第5話 みんなでお風呂

「あぁ~、ロアンさまがおめかけさんをさらってきてる~?」


 つぼみのような無邪気な声に、オレの外聞ががけっぷちに立たされる。デスダイブとなる前に、早く誤解をとかないと……っ。


「このお姉さんは、村じゅうの農作業を1人でやってくれたんだ。そのせいで倒れちゃったから、オレが運んできたんだよ。わかったかな? わかったらご褒美に蜂蜜をあげちゃうよー?」

「蜂蜜を!? やった~!」


 よしっ! 神父ばりの見事な説明。ふぅー、まだ10才の女の子に本気をだすなんて、ちょっと大人げなかったかな。……でも、


「こらミトラ! そんなの駄目ですよ。ロアンさまも後ろめたいことがないなら堂々として、買収なんてしないでください」


 タトラがすぐさま妹をたしなめる。ついでにオレまで叱られてしまった。さすがお姉さん、しっかりしてるよ。


「えぇ~、ロアンさまがくれるって言ったのに~……」


 ミトラが可愛い顔を曇らせて、オレに助けを求める。しまった、これじゃオレの株がさらに下がってしまう。


 ……いまは笑って誤魔化すしかないか。なんとかタトラの目を盗んで、あとで蜂蜜をあげるからね。


「そもそもめかけとかさらうとか、どこでそんな言葉覚えたの?」

「クリュナさまがそう言ってたもん!」

「もう、またほこらへ遊びにいったのね」


 なるほど。オレの外聞がピンチなのも、タトラに怒られちゃったのも、ミトラが拗ねているのも、全部そのクリュナってやつのせいだな。


「そのクリュナってのは誰なんだ?」

「村外れの山にまう、村の守り神、土地神さま、です」


 なるほど、さっきチラっと感じた神気の主か。どうやらいずれじっくりと話す必要がありそうだ……。


「それよりロアンさま。そちらのかたはどうされるのですか?」

「ああ、この子はアシュリー。色々あって、村じゅうの農作業をしてくれたんだ。それで泥だらけになったから、風呂で洗ってあげようかなと思って」

「わかりました、ではあとはわたしたちがお世話しますね」

「うーん、でもタトラたちで運ぶのは大変だろ?」


 天地神明に誓って! 誓ってオレは純粋に、ピュアハートでそう思っただけなのに……っ!


「…………っ! そ、そうですよね、わ、わたしったら気が回らなくてっ! わわ、わかってますから、わたしちゃんとわかってますから! ごご、ごゆっくりぃぃ!」

「ちょっっとぉぉ!? 待って! 違うから! 完全に誤解してるからぁ!」


 頭から蒸気を吹きだし走り去ろうとする彼女、の前に回りこむ。


「だだ、大丈夫です。女性を泥だらけにしてから洗うのがお好きなんだ、なんて思ってませんからっ!」

「どういうプレイ!? 違うからね! そんな変態じゃないからね!?」


「わかってます、ロアンさまはお化粧やお服のセンスも凄いんだなぁ、とか思ってませんからっ!」

「それもオレのセンスじゃないからあぁぁ!」


 まったく、眠ってまで流れ弾を当ててくるとは、どんだけお騒がせなんだこのお姫さまは……。





「本当にわたしがアシュリーさんを洗っていいんですか?」


 風呂場の湿った蒸気に、タトラの声がこだまする。湯が湧きでる豊富な温泉。それがこの村唯一の自慢だった。


「泥プレイとかの趣味はないからね、ホントに。それに目隠しでオレはなんにもできないし」


 タトラじゃ大変だろうから、オレがアシュリーを運ぶよ、と言ったらこうなってしまった。


「だって……、ロアンさまとアシュリーさんは恋人でもなんでもないんですよね?」

「うん、今日会ったばかりだし、多分あまりよく思われてない」

「じゃあ洗い終わるまで大人しく待っていてください」


 言い含めるようにお願いされ、手持ち無沙汰で座っていると。


 アシュリーの柔肌が、ヘチマたわしにこすれる音が……。奏でるのはタトラの細い指先。


「アシュリーさんの肌、本当に綺麗です」


 タトラが桶でお湯を汲み、優しくかける。二人の素肌を、お湯が撫でる音が流れる。


 ……これをただ聞くだけって、どんな拷問?

 ここまでお膳立てされたら”事故で目隠しがとれちゃった!?”みたいなイベントを、起こさないほうが失礼なのでは?


 全力でラッキースケベ引きよせろ! なんて辞世をオレの理性が詠んだ時、


「やっぱりわたしも一緒に入る~!」


 無邪気な声が、オレの理性を立ち直らせる。

 ……少し残念な気もするけど、ちょうどいいか。ミトラの相手でもして気を紛らわそう。


「じゃあミトラも一緒に、アシュリーを洗ってくれるかな?」

「はーい! ……なんでロアンさまは目隠ししてるの?」

「オレは目が見えなくても、心眼で物が見えるんだ」


 不思議そうに尋ねるミトラに、冗談めかして答えると、


「みっ、見えてたんですか!?」


 あと退ずさる気配と共に、タトラの声が耳に刺さる。


「嘘、嘘、冗談だからね、もちろん見えてなんてないよ!」


 慌てて透視疑惑を否定する。見えてたらオレの理性なんてとっくに討ち死にしてるから、とは言えなかったけど。


「もう! そんな悪戯するなら洗い終わるまで外で待っててください!」


 怒ってはないようだけど、声を上ずらせるタトラに……、

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