第2話 絶望の重ね掛け

「━━━━そうだ。」


その時あることが浮かんだ。


俺はこの地域でよく仕事をするため、この地域一帯の地理には詳しい。

確かしばらく進んだところに、奴ら絶望の出現によって使うことが出来なくなった鉱山帯があったはず。

鉱山に広がる洞窟を利用してティア共を撒くか。

それとも、鉱山採掘の際に使っていた爆薬類を使って殺してやろうか。


しかし、前者はティア共を撒いたとして、その間に安全圏に戻れるとは限らない。寧ろ、上位種ならば直ぐさま見失った獲物を見つけるだろう。


ならば後者。

殺す。


恐らく、チャンスは一度のみ。

今に至るまでティア共から逃げ続け、ここから上位種の眼を誤魔化しながら鉱山後へ向かい、鉱山帯で爆薬類を探し、奴らを殺す。

体力的にギリギリな作戦となる。

可能性としては半分もいかないだろう。しかし、諦める理由にはなり得ないし、理由があろうが諦められない。どんな理由であれ、諦められない理由に勝るものなどはありえないからだ。


「━━━━━さぁ、いくぞ。俺は止まらない。」


瞬間、俺は鉱山帯の方向へ足を向け、最大速度で跳ぶ。

しかし、真っ直ぐ目的地へ行くわけにはいかない。

。真っ直ぐ向えば、頭のいい上位種に作戦がばれ、失敗に繋がる。

なので、速度を落としたり、左右に揺らすことで誤魔化す。

それに、真っ直ぐ向かったところで、正面は勿論のこと、先のように地面に待ち伏せされているだろう。


走る。跳ぶ。方向転換。走る。避ける。引き返す。跳ぶ。走る。方向転換。走る。跳ぶ。方向転換。避ける。引き返す━━━━━━━━━━


ひたすら、ひたすら作業の様に繰り返す。繰り返す。繰り返す。


俺は時間などとうに忘れていた。



作戦開始頃には日は真上に位置していたが、いつの間にか日は沈んでいた。

日が沈んだことにより、辺りは薄暗くなっている。明るさなど、どうこう言っている訳にはいかない。

どうせ洞窟に入れば灯りのひとつでさえ無くなるのだから。


そして、ついに入口の一部をコンクリートで補強されている鉱山洞窟が見えた。

入口は縦三メートル、横二メートルほどの狭いものだ。下部には洞窟内部で採掘した鉱石類を外へ運ぶためのレールがある。


最後に一度右側に行くフェイントを入れ、一気に洞窟内に侵入する。

すると、元々後を追ってきたティアに加え、地面にに隠れていた少数のティアが、一気に狭い洞窟に押し寄せる。

大量に追ってくるティアが一体ずつ順番に入ってくるはずもなく、三体ほど横並びで侵入してくる。

そして、洞窟に入り切らずにはみ出た強靭な肉体は洞窟の岩をも砕く。


洞窟に侵入した瞬間多少あった外の灯りが消え、辺りが見えなくなる。

ここからは視覚以外で行動しなくてはならない。

より他の感覚器官の感度を上げるた目を瞑り、行動する。

そして、先程より多くの情報が入り、洞窟が螺旋状に広がっていることを確認する。

同時に後ろから接近してくる大量のティアも確認する。


頼りになるのは匂い。

火薬の匂いなら誰にでも分かるだろう。

しかし、ここは巨大な洞窟、そう簡単に火薬匂いは伝わってこない。

まず、火薬の匂いがする場所まで行かなくてはならない。


そのために、走る。

いくらこの辺の地理に詳しいと言っても、洞窟内部の道は把握出来ていない。

そのため、適当に進むしかない。

空気の揺れを感じ、行き止まりに繋がらない道を走る。


正直に言うとこの作戦は運頼りの割合が多いし、失敗する気しかしない。

だが、俺もいる。

どうしようもない矛盾が俺の中で渦巻く。しかし、真実結果は成功か失敗か二つに一つだ。

成功しなければ、生きて安全圏に戻れない。

そうなれば、目的は果たせなくなる。

