独り飯

弱腰ペンギン

独り飯


 友人や家族、兄弟。いろんな人間が、いろんな人たちと食事を共にする。

 近年、猛威を振るっている病魔のせいで一人飯、などが推奨されていたりするが、やはり大勢で食事を楽しみたいという人は一定数いる。

 私も大勢で食べるのが楽しいという感情は、まぁ、わかる。

 だが、私にとって食べるということはとても大切なことなのだ。

 大勢で話しながらではない。食事と、独り向き合う時間。これをとても大切にしているつもりだ。

「いらっしゃい!」

 今日の夕飯は行きつけの定食屋にした。

 暖簾をくぐれば、お世辞にもキレイやおしゃれなどとは言えない店内が出迎えてくれる。

 清潔だが年季の入った店内の古さが、味の信頼度を増している気がする。

 こういった定食屋の、年季の入ったメニューやポスターなどが、私は好きだ。

 調理場の見えるカウンターへ座ると、水とおしぼりが運ばれてきた。メニューは覚えているのでメニュー表はいらない。

「からあげ定食を一つ。ごはんは大盛りで」

「かしこまりました」

 オーダーを受けた店員が調理場に伝える。というか、まぁ、聞こえていたので調理が始まった。

 すぐに鶏肉が取り出され、油の中へと入っていった。

 ジューっという音と、カラカラと水分がはじける音が心地よい。

 外出自粛の影響であろうが、店内に人は少ない。まばらだ。

 他の客は、とんかつやハンバーグを頼んでいるようだ。厨房から漂ってくるソースのにおいに、そっちの方がよかったかと少しだけ後悔しそうになる。

 カウンターで小説を広げ、料理をまつ。私はこの時間が好きだ。

 期待に胸を膨らませながら読む小説はまた、格別に面白いと思っている。

 ……気のせいだとは思っているが。

「おまち」

 カウンターへ乗せられた器には、大きなからあげが4個。細く切ったキャベツとレモンが添えられている。

 実にシンプルで美しい皿だ。

 からあげの表面に残った油が、鶏肉を輝かせているようにも見える。

 目の前に皿を持ってくると、ご飯とみそ汁、小鉢が運ばれてきた。小鉢には毎回違う香の物が入っている。

 私は最初に味噌汁を少し、いただく。というのも、猫舌だからだ。

 わかっている。味噌汁も熱いだろう、そういいたいと思う。違う。

 みそ汁は簡単に流せるので、さほど熱く感じない。感じる時間も短い。そして箸に水分を付けることも出来るため、まずは一口いただくのだ。

 熱さに慣れることも出来るので、このルーティーンになった。

 そしてからあげだ。

 大好きなからあげだが、どうしても一つ苦手なことがある。肉汁だ。

 ウマイ。ウマイが熱い!

 かみついた瞬間にじゅわぁっと口の中に広がる肉汁のうまみと熱の暴力!

 下をジュっと蹂躙していく熱によって、その日の味覚はズタズタになってしまう。

 すぐに水を飲んだりすることになるのだが、私はみそ汁を先に飲んでいる。

 一気にかぶりついて一気に肉汁が襲い掛かってこなければ平気なのだ!

「あつっ」

 まだ残っていた表面の油が唇を強襲した。熱かった。仕方が無いので水を飲んだ。

 気を取り直してからあげにかぶりつく。少しだけかじったところから、肉汁があふれ出してくる。

「あつっ」

 おいしかったが熱かった。仕方が無いので水を飲むこととなってしまった。

 口の中で少し冷えたからあげを味わいつつ、ご飯を口にする。

 柔らかいご飯がからあげを包み込むようにして味を変えてくれるが……。

 熱いのと熱いのでやりたかったなぁ……。おいしいが。

 一口目は失敗してしまったので、再びみそ汁を飲んだりしつつ、以降を食べ進む。

 多少はましになった熱と共に、口の中に唐揚げとご飯を放り込み続ける。

 あふれる肉汁、絡む白米。口の中をリセットしてくれる香の物。

 少しずつ食べ進めながら、存分にからあげを味わう。

 ん? キャベツ?

 私は野菜が嫌いだ。だからキャベツも食べたくない。

 そう、偏食さ!

 でも、出された以上は食べる。これはマナーだ。そこで、半分くらい食事が進んだところで、一気にキャベツを処理する。もう、無心で処理する。

 以前店主がキャベツのおかわりいるかい? と乗せようとしてきたことがあるが、断固として断った。

 野菜のおかわりなどいらぬ!

 小学校の頃、隣の席のやつが野菜を大盛りにして残しやがった。教師は何を思ったのか、その野菜を俺のさらに入れやがった。理由は『おかわりしてるから大丈夫でしょ』だ。

 んなわけあるかぁ!

 その日はカレーだから、おかわりしたくて必死に処理しただけだ!

 そんな野菜なんぞいるか!

 おっと……余計なことを考えていた。

 キャベツの処理が終わったので、残りのからあげをいただく。

 油から出てしばらくたっているため、からあげにかぶりついても平気だ。あふれ出てくる肉汁はさほど熱くない。

 しっかりとした弾力を味わいつつ、からあげを食べる。

 が、最後の一個だけ、レモンをかけて味を変える。

 以前はレモンを食べないことのほうが多かった。

 しかし、寄る年波かはわからないが、レモンをかけたからあげのおいしさに気づいた。

 なので、最近は最後の一個にだけ、かけるようにしている。

 レモンのさわやかな風味がプラスされたからあげはまた、一段とおいしい。

 口の中にレモンの酸っぱさが広がっていく。それと同時にからあげの甘さも広がる。

 そう、少しだけ、甘くなるのだ。

 砂糖のような強い甘さではないが、肉汁の奥にある、食材本来の甘みとでもいうのだろうか。

 やさしく心地よいうまみが、口の中に広がっていく。これがいい。

 最後のご飯と共に口の中で味わうのが、たまらない。

 食後、一息つくと財布を取り出し、伝票を手にレジへ向かう。

 600円。僅かこれだけのお金でいただけるからあげ定食、万歳。

「ありがとうございました」

 心ゆくまで食事を楽しむ。これが私の楽しみだ。

「おいしかったね、たかき!」

「だろー!」

 食事を終えたカップルが目の前を通り過ぎても何とも思わない。

「やっぱり二人で食べると、なんでもおいしいね!」

「そうだね!」

 何とも思わない。本当に。

 だが、家で少しだけ晩酌をするため、コンビニに寄ることに決めた。今日はそういう日でいい。

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