第4話 今回の収穫は

「さてお姫さま、ここがどこだかわかるかな?」

「そうね貴方の墓標かしら、ねっ!」


 アシュリーの繰りだす横ぎを、木の高さくらいにジャンプしかわす。着地点に彼女の視線を導くように。


「っ!?」

「さーて、どうかな? この小麦畑を見た感想は?」

「収獲前の大切な時期なのに発育が悪い……。水不足? 害虫も取れてないし、このままじゃ……」


 重症者を前にした医者のごとく、愕然とする彼女に、


「元々人手が足りない上に、帝都とのゴタゴタでこの有様だよ。まぁ、脳筋のオレにはどうしようもないんだけど」

「なにゃっ! なに無責任なこと言ってるのよ……っ!?」


 ふふふ、効いてる効いてる。本当は、そんな力が発現するくらい農業が好きで好きで堪らないんだろ? それをずっと抑圧してきたんだ、いつまで我慢していられるかな?


「ああ、そうだぁー。ちょうど小麦畑だし、虫に変身して隠れようかなぁ。変身魔法メタモルフォーゼバグ (ぶーん)」

「ひ、卑怯者ぉ! せ、正々堂々と戦いなさいよ!」


 切なそうにもじもじと叫ぶ姿がたまりません。じゃなくて、


「そう言われてもなぁ。(ぶーん) オレはこのままトンズラするし。まあ、虫だけを殺す方法があるなら別だけど(ぶーん)」

「!! ……か、語るに落ちたわね。……わ、私はこれから貴方を攻撃するだけなんだから、へ、変な勘違いしないでよねっ!」


 欲求不満なお姫さまがちょろ可愛かわすぎて、なんだか意地悪したくなった件。なんてことはもちろん言わずに、


「当然だよ、そんなの勘違いしようがないし(ぶーん)」


 優しく悪魔がささやくように、彼女に大義名分を与えてあげる。(ぶーん) もちろん、いくら彼女のクラスが非常識でも。害虫用の何かで、オレにダメージがくるはずもないけど。


 でも、アシュリーは歓喜にあえぐ、葉っぱ大好きピーポーみたいになりながら、


「こ、これは攻撃よ、攻撃。悪い虫を退治するために仕方なく使うだけなんだから…………っ!

……

……

っっ!! 農民魔法ファーマジック害虫駆除デバッグ・ミスト!」


 彼女の、爽やかなきりに包まれて(ぶーん)、


「お~、涼しくて気゛ぃ゛も゛ち゛い゛い゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!?」


 いってええぇぇぇっっ!?

(ぶぶっブッブぅぅぅぅぅぅぅ゛ぅ゛ぅ゛゛)


 ナニコレ!?、害虫特効? にしたって威力ありすぎだろ! お前蠅の王ベルゼブブとでも戦う気かよ!?


 ヤバい! 本気で防御結界を張らないと、こんなの連発されたらさすがにヤバい!


 ……と思ったんだけど、幸いにというかなんというか、もはや彼女の目にオレなんて映っていなかった。


 至福の表情で恍惚となりながら、次々に畑をデバッグしていくアシュリー。デバッグって言霊が、むだに未来っぽくてなんだかシュールだ。


 さらに小麦が終われば夏野菜、本当に村じゅうの畑を虱潰しらみつぶしに回っていく、害虫駆除デバッグだけに。


 そして……。


 害虫駆除デバッグ対象を失い、抜け殻になった彼女がそこにいた。蝉の抜け殻のほうが、まだいきいきとして見える。


 あーもう、しょうがないお姫さまだなぁ……。


「あれー、隠れる畑がないから、今度は石に変身して用水路に隠れようかなぁ。変身魔法メタモルフォーゼストーン

「!! ど、どこに逃げても無駄なんだからっ!」


 彼女の顔が、太陽も汗ばむくらいに輝きだす。可愛い、なんて思ったのもつかの間、


農民戦術ファーマーシャル灌漑工事サモン・ドラゴン!」


 なにそれ怖い。

 確かに川や水脈をドラゴンに見立てることがあるけど、なんで鍬や鋤に竜属性が付与されてるの?? 固い地面がバターみたいに削れていくよ。貧相だった用水路があっと言う間にご満悦だよ。


 そして……。


 灌漑対象を失い、干からびた彼女がそこにいた。古代遺跡のミイラももう少し潤っているだろう。


 …………。


「あー、秋植え用の畑が荒れ放題だ。よし土竜モグラになって隠れよう。変身魔法メタモルフォーゼ土竜モール


「畑に土竜モグラっ!? 農民戦術ファーマーシャル土竜駆除ドラゴン・スレイヤー!」


 もうやだこの子……。農業と魔物退治は別物だからね?


 あれ、この農筋姫のうきんひめになにかが反応したぞ? 村外れの山に小さな神気? ちょっと気になるな。まあアシュリーが物理で地脈に干渉しちゃったってオチでも、もう驚かないけどさ。


 その後もあれやこれやで、彼女に農作業や土木工事をさせまくったというか、させてあげたというか……。





 太陽がぎりぎり中空の端にとどまるなか。アシュリーは顔を真っ赤に火照らせて、ひとり夕焼け気分にひたっていた。


 いやまあ、草原に倒れこみ爆睡してるだけだけど。草いきれを運ぶ風にそよぐ前髪。お陰で夏の収獲は大豊作になりそうだ。


 やりきった幸せと厚化粧が溶けだす寝顔に、ありったけのねぎらいをかけておこう。ご苦労さま、村のみんなも喜ぶよ……。


 しかし……。


 乱れた髪に、泥だらけな手足にドレス。しかもドレスの裾はボロボロだ。オレがお姫さま抱っこして運ぶが、非常によろしくない気がするんだけど……。


 まあ放っておくわけにもいかないし、猛ダッシュで家に帰るしかないか。タトラがでかけてることを祈りつつ……。まったく手のかかるお姫さまだよ。





「お帰りなさいロアンさま!? そのかたはどこかお怪我を?」


 手に雑巾を持ったまま、タトラがびっくりしたように聞いてくる。

 アシュリーをさらってきたとか、手籠てごめにしたとか、勘違いされないのはオレの人徳の賜物だろ……


「あぁ~、ロアンさまがおめかけさんをさらってきてる~?」


う? なんて思ったそばから。つぼみのような無邪気な声で、オレの外聞をがけっぷちに立たせたのは……

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