それでも、どちらに転んでも構わないとも思う。


「嗚呼、何処まで行っても、中途半端な人間にしかなれんな。


━━━━━そうだ、そうだよ。。」


脚を絶えず動かし続け、視覚以外の感覚器官を極限状態まで集中させることはやめず、俺は呟く。


最近、自分のアイデンティティについて考える機会がなかったからか、少し失念していた。

俺は生まれた時から何も変わっていない。

変わるはずがないのだから━━━━━


刹那、目先の天井が崩れ、大量の岩石が道を塞いだ。


「━━っ!!」


予想打にしない事象が起き、全速力で駆けていた脚に更なる鞭を打ち止まる。

岩石が道を塞いだことにより、先へ進めなくなる。


先へ進むには━━━━━砕くか?

いや、なしだ。

崩落がどの程度の規模で起きているか分からない。

数メートル程度なら、大きな衝撃を与えることで一瞬だけ通ることができる。

だが、崩落が数メートルなんて保証はない。

それにこれは奴らが起こしたものだろうだから、ろくなものではない。


仮に数メートルだとしよう。

そうならば衝撃を与え、岩石の間をすり抜けられれば、後ろから追うティア共も撒くことができる。

だが恐らく、いや、確実にこの崩落は俺を陥れるために奴らが仕掛けたものだ。

すると今度は前方に今までよりも大量のティア共が待ち伏せている。

前はティア、後ろは岩石の壁とティア。

詰んでしまう。


ならば、今できる最善の手は━━━


「ゴルゥああぁぁァァ━━━」


引き返すこと。


その考えに辿り着いた瞬間、後方にいるティア共に斬り掛かる。

抜刀した刀が一体のティアの胴と下部をサヨナラさせる。

瞬殺したわけではないため、痛みでティアが咆哮を上げる。

視覚がないからか若干動きが鈍くなるが、ティア一体程度なら問題ない。


ここに来る直前に脇道があったはず。

ここからならば数メートル程度戻れば、入れるはずだ。

空気の流れも問題なかったため、行き止まりではない筈。


最前方にいたティアを切り落とした瞬間、殺したティアの両隣りにいたティア二体が飛び込んでくる。

俺は半歩引きながら、先の抜刀で振るった刀を戻す様に刃をティア共の喉に振るうことで、咆哮も出させずに二体のティアを絶命させる。


屠った前線のティアの死体が倒れ、道を塞いだことにより若干の間ができ、“詠唱”が可能な隙ができる。


「━━━━我、永遠にされたり。

壊れた時は戻らず。

壊れた身体も戻らず。

過去を変えることも出来ず、戻らない。

それでも未来があり、野暮がある。

故に留まることは出来ぬ


━━━━━━━━過明瞭な壊眼オーバーアヘッド


直後、視界が過剰に良好になる。

見え過ぎると言っても過言ではなく、普段の視界から得られる情報量を遥かに凌駕している。


分かる。

奴らの動きが、力が、能力が、急所がえる。

そして、何をするか分かる。

何十、何百とある奴らの行動パターンが一気に頭の中に浮かび、それに対して最適な対処の答が視える。


之は決して【奇跡】などではない。

俺は【奇跡】を使えず、奴らを狩ることのできるイレギュラーだ。

これらの技術を使うことができる故に、奴らを狩ることが出来る。


直後、後方にいたティアが前方にいたティア達を押し退け突進してくる。


━━━━分かってる。


刀で前進しながらティア共を薙ぎ払う。

すると、先の抜刀とは違い、五、六体のティアが一気に切り伏せられる。

その斬撃は後方にいたティアをも達しており、全てが首へ的確に到達している。


「ははっ、分かるぞ、お前等の行動が、思考が。苦しかろう、辛かろう、目の前に餌があるが喰らえず、同族が次々に殺される。さぁ、餌を喰らいたいのならば、かかって来い。俺も押し通る!」


