第5話 表

反転し染ゲ・ファクトの能力は『黒いヒビ』を拡張し、次元外の壁を作り出す防御の技だけではない。


そして、のだ。




英譚術。

それは過去、未来、現在のの技を媒体として摸し、具現化する術だ。

術を発動するには様々なリスクや力が必要になってくる。

例えば、大規模で強力な術を発動するには、先程のような非常に長い詠唱を行う必要がある。

そうすると詠唱を行っている間に攻撃を受ける可能性は勿論、繊細な為に失敗する恐れがある。


俺は英譚術士としてはかなりの使い手だと自負しているが、そもそも英譚術士がほぼいないため、これ以上の術技向上は難しい。

では、何故英譚術が殆ど使われていないかという話だが、理由は簡単、使い勝手が悪いし、難易度が半端ではないからだ。

まあ、ティアと戦っていくには、必要なため手放すつもりはないが。

半端者の俺に【奇跡】が宿るわけはない、しかし、絶望共を狩るためにはチカラが必要にになってくる。

そして、【奇跡】の代わりに成り許るものが【英譚術】だ。

【英譚術】こそ、俺にとって絶望を狩る主装であり、切り札でもあるのだ。




過影術。

それはの醜い過去を現世に投影し、チカラとする術だ。

術の発動自体は苦しい条件はあるものの、慣れれば比較的簡単に発動できる。

しかし、ヒトの身で術を発動することは出来ない。

そして条件として醜く、残酷で絶望に満ちた記憶があること、こと等が挙げられる。



さて、【英譚術】と【過影術】のチカラの差となる違いは何だろうか。

━━━━それは他者か、自身か、だ。


【英譚術】は英雄、つまり他者の技を模す。

【過影術】は記憶、つまり自身の過去を体現する。


触れ合ったことも無い技を真似るのと、やってきたことを再現するのは、何方が簡単であるか言うまでもないだろう。


そして、どんなに努力しようが、英雄の真似事では悲惨な記憶を越える様な媒体には成りようがない。




英雄を模した術に“想い”はない。

何故なら、英雄がどうして、どんな思いでその技を編み出し、極め続けたのかに理解することは出来ないから。



故に練度に差が出る。

故にリスクに差が出る。


チカラの差はほぼ無かった。

しかし、圧倒的な程に想いに差が出た。

━━結果、勝敗は決す。


正面からの真っ向勝負において、結果などとうに決まっていたのだ。

“想い”によって。


そして、に凱歌が揚がることはなかった━━━━



・・・

・・



槍は最早形を無くしており、『黒いヒビ』へと進んで行く。

それはまるで、沼へ沈んでいくようだった。


このままいけば『黒いヒビ』を突破出来ると思った矢先、異変は起きた。


藍色に染まった槍本体が朱色に染まり始めたのだ。

そして絶えず変化し続けていた槍が変化を止めてしまう。

同時に『黒いヒビ』へと沈めていった身が抜かれていく。

そして遂に槍は完全な朱色となり、穂先を俺の方へに向け佇んだ。


「反転かっ!!厄介だな!」


俺は槍の身に何が起きているのか、先の詠唱から予想することができた。

此方の攻撃を反転する類いの能力だろう。


槍の能力はありとあらゆる情報を取り入れ理解、実態的な形を変え、対応することだ。

コピーとは言え、能力のチカラは絶大な筈だ。

あらゆる状況に対応できるはずの槍が、一瞬のして変化を止めてしまい、効力を失ったのだ。

『黒いヒビ』の奥に存在する『沼』は只者ではないだろう。


決死の技が効かない。

次の手を打たなければならない。

が、その前にこちらに穂先を向け、今にも射出しそうに唸っている槍を片付けるのが先か。


しかし、こちらが切れる札は差程多くはない。

防御の英譚術の長い詠唱する時間はないだろうから、先と同じく「巣籠の繭」を放つしかない。


「羅装括解、巣籠━━━━━」


━━━━━なんだ?


後数コンマで発動出来そうというタイミングで異変に気が付いた。


カタカタカタカタカタカタギイィィカタカタカタカタカタカタ


ただ侵食から逃れるために唸っているのかと思っていたが、違う。

何故唸る。

その絶望から逃れる為ではないのか。


なんだ?


ギィィいいぃガダカダガダ


訴えかけているのか?


一歩


ギィィカタカタカタカタカタカタ


《そうだ。》


その声は確かに槍から発せられたものだ。

音として発せられているのではなく、直接脳に響いている様だ。


「━━っ!!どうやって話掛けている?お前はなんだ!?」


一歩


《これは一時的なモノに過ぎない。奴ら『黒いヒビ』『黒いモノ』のチカラは能力が及ぼすチカラの反転だ。これは私がいくらカタチを変えようと乗り越えることは出来ない。私は実体しないモノには対抗する手段を持たないからな。まあ、一時的にこちらのチカラを与えないことで反転を防いだが、直に次の手を打ってくるだろう。そうなれば━━━言うまでもないな。》


