古いたばこや

 汗がにじむような暑い夏の日だった。

 ふと見知らぬ道を通ってみようと思いつき、とりとめもなく歩いていると、古びた木造住宅の連棟が並ぶ狭い道や、田んぼをみつけた。

 いつも通る道でも、ちょっと通りを変えると新しい発見があると興味深く感じる。

 道をすすんでいくと、田んぼの横には新しい新築マンションがあり、違和感がひとしきりある。

 さらに歩いていると、朽ちかけた家の隣、道筋に古びたタバコ屋があった。二階建ての家で、一階が店になっているようだ。

 入口を少し覗くと店内は薄暗く、中は見通すことができない。

 暑さで喉が渇いたから、飲み物でも買ってみるかと思い、軋む引き戸をあけて中に入った。

 その辺の自動販売機でジュースでも買えばいいのだが、古い店に興味がわいたというのもある。

 店内の奥には七十歳は超えているであろう老人が椅子に座り、こくり、こくりと舟をこいでいた。

 おそらく彼が店主なのだろう。タバコも売っているが、コンビニのように番号で指定するわけではないようだ。

 値札をみるとタバコの値段は妙に安い。今の半額くらいだった。もしかして恐ろしく古いかもしれないと思えるので、買う勇気は出ない。

 ふと隣をみると、古めかしい冷蔵庫があり、中を開けるとオレンジ色のジュースが瓶に入って売られていた。

 値段は書かれていないが、さすがに高くはないだろう。

 店主はようやく舟をこぐのをやめて、こちらを見た。

 みかん水とか書かれたジュースを店主にもっていき、提示する。

「五十円」ぶっきらぼうに店主が答えた。

 財布をみると、真ん中に穴が開いた銀色の硬貨が入っている。

 店主はそれを受取ろうともしないので、机の上におく。すると舟をこぐのと同じ感じでコクコクと頷いたのでそのまま店外にでた。

 ふと瓶を開けるための栓抜きを忘れたのを思い出して振り返ると、そこには店はなかった。

 むき出しの地面に何本も棒がささって、緑の蔓がからまっていた。へちまときゅうりが栽培されている畑だった。

 手のジュースは何年も閲したような薄汚い瓶に変わっていて、ラベルは何とかみかん水と読める。

 悲鳴をあげて瓶をほおりだすと、地面にコロコロと転がった。転がった先には銀色に輝く五十円硬貨が落ちていた。

 

 後で知った話だが、そこには十年くらい前にタバコ屋があったが、火事で焼けてしまったらしい。店主がその時なくなってしまったとのことだ。

 店も延焼してなくなり今は畑になってしまっている。

 自分が入った店は過去のものだったのか、幻なのかはいまだわからない。




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