怨嗟の炎③
どろどろと闇が四肢に絡む。
延々と。炎々と。怨々と。
闇に閉じられた魂は、子どもの体を燃やしながら侵食していく。業火の炎は多くの魂を喰らいながら、来たるべき日のために肥大していく。
――殺せ。殺せ。殺せ。
心の奥から響く声に導かれるまま、幼い手は下卑た笑いを浮かべた肉塊を切り裂く。悲鳴を上げる間も与えず喉を切り裂き、倒れ込んだ身体を漁って金目のものを探す。腰に付けていた袋から出てきた路銀と、傍らに放置された食料袋以外に収穫はなく、チッと舌打ちが漏れた。
「ったく。つまんねー連中だったぜ」
しょせん、平民ではこの程度だ。狙うのならもっと大物にしなくては。
ケッ、と動かなくなった身体を蹴飛ばして、子どもは戦利品を手にその場を後にする。少しばかり浴びてしまった返り血が気色悪い。他者を蹂躙するのは愉快だが、他人の体液なんぞを浴びて楽しむ趣味はない。
――奪え。奪え。奪え。
頬を叩いていく風のうねりと共に嘆く声は、子守唄のように心地よくヴァランの耳朶をくすぐっていく。
すべてを失ったあの日から、この声だけが彼の導となった。
この国のすべてを破壊し、蹂躙し、暗黒へ突き落とすこと。
己を見捨てた世界に、復讐を果たすこと。
それが、彼の生涯抱く望みだ。その目的を果たすまで変わることのない、子どもの唯一の持ち物だった。
渇いた喉に水を流し込み、奪った食料を胃袋に詰め込む。人を殺して、奪ったものだ。けれど、ヴァランのうちには後悔も不愉快さも、ましてや罪悪感など微塵も湧きはしない。弱い者は奪われても文句を言う権利などない。それを先に彼に教えたのは世界の方だった。
力なきことは罪でしかなく、すべては弱いがために起こったことに過ぎない。明日の生を疑いもせずに生きている連中があっさりと命を刈り取られる事実は、笑うものではあっても涙を誘うものではない。
ごくりと喉を潤す水。
これを飲むはずだった命はすでになく、これが潤し生かすのは簒奪者であるヴァランなのだ。水も食料も、すべて他者を踏みつけ刈り取り奪って生きてきた。ヴァランの周囲にあるのは、他者の死だ。他の誰かを生かすはずだったもので、ヴァランはずっと生きてきた。
なればこそ、その身に満ちるは死の怨念。
死こそが、ヴァランを構成する要素であった。
噛み千切った肉塊が喉を滑り落ちていく。死すら喰らうような貪欲さを見せる、小さき盗賊の姿。
夜の帳に包まれた世界に取り残された、たった一人の生存者。
その胸を灼き続ける怨嗟の炎は、誰も知ることがない。
闇夜に浮かぶ月だけが、その姿を見守っていた。
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