「…そうか、とりあえず時間がないことは分かった。では、何をしにきた?」


一歩


《私は槍の中に居る残像だ。詳しい説明は省くが、槍の意思だと思って構わない。

率直に言わせてもらう。あの壁を越えられないのは貴様が原因だ。足りていないぞ。》


「どういうことだ。足りていない?俺にはまだ、足りないのか、チカラが!」


あれ程のチカラを持ってしても足りない、と言われた気がして声を荒らげる。


一歩


《足りない。足りていない。貴様には足りていない。》


「何が、何が足りないのだ。まだチカラが足りないのか!」



一歩


《否、チカラではない、“重み”だ。貴様に足りないのは槍にのせる想い。チカラがこの世の全てではない。》


チカラだ。チカラが全てだ。そう思い続けてきた。

なのに、チカラでは勝てないモノがあると言う、これ程忌々しいことはない。


「重み?想い?なんだそれは。

足りていないわけがない、俺の覚悟は誰よりも強い。誓ったんだ。」


一歩


《知っているとも、視れば分かる。貴様大いなる目的を持ち、並ならぬ覚悟を持ち此処にいることを。それを知った上で問いている。

では、私はどういったか知っているか?》


「、ありとあらゆる情報を取り入れ、状況に対応することだ。」


一歩


《そうだな、半分正解だ。能力の場合では正解だが、チカラの場合では違う。》


「半分だと?何が違うのだ。」


一歩


《我、元型のない槍エクセリクシは決まったカタチが存在しない。カタチは二つの条件によって変わる。

一つ、外部の物理的情報を槍自身が取り込み、最適なカタチを導き出す。

一つ、使い手が持つ“想い”をカタチとす。

欠けているのだよ、貴様には片方が。

故に足りない、足りていない。

分かったか、貴様に足りないものが。》


「…理解はできる。だが、納得は出来ない。

“想い”とはなんだ?先の言い回しから覚悟ではないのであろう。では、俺は他に何があるというのか、半端者の俺に。」


一歩


《あるさ、ヒトならば。絶望に染まっていようが、半端者であろうが、ある。絶対に、な。どんなに卑劣で冷酷であろうが、想いは想いだ。無論、奴ら『黒い奴ら』にもある。

貴様にもある。その足が証拠だ。》


足?足だと?


俺は“重み”に疑問を感じながらも一歩、一歩確実に足を進めていた。

そして、先まで数十メートルあった槍との位置が縮まり、槍がこちらに矛先を向ける。


不思議な感覚だ。

俺は確かに槍とやり取りをする中で、足を進めていた。

しかし、俺にそんな行動をする意識は無かったし、理由も分からない。

それでも槍に近づけば近づく程コタエが近くになっていく気がする。



俺は何故足を進め続けていた?

何故槍の言う言葉に疑問を感じながらも歩続けた?

何故?何故?何故?何故?何故何故何故何故何故なぜなぜなぜなぜなぜなぜナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼナゼ━━━━━━



…━━━━━いや、コタエなどとうに出ていた。


《…お前…そうか━━━━━━━━━━》



進む。


コタエは得た。

実に簡単なコタエだった。

ありのままの自分が、ありのままの欲望がコタエなのだ。


目的などとうに分かっていた。

ソレを達成するチカラなら手に入れた。

なら、あと足りないものは━━━━━━━━━━


気付けば俺は槍の目の前まできていた。

先程まで俺を導いてくれた槍はもう唸っておらず、こちらに矛先を向け静止している。


その槍を俺は掴む。

掴んだ握り手に激痛が走るが、関係ない。


俺の邪魔をするな。


俺に対抗するな。


俺に従え。


俺に━━━━寄越せ。


「うおおぉぉぉぉおおおおお!!クソがぁぁぁあああああぁぁぁ!!」


そんなに気に入らないか。


失望したのか。


だからするのか。


だからするのか。


お前が望む答えではなかった俺のコタエだから。


俺はお前の望む答えではない。


悪いな、お前の望みに応えられずに。


だが、言ったのはお前だ。


きっかけを作ったのも、原因もお前にある。


誰にでもあると言ったのお前だ。


勘違いするな。


絶望を殺すからと言って、希望に全てを託すことはない。


今更抵抗しようともう遅い。


チカラだけではないと言ったのはお前だ。


そして俺は知った。


重みを━━━━━━━━


《貴様は間違っている。重みイコール想いではある。しかし、想いイコール重みではない。何故か、それは重みには絶対に含まれない例外が想いにはあるからだ。よもや、貴様がそれを選ぶとは…

それではいずれ進めなくなるぞ。》


「進む。進むのだ。どんな壁が立ちはだかろうと、関係ない、壊す。お前には止められない、この俺は。黙って俺に利用されろ。」


《末期だな…ケモノは止まらぬか…いずれ貴様はその選択に後悔するだろう。…嗚呼…ケモノよ、最後に一つ聞かせろ》


俺のことを「貴様」から「ケモノ」と呼び名をしたことに若干イラつきながらも、きっかけをくれた槍には多少なりとも感謝しているので、答えてやることにする。


「なんだ」


《これから先、越えられぬ壁が立ちはだかるだろう。その時、貴様は何をす?》


俺はこの質問を、聞いた時失望した。

これだけ俺を視て、知っておきながら、そんなことも分からないのか、と。


「壊す。どんな手段を用いようと、何が犠牲となりようが、壊す。それで目的に近づけるのなら。」


《嗚呼、なにも変わらなかったか…変えられなかったか…

ケモノめ……地獄に…落ち…ろ…………》


地獄に落ちろ、だと。

それ程憎かったのか、お前の望む答えが返って来なかったために。

実に滑稽、そして醜い。


所詮は槍。

所詮は俺と同じ理想を求む欲望の塊。

しかも短気ときた。

理想が叶わないとわかった瞬間、手のひら返しの如く態度を一変させる。

最後に負け惜しみを言い、俺に乗っ取られていく。

ああ、情けない。

俺だったならば、最後まで諦めないのに。

そこには、大きな隔たりがあるな。


そして遂に槍から激痛が走ることはなくなった。

つまり、乗っ取ることが出来た、ということだ。


サヨナラだ。

感謝しよう、俺の糧となってくれて。

お前のお陰で俺は更に成長することが出来た。

後は俺に利用され続ければいい。


さあ、次はお前ら『黒い奴ら』の番だ。










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