん

「まあ、婿むこさまったら。そんな口実で、わたくしに触りたいのですね。さぁ、心ゆくまで確認なさいませ、ぐすっ」


 彼女が上目遣いに手を触れて、悩ましい現実を突きつける。

 どっ、どこまで確認できるのでありますかっ!? なんて色めく煩悩を、彼女の涙が非難する。


「お、オレはロアン・ソロウ。帝国を追われるくらいのぼっちだから、人違いじゃないかなっ!」

「いいえ。たった一人で、エルトスの走狗そうくを討った稀代のぼっち。そんなぼっちは婿さまだけですっ! ぐすっ」


 なんか胸が痛いんだけど? なんでこの流れでディスられてるの? ぐすっ。


 押しかけてきた割に、乗り気じゃない雰囲気なんですけど……?


「えっ、エルトスの走狗そうくって帝国の国教、エルトス教のこと?」

「はい。……申し遅れました。わたくしはラクシャ。原初が四神の一柱ひとはしら、クリュナさまの使徒。神格卑しい末輩まっぱいエルトスが冒涜ぼうとくを、腹に据えかねておりました」


 クリュナって弱小神かと思ってたけど、この気位。これ以上機嫌を損ねないよう、ちょっと言葉に気をつけよう。


「なのにどうして今まで我慢を?」

「クリュナさまは、ただるだけで神聖なお方。信仰されなければ卑俗な末輩まっぱいとは、在りかたが違うのです。だから人は、あおぐべき神を間違った」


 まあ、ここらのさびれかたを見れば納得の……


「このままでは、いずれ火の山が目覚めてしまう。神罰の火がエルトスもろとも、咎人とがびとたちを誅戮ちゅうりくし尽くすでしょう」


 超展開なんですけどっ?

 でも……、落ち目の神にそこまでの力がある、かなぁ?


「神さまは悠大なので、いずれというのが百年後、だったり……?」

「いいえ、猶予はひと月もありません。もし神罰が起きなければ、わたくしを好きになさってください。この輿入れは、わたくしの話が本当である証。わたくしの覚悟の証です、ぐすっ」


「はい! ひと欠片かけらの疑いもなく、完全に信じましたっ!」

「まあ、お疑いになられてたのですか? なのに百年後かも、なんて方便を使われるお優しさ。これではわたくし、もっと覚悟をお見せしするしかありません、ぐすっ」


 うわつらは穏やかなのに、内容は棘だらけだよっ。なにこの圧迫縁談っ!? しかも、ラクシャは内心不承不承ふしょうぶしょうで、オレが悪者みたいだし、理不尽すぎない?


 詰んでるよ、これをなんとかできるなら、ぼっちなんかになってないよっ!


 ……くそぅ、とりあえず話題を変えよう。


「そ、その神罰は、止められるのか?」

「もちろんです。もし手遅れになれば、被害はあらゆる命に及びます。クリュナさまとて、そんな神威しんいを望まれてはおりません」


「よかった。具体的な方法は?」

「この地を蝕む冒涜的な結界を、この地を囲む6つのエルトス教会を、排除して頂きたいのです」

「それだけ?」

「はい。冒涜者たちが、教会を再建したりしなければ」


 なんだ、こんな案件余裕だし、ちゃっちゃと結界を排除しよう。


 オレに惚れてるならともかく、ラクシャの気位だ。”たかが人間と結婚なんてっ!”とか思っているに違いない。そんな嫁入り、オレだって困っちゃうよ。


 なんとしても有耶無耶にしなければっ! との決意を邪魔するように。ソロ斥候隊スカウト・パーティが新たな侵入者を感知する……。

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