今の俺には分かる、どの様に刀を振れば、どのタイミングで踏み込めば、正確にティアの首を落とせるかが。


脚に力を入れ、大きくティアの群れがいる前方に跳躍する。

そして、ティア共を切り捨てるために一度止まる━━━━ことはなく、そのままティアに斬り掛かる。

今度は首ではなく腸を切り裂き、上半身と下半身とで分かれた間をすり抜ける。この時斬った腸の間をすり抜けたことにより、大量の血肉を浴びることになった。


同時に斬った数は二桁にも到達する程であり、最後に斬り去ったティアの後方いた別のティアが困惑した。

一瞬にして十数もの同族が腸を切り裂かれ、その間から身体を血肉で濡らしたが出てきたのだ。いくらの存在であったとしても、そう驚かずにはいられなかった。


しかし、そんなことティアにとっては些事である。

目の前に餌があるのだ。

喰らわない理由などない。


「Graaaaaaaaaaa!!」


ティアは咆哮を上げ、大きな腕を俺に向けて振り下ろす。

俺はその両椀を切り伏せることによって防いだ。

しかし、その瞬間ティアの口が歪み、みぞおちの部分から黒い手が生成され、鉄拳を放ってくる。

咄嗟のことに捌き切れず、刀の棟に攻撃を食らってしまう。


バキンッ


刀の中央部から折れ、狭い通路に刀の折れる鈍い音が鳴り響く。

刀というのは非常に強靭な武具であるが、同時に刃に弱点を抱えている。

刀は様々な工程を得て、通常の刃とは一線を覆す程の硬度、斬れ味を誇る。

しかし、それは刀の平や棟以外の部位であり、平や棟は寧ろ通常の刃よりも硬度が劣る。

故に今回の様に刀の棟に衝撃を与えられ、半ば刀が折れてしまう。


そして、目の前にいるティアは通常体とは異なる異形化したティアだ。

詳しくは知らないが、ティアはある条件を満たすと特殊な能力を持つことが出来るらしい。


そのティアが追撃を加えるべく、追い討ちを掛ける。


━━━━━が、俺はもう、そこにはいない。

今の目的はティア共の殲滅ではなく、一時的な撤退だ。

目的の横穴に入れる状況になった以上、離脱しない理由はない。

例え、大事な刀を折られ、仇が目の前に居たとしても、だ。


しかし、状況は良くなったとはいえまい。

元の状況に戻ったというのが正しい。

それに【英譚術】も使ってしまったため、時間制限ができてしまった。

幸い、使った術は下位のものだったので、消耗は少ないが、体力の消耗になったのは事実だ。


そして、一時的な離脱ができた直後、術の効果を切る。

術を永続させられれば、今以上に作業効率が上がるだろうが、何処に目的の物があるのか不明な今は体力の消耗となる術は続けるべきではないだろうと、判断する。


残念ながら今使った術は、目の前の視覚を視え過ぎるものとする術であり、嗅覚を強化したり、見えない物目的の物の在り処を探すことは出来ない。


それに、目先の危機を乗り越えることはできたが、次同じ手法を用いて再度襲撃したこないとも限らない。

もう一度先と同じ様に前方の穴を塞ぎ追い詰める、とされてもこちらも同じ様に突破すればその場でくたばることはないだろう。

しかし、面倒な事この上ないし、体力の消耗が今以上に激しくなる。

早く、目的の物を見つけなくてはいけないが、こればっかりは運次第だ。


━━━━しかし、そんなことは杞憂だったようだ。

微かだが、火薬の匂いが漂っていたのだから。


次の瞬間、俺は全力でその場から駆け始めた。

あと少しで、助かるかもしれないのだ。

目と鼻の先に希望があるのだ。


俺はその興奮希望を抑えきれず、全力で走り出した。

そして、しばらく走り、遂に火薬の匂いの元へと辿り着くことが出来た。

そこは今まで通ってきた通路とは違い、ドーム状の非常に広いスペースがあった。


━━━━━━直後、天が崩れた。









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